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208 貴族社会3



レティシアがフェイロン子爵家を訪れるのは、今回で二度目。今日は“令嬢たちの集まり”とは違い、友人として個人的に招かれていた。



「薬草がこんなに色とりどりの花を咲かせるだなんて知らなかったわ。野花と同じに見える薬草は、花びらや葉っぱの形、匂いで見分けるのね。…あら、可愛いお花…」


「こちらは、山へ行けばよく目にする薬草です。根っこの部分が薬になりまして、胃腸の痛みによく効きます。昔は煮出した薬液を服用していたんですよ。私も試しに飲んでみたのですが…苦くて悶絶しました」


「…余計に具合が悪くなってしまいそう…」



『楽な装いで』と招待状に記されていた通り普段着のワンピースでやって来たレティシアは、子爵家の敷地内にある屋内型の薬草園をフロムに案内して貰っている。

半分程回ってようやく会話に慣れたころ、気を利かせて席を外していたサンドラが戻って来て話に加わった。



「レティシア様、ご安心ください。現在は乾燥させて粉末状にしたものを使うのが一般的です」


「サンドラ嬢も薬草の勉強を?」


「家業のことは一応一通り学びました。薬草園では、丈夫で育てやすい多年草を栽培しています。ここで育てた薬草を薬にするのが、フロムのような調合師の仕事なんです。因みに『匙加減一つで薬は毒にもなる』…これが、私の父の口癖ですの」



胸を張って両手を腰に当てたサンドラは、薬草作りが天職だという父親の低い声色を誇張気味に真似る。きっとよく似ていたのだろう、フロムがプッと吹き出して笑った。

サンドラのこうした場を和ませるコミカルな言動は、茶会の席では見られない貴重なものだ。



「叔父様の言う通りよ。特に治療のための魔法薬は病状に合わせてその都度調合が必要で、置き薬よりも生成が難しい…それこそ、間違えれば生命に関わるわ。苦痛を言葉で訴えられない動物たちは重症の状態で病院へ運ばれて来るケースが多いの。私は、限られた時間内で手早く正確に魔法薬を作れる調合師になりたい」


「フロム嬢に出会えた動物は幸運ね」


「…はっ…すみません…大口を叩いてしまって…」



フロムは薬草の知識や仕事への情熱を熱く語る一方で、自分のこととなると途端に声が小さく口下手になる。



「素晴らしい目標だと思うわ。フロム嬢は、どうして動物の調合師に?」


「…私は…幼いころから人見知りが酷かったので、動物を診るほうが性に合っていたんです…」



成人前に調合師見習いとなったフロムは、一時期大きな研究所へ籍を置いていた。

魔法薬の開発を学べると謳っていた施設の実情は、毎日薬の受注数を黙々とこなす作業のみ。何の指導も受けられない日々に陰鬱としていた時、邸の裏庭で獣に襲われていた鳥を救って治療と看病をした経験がきっかけとなる。



「それだけじゃないわ、うちの暴れ馬の病気を治せたのはフロムだけだったじゃない。あなたは優れた調合師よ、もっと自信を持って」


「…サンドラ…ありがとう…いつも私を迎え入れてくださる叔父様にも、感謝しているわ…」



フロムの父親は『エーベラーを名乗るなら調合師になれ』というのが口癖だった。

伯爵家に居たいと望んだ覚えは一度もないが、放り出されてしまえば一人で生きていけなかったのも事実。結果として手に職をつけられたことには感謝をしている。けれど『動物を相手にするとは何事だ』と義母に罵られ、家を出て以降は絶縁状態が続いていた。尤も、フロムを責め立てる文言など何でもよかったに違いない。


伯爵令嬢らしい扱いを受けたのは王宮主催のデビュタントの時だけ、父娘の触れ合いもそのエスコートが最初で最後。緊張と不安の中、初めて着たドレスに慣れずモタモタするフロムを侮蔑の目で眺めていた父親の歪んだ顔が…成人の思い出としてずっと記憶に残っている。伯爵家では厄介者が消えて清々しているだろう。



「水臭いことを言わないで。…さぁ、そろそろ部屋へ戻りましょう。丁度、お茶の準備ができているころよ」


「…そうね……あっ…」


「まぁ、鳥が…通気口から入り込んだのかしら?」



ピーピーと鳴く甲高い声が聞こえたかと思うと、小さな鳥がレティシアとサンドラの頭上を通過してフロムの周りを一周回って飛び去って行く。すると、小鳥の飛行の軌跡を目で追っていたフロムが『帰らなきゃ』と呟いた。



「えっ…まだ、お茶も飲んでいないのに?」


「ごめんね、サンドラ。天気が悪くなりそうだから」


「…あぁ…待ってて、御者を呼んで来させるわ。薬草は全て馬車に積み終わっていたはずよ。…レティシア様、申し訳ありません。すぐに戻ってまいりますので」


「え…えぇ」



慌ただしくやり取りをした後に出入口へ駆けて行くサンドラの背中を見送って、レティシアは首を傾げる。



(どうして突然…天気?フロム嬢は雨が予測できるの?)



「公女様、本日はお会いできて大変うれしかったです。私は失礼をいたしますが、サンドラと楽しい時間をお過ごしください」


「…フロム嬢…あなたともっとお話がしたかったわ。また、お会いする機会があればいいのだけれど…」



“公女”という呼び方に、一線を引こうとする彼女の意志が感じられた。




    ♢




「伯爵夫人…伯母様は大変気位の高い方で、フロムを毛嫌いしております。12歳で引き取ると決まった際には、期限を成人までとして伯父様にいくつか条件を突き付け、古い離れへ住まわせたと聞いています」


「…なぜそんな…」


「伯母様のご実家から長年支援を受けて来たお陰で、伯爵家は成り立っているのです。伯父様の裏切りは許されざる行為…フロムは立場が弱く、肩身の狭い思いをしていました」



多くの家門で“妾の子”は冷遇され続けている。『生まれて来た子供に罪はない』そう…大きな声で言えたらどれ程いいか。サンドラの表情からは複雑な心情が読み取れた。



「今日も、ドレスが着れないフロムに合わせた装いでお越しいただくしかありませんでした」


「着れない?…ドレスを持っていないのね」


「それもそうですが、前に私のドレスを着せようとしたら急に倒れてしまったんです。精神的なものだろうとお医者が仰って…それっきり、ドレスの話題は口にできなくて」


「…余程のことだわ…」



フロムの身の上を聞いたレティシアは、肩を落として深いため息をつく。

狼騒動での行動力や堅苦しくない話し方に親しみを感じていただけに、彼女が親から酷遇され淑女教育も満足に受けていなかったと知ってショックを隠せない。しかも、家から追放されてすでに五年が経っている。突如降って湧いた公爵令嬢の存在は負担にしかならないだろう。



「残念だけど…私の家へ招待しても応えて貰えないわね。サンドラ嬢、今日はフロム嬢に引き合わせてくださってありがとう」



今のレティシアは、身分の高さを利用して友人になれと強要する悪者に過ぎない。何か困り事があれば相談に乗ると言い残して、降り出した雨の中…子爵家を後にした。

…が、三回目の訪問は思ったより早く巡って来る。





──────────





「アフィラム殿下から?」


「…はい、眼鏡を壊したお詫びの品を使者の方が持って来られて…一ヶ月も経ちますのに…もしかして、例の話を口外するなという念押しなのでしょうか?」


「もう処理が終わっている出来事をわざわざ思い出させるほうがリスクが高いわ、純粋にお詫びと受け取って差し支えないのでは?」



テーブルの反対側で、真剣な顔をしたフロムがレティシアにすがるような目を向けて肯いた。

どう言葉を紡げは彼女を安心させてあげられるのか?少し色の付いた眼鏡越しに揺れる灰紫色の瞳と青白い頬を前に、レティシアは頭を働かせて考える。



「…あの日のことをご存じだと仰っていた公女様になら…ご相談ができると思って…」


「私でよければお話を聞かせて。それで、一体何が届いたのかしら?」


「髪留めです。後…手紙には『また飼い犬に会いに来て欲しい』と書いてありました」


「…お手紙まで…」



フロムは、贈呈品を受け取るべきだと使者に言われて拒否できなかったこと、手紙の返事を聞かれて丁重に断ったことをレティシアに話してくれた。話し終わると、胸のつかえが下りたのか幾分表情が和らぐ。



「髪留めは、遠慮なくいただくのが正解ね」


「…本当に?」


「えぇ、遣いに出た使者は使命を終えるまで帰れないの。それから『飼い犬』の件は…殿下の名前を伏せて、嫌なら断れるようにちゃんと配慮がされているわ。大丈夫、アフィラム殿下はお優しい方よ」


「はい…私にも親切にしてくださったし、飼い犬を大切に育てていらっしゃる…悪い方ではないですよね」



やっと口元に笑みを浮かべたフロムと一緒に、テーブル上に用意されていた温い紅茶を飲んだ。



「殿下って綺麗なお顔立ちをされていると思うのだけれど、フロム嬢はときめいたりしなかったの?」


「ときめく?さぁ…お顔を拝見していないから」


「え?」


「私、眼鏡がないと全部ぼやけてしまうんです」



(…これは…アフィラム殿下の片想いで終わる予感…)







いつも読んで頂きまして、誠にありがとうございます。大変暑いです…皆様、体調管理に十分ご注意下さい。


次話の投稿は8月半ば頃を予定しております。宜しくお願い致します。


        ─ miy ─


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