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205 隠し事4 ※少々残酷な描写がございます



「…本日分はこれで終了です。大変お疲れ様でした」


「かなり早く片付いたわ。見やすくまとめてあった書類のお陰よ。もう私の手伝いは必要なさそうね」


「今後、益々お忙しくなられると伺いました。レティシア様のお手を煩わせないよう、精進してまいります」



思い掛けない褒め言葉に、文官のセオドアは照れた顔を隠しながら頭を下げた。

17歳、成人を目前にしてラスティア国大公の婚約者となったレティシアは、そう遠くない未来に個人秘書官の名を外すことになるだろう。目出度く成婚となった暁には、公私共に大公を支える妃として幅広い活躍が期待されている。



「この後は、聖女宮へ行かれるご予定でしたか?」


「えぇ、お姉様と昼食のお約束があるの。着替えにはまだ早過ぎるし…久しぶりにお茶でもどうかしら?」


「…ありがとうございます…」


「今日はルークも外にいたわね、一言言っておきましょう。彼は紅茶の香りにすぐ気付いてしまうもの…」



穏やかな笑みを浮かべ、人差し指で鼻の先をトントンと軽く叩いて席を立ったレティシアは、左右を書棚に囲まれた長細い個人秘書官室の真ん中を軽やかに歩いて行く。


公爵家の養女となって以降、見慣れたズボン姿から長いスカートへと制服が変更された。可憐さは増したが、気さくな人柄に変わりはない。

丁寧な口調を心掛けているセオドアのほうが内面的な変化は大きく、他の文官と比べて近いと感じていたレティシアとの距離感にも自信を失いつつある。茶の誘いを受けて、卑屈に傾いていた気持ちを急ぎ立て直す。


セオドアは資料を片付ける手を止め、レティシアの背中を目で追った。少し開いた扉の隙間から首を伸ばし、廊下で警備に立つ護衛へ声を掛ける時ですら姿勢が美しい。

もし、秘書官室の文官でなかったら…腹痛で倒れたあの時、誰よりも早く救いの手を差し伸べてくれた彼女に淡い恋心を抱いていたかもしれないと密かに思う。




    ♢




「お仕事の話は抜きにして…最近、どう?」


「最近?そうですね……んっ…もしや、妹から私とエレイン嬢とのことをお聞きになりました…か?」



絶賛販売中のティーバッグ、その新商品となるピンク色をした紅茶を一口飲んだセオドアは、レティシアが碧い瞳をじわりと細めた瞬間にハッとした。



「聞きましてよ」


「…妹の紹介で何度か顔を合わせたのがきっかけで…お付き合いを始めました。彼女は男爵家の三女ですが、商家育ちの私とも存外話が合うものでして…」



エレインの“セオドア好き”は、親しい昼食(ランチ)仲間の間では有名。どうやら、セオドアの妹ヘイリーと手を組んだ彼女の情報収集力が十分に発揮されたようだ。



「素敵なご縁ね」


「…あの、私はこの手の話は慣れておらず…」


「困らせるつもりはなかったのよ、ごめんなさい。…新しい紅茶のお味はいかが?」


「はい…華やかな香りと甘みのある芳醇な味わい…綺麗な色が特徴的ですね。女性向きでしょうか?」



個包装された紅茶は扱い易くて風味もよく、嗜好品として中流家庭の婦人たちに人気がある。



「その通りよ、薔薇の花弁を加えた紅茶は美容効果が期待できるわ。売上が安定してティーバッグの種類が増えてきたら、贈物用に可愛く包装した商品を用意するのはどうかと考え中なの」


「……なるほど、それはプレゼント選びに不慣れな男性でも手に取りやすい…いいと思います」


「そう?」


「我が商店の活性化にお力添えをいただき、感謝申し上げます」



レティシアのラッピング案は、斬新な切り口で商店を盛り立てているセオドアの兄に喜ばれ、後日採用される運びとなった。





──────────

──────────





「聞きましたよ、イネルバ王国のお話。聖女同士の交流を求めて来たとか」


「あぁ…正確には私にまで話は届いていないのよ」


「え?」



聖女宮でサオリとクオンと一緒に食事をした後、獣化したクオンを連れて庭園を散歩したレティシアは、膝の上で丸まって眠る子虎を撫でてモフモフを満喫中。



「愛する夫が、速攻断ったらしいの」



(流石です!サハラ様!!)



「知り合いの文官の話では、イネルバ王国が召喚した聖女とされる女性の聖力が急激に衰えて王国内は混乱状態だそうです。それで、何か思惑があるんじゃないかって」


「交流は単なる口実というわけね。自国で手に負えず安易に他国へ縋るくらいなら、召喚術など扱わなければいいものを…喚んだ聖女が器に見合わず神に見放されたとしても、元いた世界へは還せない。実に浅はかだわ」



すでに手遅れだと知るサオリは、固く目を閉じる。

召喚術は魔法陣に膨大な量の魔力と情報を練り込み、星を詠んで念入りに準備し、時間を掛けて行う。異なる世界を座標として異空間を結ぶ聖女召喚は当然難易度が高いが、成功率を度外視すれば術式と魔力による発動は理論上可能とされていた。


アルティア王国が神獣サハラの花嫁サオリの召喚を成し得たのは、名だたる魔法師や大魔女スカイラの理解と協力、国王の支援があったからだ。イネルバ王国は能力も倫理観も不足していたのだろう。



「客はアリスだったか」


「あら、あなた」


「…サハラ様、ご無沙汰いたしております」



ノックをしたのかしていないのか?唐突に部屋へ入ってきたサハラは、クオンを抱えて身動きの取れないレティシアを一瞥する。薄い布地を身に纏っただけのお決まりの半裸スタイルで美しい顔を静かに近付けて来たかと思うと…鼻をスンと鳴らし、クオンを優しい眼差しで見つめた。



「構わぬ…座っていろ。ドレス姿も様になってきたな」 


「お褒めいただき、ありがとうございます」


「ふむ、以前より大公のニオイが強くなった。随分と魔力を注がれているようだが、身体は大丈夫か?」


「そっ…」



(ニオイとか、注ぐとか言わないでーっ!!)



閨事?魔力耐性?どんな意味合いで身体を心配されているのか分からず、レティシアは目を見開いて羞恥心に唇を震わせる。



「あなたったら、すっかりお義兄さん気分ね。この子はレイヴンの加護があるから心配ないわよ…ウフフ」


「…ふん…レイヴンか…」



サハラが大魔術師レイヴンの名を雑に呼び捨てるのは通常通り。ただ、この時は何か含みを感じる物言いに思えた。



「サハラ様、レイヴン様がどうかされまして?」


「あ奴がか?どうもするわけなかろう」


「そ、そうですか……っ?!」



ここで、いつもなら愛妻を膝に乗せて愛で始める…はずのサハラが真顔で隣へ腰掛けた瞬間、レティシアは息を呑んだ。



「…アリス、レイヴンの昔話を聞く気はあるか?」


「………はい?」




    ♢




エルフは数千年の時を一生とする、神に近い長寿族。

“10人目のエルフ”とは、10人いるエルフの長の中で最も強い者に与えられる称号。現在、大帝国の魔塔主として圧倒的強さを誇るレイヴンは、百にも満たない年齢で全種族のトップに君臨している。


人間とのハーフである彼は、生まれながらの強者ではない。レイヴンの父親が属していたエルフ族は混血児を恥だと疎んじた挙句、一家を村の隅へ押し込めて迫害し続け、母親の寿命が尽きた時には短命を蔑み嘲笑った。



「レイヴンが50歳辺りか…母親の葬儀を台無しにしたエルフたちと弟との間に諍いが起きた」



我慢の限界だったに違いない。しかし、息子を守ろうとした父親が罰を受け、無残な遺体となって戻って来る。

両親を喪えば排除(ころ)される運命を待つのみの兄弟は絶望し、逃げ切れずに野垂れ死ぬくらいなら両親の亡骸の傍で逝きたいと死神に願った。



「耐え難い苦痛や憎悪を贄とし、死の淵へ立った者にしか生み出せない真の力というものが…未だ存在する。その日、レイヴンは巨大な村を一つ地図から消した」



死ぬ間際、兄弟は爆発的な能力覚醒を遂げる。

結界で護られた堅城鉄壁の村を壊滅させた威力(パワー)は凄まじく、レイヴンはその反動から弟を逃がそうと無我夢中で転移魔法を使う。



「二人は散り散りになって、レイヴンは遠く離れたルブラン王国へ飛んだ」


「…ルブラン…」


「そこで、幼い少女に出会った」



レティシアの沈痛な面持ちを前にサハラが淡々と語る昔話は、欠けた現世の記憶へと繋がって行く。

出会いの場は例の養護施設。トラス侯爵夫人は、娘のレティシアを連れてボランティアに参加していた。



「一気に魔力を放出して眠りに落ちたレイヴンが目醒めた場所に、一人の少女が倒れていたらしい。少女は魔力の源である核が壊れ、酷く弱っていたそうだ」


「魔力…核?」


「状況から、心優しい少女がレイヴンを救おうとして自分の力を全て使い果たしたと推測できる」


「…………」



幼いレティシアに魔力があったと聞いて絶句する。魔力が枯渇すれば核は傷付き、力そのものを失う。



「魔力持ちが希少とされる国の子供が、己の潜在能力を知らずに人助けをした。レティシア・トラスは、レイヴンにとって命の恩人とまではいかなくとも…それ相応の対価を与えるべき対象となった」



レティシアは、木々が生い茂るあの広い庭のどこかで少女と出会い、助け合って絆を結んだレイヴンの姿を思い浮かべた。








ここまでお読み頂きまして、誠にありがとうございます。


次話の投稿は6月中旬以降を予定しております。(多忙につき、ご理解頂けますと幸いです)

        ─ miy ─

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