24 レティシアと伯爵2
『そうだ』と…アシュリーが何かを思いついたように呟いて部屋を出ていった後、レティシアは身体を起こした。
「…あれ?…何か…」
服装は商店にいた時と同じなのに、自分からいつもと違う香りがする。
「ベッドかな…部屋?…これ、伯爵様の匂い?」
(…爽やかな整髪料か…シャンプー…)
アシュリーはレティシアよりも長い髪をしていて、頭の高い位置で一つに結び、前髪は額を出すように上げていた。
「それにしても、よく寝たわ…今までで一番眠れたかも。このベッド最高ね」
何度寝返っても落ちないくらい広く大きいふかふかなベッドと、スッキリとした柑橘系の香りがいい。
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温かいお粥をトレーに載せて部屋へ戻って来たアシュリーは、ベッドの上を動き回るレティシアの姿を見て慌てた。
「目が覚めてよかった、どこか痛むところはないか?」
「…だ…大丈夫です…」
アシュリーの切ない心の内を聞いたばかりのレティシアは、目を合わせられずに逸らしてしまう。
そんなことなど何も知らないアシュリーは、レティシアの様子にハッとする。
「なぜ私のところにいるのか全く分からないと思うが、決して攫って来たわけではない」
「…え、えぇ…」
「先ずは、それについて説明をさせて欲しい。実は、昼休みにレティシアに会いに商店へ行った。そこで、君が倒れるのを見てしまったんだ。頭を強く打って意識を失っていたから、急いでここへ連れて来て医者に診せた」
息継ぎを忘れたかのように経緯を一気に話すアシュリーは、レティシアに誤解されたくなくて必死だ。
「そうなんですね…ご面倒をお掛けしました。お医者様まで、ありがとうございます。多分、今までの疲れと寝不足が原因です」
「それはきっと、私のせいでもあるのだろう?」
(…半分はそうかも…?)
「レティシア、怒らないで聞いて貰いたい。今日、会いに行く前に商店のオーナーに頼んで君の外出許可を得ていたんだ」
「…外出?」
「勝手をしてすまない」
(意味が分からない。それより、私がいなくて倉庫のほうは大丈夫なの?)
「でも、会った途端に君が倒れた。だから…私がこの王国を去るまで、休暇を追加で申請しておいた」
「…伯爵様、今何て?」
「明日も明後日も、君の仕事を休みにしたと言った」
「はぁ?」
レティシアには、アシュリーの言葉の意味がすぐには理解できなかった。ポカンと口を開けて、しばらく瞬きすら忘れる。
アシュリーは気不味そうな表情で、巨大なベッドの端に静かに腰を下ろした。
「…やはり、こういうのは気に入らないか…?」
「本人の意思そっちのけで仕事を決めたり、休ませたりする…そういうのがまかり通る世界なんだとビックリしているんです」
「…………」
口籠るアシュリーの顔を見ていると、責めるのが少し可哀想な気もしてくる。
倒れたレティシアの体調を気遣って、がめついオーナーから休暇をもぎ取ってくれたのかもしれない。
「個人的には商品の管理が気になりますが、仕方がありませんね。オーナーが休暇を認めたのなら、私は休むことにいたします」
レティシアは、すでに許可の下りた休日を覆したい程の熱い愛社精神を持ち合わせてはいなかった。
「では、もしよかったら…私と一緒に休暇を過ごさないか?…いや、私と過ごして欲しい」
「毎日会いに来るって仰っていましたよね…そういうことでしょうか?」
「……うん」
頬を赤らめて恥ずかしそうに俯くアシュリーが、何だか幼く見える。
「…伯爵様って、ご年齢は?」
「ん?…私は18だが」
「…じゅうは…ち…」
(えーーーっ!!…あのバカ王子と同じ18歳なの?!)
「わ、若い…のに、しっかりしてる」
「急にどうした?レティシアは、私よりも若いのでは?」
(いいえ、若くありません!)
つい思ったことを口に出してしまいそうになって、両手で口元を押さえた。
「我が国では、魔力の強い者は特に早熟なんだ。この国の同年齢の者たちよりは、多少大人びて見えるのかもしれない」
(比較対象=バカ王子しか知りませんけれど、多少どころか雲泥の差です)
「待ってください…魔力?では、伯爵様は魔法が使える?」
「あぁ。レティシアが倒れて泥だらけだった服も綺麗になっているだろう?布の汚れに作用する、簡単な生活魔法を使った」
「魔法使いじゃないですか!」
「そうだな。レティシアは魔法に関心があるのか?」
「それは勿論、だって…魔法は、夢の世界にしかないものなのよ」
「夢の…世界?」
瑠璃色のクリッと大きな瞳を向けて、興味深げに近付いてくるレティシアに…アシュリーは胸の高鳴りが止まらない。
18という年齢を聞いて警戒心の和らいだレティシアは、アシュリーとの距離がグッと近くなっていた。
ベッドの上で前のめりになったレティシアの指とアシュリーの指が、いつの間にか重なり合う。