210 貴族社会5
もう何回達したのか分からない。
ワインに酔ったレティシアは、気付けば発情期の雌猫の如く四つん這いの体勢で背後から攻められていた。
「…あっ…アっ……ぅんっ…」
ゆるやかに揺さぶられる度、短く掠れた声がとめどなく押し出される。淫楽に痺れ、アルコールで火照った身体の中心部は蜜で潤い、やがて…止まない抽送に耐え切れなくなった上半身が弱々しく枕へと突っ伏した。
灯りに照らされて妖しく濡れ光る臀部は、屹立した熱棒を咥え込んだまま高く掲げられている。今のレティシアには乱れた煽情的な姿を恥ずかしいと思う余裕などない。
「……もっと奥がいい?」
「…ふぇ…?」
「可愛い“おねだり”には、ちゃんと応えないとね」
征服欲を激しく掻き立てられたアシュリーは、所々赤い印の付いた無防備な背中に手のひらを這わせ、惚けた返事をするレティシアの括れた腰をグッと引き寄せた。
「……きゃ…っ?!」
凹凸が密着してピッタリ嵌ったと同時に、強靭な肉杭と化した切先が敏感な腟壁を容赦なく抉る。
未開拓の深部にまで侵入され、誰も触れたことのない臍の裏側へ強い刺激を受けた瞬間、目の前がチカチカ白光りして一気に酔いが醒めた。
「…アッ!」
「ここ?」
「そっ…ぁン!…ゃ…おくっ……ダメぇ…」
「……っ…あまり締め付けるな……」
より深い結合を求め、ザラつく狭い隘路を押し拡げた先を進んで擦り探ると、顎を上げたレティシアが身をしならせて切なく喘ぐ。最奥の悦い場所を狙って鋭く突けば、お返しとばかりに絶妙な力加減で男根を縛り付け、吐精を促して来る。
「…は……堪えるのがキツい…」
男女の交わりに肉体的な相性があるのなら、番は正にその頂点であり、この快楽は他と比較不可能な唯一のもの。愛情が深ければ深いほど欲望は増して行く。
アシュリーは濃厚な魔力香を振り撒きながら荒々しく腰を振り立ててレティシアの中を掻き乱し、散々啼かせて…今夜何度目かの限界を迎えた。
♢
「殿下、また手が止まっております」
「…ん?」
執務机の上に置かれた書類の同じところばかりを繰り返し読んでぼんやりしていたアシュリーは、パトリックの指摘を受けてハッと我に返る。
「…執務中にニヤニヤなさって…」
「ニヤニヤなど、して……していたか?」
もしそうであるならば、昨夜のレティシアがいつにも増して淫らで愛らしい小悪魔だったせいだ。…とは言えないアシュリーは、一晩中レティシアを抱き続けた幸せな時間を思い浮かべ、ほんのり頬を赤らめて咳払いをした。
「はい。午前中はゆっくりお休みされたのですから、午後はしっかり励んでいただかなくては困ります」
「うむ…分かっている。すまない」
眼鏡の真ん中をキュッと指先で押さえたパトリックが厳しい目付きで小言を言う。素直に謝罪をすれば、今度は室内警備担当の護衛騎士カインがしゃしゃり出て来る。
「違うぞ、パトリック。午前中もベッドの上でしっかり励んでいたせいで、レイは腑抜けてしまっているんだ。…腰は平気か?本当、レティシアちゃんも大変だよね~」
「…おい…」
「えぇえぇ、外泊されると聞いた時点で朝はお見えにならないだろうと予想はしておりましたよ、予想は。まさか、私への連絡をお忘れになるとは…」
「…それは…叔父上が気を利かせてだな…」
今朝も通常通りに宮殿へ出勤したパトリックは、ユティス公爵家の遣いの者から『大公殿下遅刻』の知らせを受けていた。
「そりゃあ…娘の婚約者が部屋に籠もって一向に出て来る気配がないんだ、同衾を許した父親としては安全策を取るしかないさ。室内へ様子を見に行くなんて無粋だろう?」
「…………」
「熱い夜を過ごして泊まった翌朝かぁ…離れ難いよなぁ…あ~羨ましい!俺も婚約したくなったわ」
そう言って、両手足を自分自身に絡めて身体全体をくねらせ“熱い夜”を表現するカインは、アシュリーとパトリックの冷ややかな視線に気付かない。
「…カイン、ちょっと黙っていろ…」
「何で?!」
「任務に集中できない騎士は今度こそ給料なしにする。それでも構わないか?」
「ごめんなさい、もう喋りません!」
話の内容は的外れでもないのに、いや…だからこそ何やら癪に触る。急にピンと背筋を伸ばして真顔で立つカインが将来婚約をするのならば、その未来を早く見てみたいものだと思った。
「…あぁ、パトリック…」
「はい、殿下」
「レティシアへプレゼントを渡したら、とても喜んでいた。相談に乗ってくれて感謝する」
「うれしい報告ですね。気に入ってくださったのなら、私も頭を悩ませた甲斐がありました。後はデビュタントですか…レティシア様には、早く大公邸でのご同居を始められるようお勧めしておかなくては…」
「有り難い、是非ともそうしてくれ。これからも頼りにしているぞ」
思えば、経験豊富な女たらしのカインよりも恋愛経験ゼロの生真面目なパトリックのほうが随分とアシュリーの助けになってくれている。
視界の端でカインが少々涙ぐんで見えたが、気を取り直して書類整理へ取り掛かることにした。
──────────
──────────
「その素敵なブレスレットは、大公殿下からのプレゼントでしたのね。色白なレティシア様によくお似合いです」
「ふふっ…ありがとうございます、ベラ嬢」
ロウエン子爵家を初めて訪れたレティシアは、ベラと紅茶を飲みながら歓談中。デビュタントは十日後。成人を迎えた娘を持つ家門では事前の準備を概ね整え終えた時期だ。
子爵夫人亡き後、邸を管理する女主人が不在のロウエン家は長女のベラがほぼ取り仕切っている。
「温かみのある美しい黄金色…貴重な魔鉱石ではありませんこと?」
「…やっぱり貴重な石ですよね…」
「質のいい魔力を多く含んでいると硬いですから、たくさんの小さな石の粒を揃えて磨き上げるのは熟練した職人の為せる技です。相変わらずと申しましょうか…大公殿下は愛情深くていらっしゃいますわ」
「…え…えぇ…オホホ…」
誕生日の夜、レティシアは生まれ年の赤ワインの他に琥珀色の珍しい魔法石を砕いて加工したブレスレットをプレゼントされていた。これは、アシュリーが全工程を自ら行った、この世に一つかしない贈り物。
どうやらレティシアから贈られた手作りの房飾りが大層気に入ったらしく、彼も手作りに拘った結果…究極の逸品に仕上がっている。皆まで言うまいと、レティシアは口を噤んだ。
「レティシア様、この度は私のお願いを聞いて頂きまして…本当にありがとうございます」
「エマ嬢の大事なデビュタントですもの、義弟がお役に立つのなら…私もうれしく思いますわ」
「やっと妹が首を縦に振ったもので…小公爵様にはご迷惑をお掛けして、心からお詫び申し上げます」
ベラの妹エマも新成人。レティシアと同じく王宮で催されるデビュタントへ招かれていた。婚約者のいない彼女は、父親のドレイクスとファーストダンスを踊る。
デビュタントでは、ファーストダンスの次に別の相手とも一曲踊ることが社交の第一歩だと言われ、親族や年頃の貴族令息など…先にダンスの約束を取り付けておくのが暗黙の了解となっていた。
二人姉妹で兄弟のいないベラはレティシアに紹介を頼み、丁度社交を開始する公爵家の後継者ラファエルが相手に決まる。ここまでの流れは早かったのだが、肝心のエマが極度の人見知りとあって…今日になって、ようやくラファエルとの顔合わせまで漕ぎ着けた。
現在、ラファエルとエマは庭の休憩所で二人きり。レティシアとベラは大きな窓越しにただ見守るのみという状況。
「私たち姉妹は、父の意向で幼いころより語学を学んで来ました。エマは私より勉強がよくできる頭のいい子なのですが、その語学力を発揮しようにも…人付き合いが苦手なのです」
「二人の様子を見る限り大丈夫そうですけれど、いきなり手を取り合って踊るというのは難しいですわね」
ベラが紹介して欲しいと言った男性の条件は“長身”。実は、エマは背が高いのがコンプレックスとなって、図書館以外の場所には滅多に出掛けない半引きこもり生活者。学生時代に他人から心ない言葉を浴びせられ、それがトラウマとなってしまっていた。
(背を丸めていたわ…せっかくの細く長い手足も、彼女にとっては嫌な部分なのかも)
不意に、女性を褒めるのが上手いカインのようなグイグイと押しが強めの男性が…今のエマには合うのではないかとレティシアは思った。
いつもお読み下さいまして、誠にありがとうございます。
次話の投稿は9/21~25頃を予定しております。宜しくお願いします。
─ miy ─




