213 レティシアと友人
ラスティア国の宮殿内では、レティシアに招かれた昼食仲間五名が賑やかに食事をしていた。
久しぶりの昼食会は、花束と心温まるメッセージでデビュタントを祝ってくれた友人たちへのお礼も兼ねており、大きなテーブルにはレティシア手製のミートパイやサンドイッチが並ぶ。
豪華な手料理を振る舞うとまではいかないが、昼の休憩時間は限られているため、手早く食べれて冷めても美味しい品が案外喜ばれる。中でも、衣の付いた肉を油で揚げて甘めのソースにからめ、軽く焼いたパンに挟んだ…所謂“カツサンド”は一番人気で、一口サイズに切ったものを皆が『美味しい』と次々口へ運んで行く。
(手伝ってくれたシェフやロザリーには、後でもう一度お礼を言わないとね)
「レティシア様、本日はご招待いただきましてありがとうございます」
「私たち、とっても楽しみにしておりました」
「私も同じよ、皆様にお会いできる日を心待ちにしていたわ。来てくれてありがとう」
昼食の時はいつだって無礼講だ。作法を気にせず、食事の途中で手を止めて気軽に会話できる雰囲気がいい。
「ヘイリーは昨夜眠れなかったんですよ、ね?」
「ちょっ…エレインったら、それは内緒でしょ!私だけ子供みたいで恥ずかしいじゃない」
「あら?セオドアさんも私も、ヘイリーの無邪気なところが可愛いって思っているのに」
「もぅ~幸せボケしちゃって!」
うっかり口を滑らせたエレインと慌てるヘイリー、二人が顔を近付けて小声でやり取りをする姿は仲のいい姉妹のよう。周りが生あたたかい目で見守る光景も相変わらずで、レティシアはついつい微笑んでしまう。
「こちらは、レティシア様の新しいお部屋でしょうか?秘書官室とは階が違いますよね」
「あぁ…いいえ、アシュリー様の私室よ。少し前に改装されたばかりで、私も今日初めて中へ入ったわ」
「えっ、私たちが足を踏み入れて大丈夫ですか?!」
「心配しないで、アシュリー様も補佐官たちを連れてよく一緒に食事をされているそうよ。私の部屋で集まるのは狭いだろうと仰って…それで、今日は遠慮なくここを使わせていただくことにしたの」
「大公殿下…お優しい」
「明るい印象の内装なので、てっきりレティシア様のお部屋かと…大公様は、レティシア様のために私室を作り変えられたに違いありません」
「アシュリー様のことだから、私を婚約者として迎え入れる際に色々とご配慮くださったのだと思うわ。今後は宮殿を訪れる機会が減るでしょうけれど、二階の部屋なら出入りもしやすいわね」
「…そうでした…秘書官のお仕事はお休みを…」
間もなく妃教育が始まるレティシアは、宮殿通いを一旦中止する。個人秘書官室はそのまま残し、資料の管理と連絡役を担うレティシア付きの文官を一人常駐させる予定になっていた。
急にしんみりとした空気が漂う室内で、立ち上がったヘイリーが徐ろにレティシアの側までやって来たかと思うと、手にしていた紙袋を恭しく差し出す。
「どうぞ、お受け取りください。兄より預かって参りました、いつもの紅茶と新商品の果物を使ったダイフクです」
「…っ…大福!!…お兄さんが?」
「はい、考案者であるレティシア様に我が商店のダイフクを是非召し上がっていただきたいと申しまして。あ、人数分ちゃんとあります」
「とうとう完成したのね。早速、紅茶と一緒に大福をいただきましょう!…お湯、お湯を沸かさないと」
突如現れた謎のデザートに喜び、興奮気味なレティシアが拍手をする。つられて皆も手を叩きながら紙袋の中を不思議そうに覗き込んだ。
本音を言えば、和菓子にはやはり緑茶が合う。湯を沸かす魔道具を作動させたレティシアは、ふと紅茶と緑茶が元は同じ茶葉だったことを思い出す。
(もし、この世界に緑茶があるとしたら…別の国?お取り寄せできたりするのかしら?一度調べてみないと)
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「先日のお茶会で、大公殿下がレティシア様の帰りを門の前で待っていらしたってお話…あれは事実ですの?」
「サンドラ嬢、およしなさい。あの男爵令嬢の言うことは半分が嘘みたいなものよ」
「ベラ嬢…分かっていないわね、残り半分の真実を知りたいからお聞きしているんでしょう」
「あの手の子たちは、そうやってレティシア様から聞き出した話のおこぼれが欲しいんじゃなくって?」
「ベラ嬢は、私の口が軽いと?」
「簡単に利用されては駄目だと申し上げているの」
レティシアが社交界デビューをして大公邸へ移り住んでから、あっという間に一年が過ぎた。
最長二年の期間を設けている妃教育は概ね順調。この一年で季節毎に行われる様々な公的行事や催事を数多く経験し、実際に目で見て学んだ。時には王宮での神事へ聖女サオリと参加をしたり、ここ半年は大公邸の管理業務の勉強と実践も並行して行なっている。
現在、三ヶ月先の祝事へ向けて贈り物の相談をするために呼んだはずのベラとサンドラが何やら揉めているが、二人は“喧嘩するほど仲が良い”間柄なので気にしてはいけない。外では貴族令嬢のお手本のような落ち着いた振る舞いをする彼女たちが、気心の知れたレティシアの前で本音をぶつけ合うのは日常茶飯事だ。
「残念、ベラ嬢は恋愛事にあまり興味がないのね。でも…その調子だと補佐官殿には見向きもされないわよ」
「な、な…何ですって?!」
「アンダーソン伯爵家の次男、大公殿下の側近、お婿さん候補にするにはこの上ない条件が揃っているわ。狙わない理由はないでしょう」
そう…二人姉妹のロウエン子爵家では、婿養子となる未来のお相手が家を継ぐ。母親が亡くなった後、妹を立派に成人させるまではと奮闘し続けた姉は色恋に目を向ける時間がなく消極的になっていた。
母親こそ健在だが、実はフェイロン子爵家も二人姉妹であり、最近婚約したサンドラの恋人が後継者に決まっている。言い方に少々棘があるものの、同じ事情を抱えて来たサンドラはベラの結婚相手に有能なパトリックを推しているのだとレティシアは理解した。
何故なら、妹のエマは他家へ嫁ぐ可能性が高く、エマとパトリックにも繋がりがあるからだ。
♢
「おや?…エマ嬢は帰りましたよ」
「あぁ、知ってる」
夕暮れ時の執務室へ入って来て、本棚の整理をするパトリックの横を通り過ぎ、言葉少なに補佐官の椅子へドッカリと腰を下ろしたのはカイン。
「知ってる?…また彼女に避けられている様ですね。幻滅される過去の過ちがまだ残っていましたか?」
「…傷口に塩を塗るな…」
「優秀な文官が痴情のもつれで辞めては困ります。もう諦めては?カインと付き合いたい女性は山程いるでしょう」
エマはレティシア付きの文官となって、今では宮殿と大公邸を行き来しながら働いている。女性文官の雇用は初めてで、アシュリーの執務室があるフロアへの立入りが許された女性もレティシアの護衛以外では初めてだった。
文官の学力試験で満点を取ったエマは、語学力に優れた才女、背が高く大人しい人物として知られている。父親のドレイクスが指導を担当し、パトリックも何かと気に掛けていたことで、彼女の人見知りはかなり緩和されたという。
引きこもり生活から脱却して新たな一歩を踏み出したエマに想いを寄せ、拗らせているのは…まさかのカインだった。働き出した当初、エマもデビュタントで踊ったカインと時々言葉を交わしていたのだが、隠し切れない女性遍歴が露呈して半年程で恋多き男=危険人物というレッテルを貼られる。自業自得でフォローのしようもない。
ところが、休日に出掛けた図書館からの帰り道にエマが偶々保護した迷子の男の子がカインの実姉の子供であると分かり、そこで再び縁が結び付く。
カインの実姉も甥もエマをいたく気に入り、お礼にと招待された食事会ではカインが道中のエスコート役を務めた。
「他の女と居ても、こんなに苦しい気持ちにはならない。迷子になって泣いてた甥っ子に寄り添う彼女を見たあの時…運命の人かなって思えたんだ…」
「どうしてでしょう、カインが言うと運命が安っぽく聞こえますね。そもそも、遊びに来ていたその甥っ子から目を離したのは…あなたではありませんでしたか?」
「…………」
冗談も口に出せないくらい弱々しく項垂れる様子に、パトリックは眼鏡を外して大きな溜め息を付く。
「そこまで落ち込んでいる理由は何です?」
「レティシアちゃんに、エマ嬢への求婚の許可を願い出たけど…彼女の気持ちを尊重しているんだろうな、許して貰えなかった」
「なるほど…レティシア様は側に仕える者をとても大切にされている。一から出直すしかありませんね」
「…はぁぁ…過去の自分を殴りに行きたい…」
いつも読んで頂きまして、誠にありがとうございます。朝晩冷え込んで参りました。体調管理には十分ご注意下さい。
次話の投稿は11月中頃を予定しております。宜しくお願いします。
─ miy ─




