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199 婚約者



聖女宮では、庭園のアーチを飾る華やかなオレンジ色の薔薇が満開の時期を迎えていた。何枚もの花弁が隙間なく重なった大輪の花は、熟れた果実に似た強い香りが特徴だ。


二日後、晴れてラスティア国ルデイア大公の正式な婚約者として表舞台に立つ妹のレティシアを昼食へ招いた聖女サオリは、デザートにお祝いのケーキを用意して、美しい花々を鑑賞しながら優雅なティータイムを過ごしている。



「閨の作法?」


「…禁忌(タブー)みたいなものがあるのかなと…」



サオリは椅子の肘掛けに右肘を置いて、やや傾いた身体を支えながら首を傾げ、黒い髪と瞳を揺らす。

この世界では政略結婚によって結ばれる貴族の大半が子作りを義務だと捉え、夫婦間で何かしらの取り決めを行うのが実情。しかし、それは決め事(ルール)であって礼儀(マナー)ではない。



「いいえ、大丈夫よ。毎晩愛し合う仲睦まじい男女が、わざわざ制約を抱え込む必要はないわ」


「ま…毎晩だなんて」


「寧ろ、進展を喜んでどんどん開拓して行くべきね」


「開拓…?」


「そのつもりで、急に作法を気にし始めたんでしょう?うふふ…昨夜も可愛がられたんじゃなくって?」



現在、公爵令嬢のレティシアは秘書官の仕事を減らし、貴族社会を生き抜く処世術を学んでいる。但し、刻印の儀から婚約披露までの期間は仕事や勉強が休みだった。

儀式と医師スカーレットによる検査を無事に終えて公爵邸へ戻った昨日、成り行きでアシュリーとそのまま朝まで部屋で過ごしてしまったレティシアは、サオリに揶揄われて甘いひと時を思い出し…頬を赤く染める。



「…あらら?」


「こっ…このケーキ、とても美味しいです!」


「たくさん召し上がれ」



カラリとよく晴れた青空の下、オープンテラスでケーキを頬張るレティシアのミルクティー色の髪が風に舞い、白い首元に残る薄桃色の所有印がチラリと見えた。

黄金色に輝く伴侶の証を胸に刻み、アシュリーから愛情を注がれて益々綺麗になった妹は、今後さらに溺愛されるはず。閨事の悩みなど持たなくていい…いや、口にする暇もないだろうと…サオリは目を細め、ティーカップをゆったり口へ運ぶ。



「婚約のお披露目の次は、三ヶ月後に王宮で催されるデビュタントかしら?」


「はい。あ…デビュタントの一ヶ月前に、私の誕生日があるみたいです」


「え?…やだ、うっかりしていたわ…そうよ、社交界デビューするなら18歳にならないと…」


「私自身、あまり実感がなくて」


「大公の婚約者という立場で成人を迎えるなら、家族で食事会をしてお終いとはならないでしょうね」


「サオリさんの言う通り…お祝いのパーティーには、お客様がたくさんいらっしゃるそうです。お義父様は今まで招待を受ける機会が多かった分、来てくださる方も大勢いるとお義母様が仰っていました」


「ユティス公爵は幅広い人脈をお持ちだから。…確か、デビュタント後は大公邸へ移り住む予定だったわよね。公爵家で祝うお誕生日は最初で最後?…これは、盛大になりそうな予感がするわ」


「私を大切に思ってくださるお義父様とお義母様のあたたかいお気持ちが、本当にうれしいです」


「素晴らしいご夫婦だと私も思うわ。でも、ちょっと大きなパーティーが続くのね」


「そうなんです。目下の課題は、貴族の皆様の家名や家紋、家族構成、家門同士や他家との繋がりとか国内での職務を覚えることなのですが…いざ名前を聞いて、パッと情報が頭に浮かぶかどうかが不安で…」


「そこは実践あるのみよ…交流するようになれば、文字や絵で見ていたものが生身の映像に上書きされていくわ」


「…私、お茶会へは一度しか参加したことがありませんし、親しいお友達もまだいなくて…お披露目パーティーで新たな出会いがあるでしょうか?」


「すぐにあちこちから茶会の招待状が届いて、お友達探しに忙しくなるはずよ」



励ますようにレティシアの肩に優しく触れ、明るい色合いの庭園へ視線を向けたサオリが、ピタリと動きを止めた。



「いつ見ても、鮮やかな色彩が見事なお庭ですね」


「えぇ…大公がラスティア国の新しい君主となって、もう一年経つのね。一年前、王宮を離れる挨拶に来た時、この景色を一緒に眺めたことを思い出したわ。彼も19歳に…」



アシュリーの誕生日は、明後日…婚約披露の日。

通常のパーティーと比べて、祝事は主役に声を掛けやすく人が殺到するきらいがある。魔力暴走以降、公的な場への露出が極端に減った彼は誕生祝いを行わず、成人の際も大公就任パーティーと兼用で済ませていた。

解呪後初の誕生日となった今回、その流れを変えずに婚約披露中心で推し進めるアシュリーと、意識改革を促したい補佐官パトリックとの間には一悶着あったらしい。



「大公の背中を見送ったあの日、こんなにも素晴らしい未来が訪れるだなんて想像すらしていなかった。レティシア、幸せになるのよ…ううん、あなたたち二人ならきっと幸せになれる。いよいよ婚約ね、おめでとう」


「はい。ありがとうございます……お姉様」



サオリと手をしっかり握り合っていると、テラスの端からこちらへ駆けて来る人影が視界に入る。



(…エメリアさん?)



今日は、この後アシュリーがレティシアを迎えに来ることになっていた。一瞬知らせに来たのかとも思ったが、それにしては時間が早い。



「聖女様、アリス様、お寛ぎのところ大変申し訳ございません」


「エメリア…どうしたの?」


「急ぎ、治療室までお越しいただけないでしょうか?」



普段、落ち着きのある優秀な側仕えの慌てた様子に、サオリは何事かと眉をひそめる。





──────────

──────────





本日のレティシアの予定は、国王クライスとの謁見と神獣サハラ&聖女サオリへの報告の二つ。

これは、刻印の儀を執り行った後に婚約を交わす男性王族の通過儀礼であり、アシュリーと揃って挨拶をするのが習わし。特に国王の御前で誓いを立てる魔法誓約は、それによって婚約が成立するため、明後日のお披露目前に必ず済ませておかなければならない重要な儀式。神より授かった紋様を精査する医師の承認が不可欠なのは言うまでもない。


執務を早めに切り上げてやって来たアシュリーと共に王宮と聖女宮を巡り、二つの行事を完璧にこなしたレティシアは、公爵家のサロンで広いソファーに身を沈めた。



「今日で婚約も整った、後は披露するだけだな…ようやくここまで来た」


「はい、お義父様たちにご報告ができますね。きっと、晩餐の準備をしていらっしゃるに違いありませんわ」


「うん。疲れたろう…無理はしていないか?」


「心配なさらないで。でも、とっても緊張いたしました。二度とない貴重な経験をさせていただいたと思います」


「二度あっては困る…永遠に私とだけ誓ってくれ」



無事に婚約が叶った気の緩みからか…甘えた声を出して、大きな身体を縮めたアシュリーが腰に抱きついて擦り寄って来る。偶に出る彼のこういう可愛らしさに、レティシアは母性本能をグラグラと揺さぶられてしまう。

目の前へ無防備に晒された艷やかな漆黒の髪を優しく撫で、形のいい頭部に口付けた。



「あ、そうでしたわ…今日サオリさんとお昼をご一緒した時に、ちょっとした騒ぎが起きたのです」


「…ん…何があった?」



クルリと身を翻し、アシュリーが膝の上に寝転がる。レティシアは、その出来事について詳しく説明をした。



「…兄上が?」


「はい、アフィラム殿下が治療室の前でご令嬢を抱えて立っておられて…びっくりいたしました」



事のあらましはこうだ。

今朝、アフィラムの飼っている犬の具合が悪くなって餌を食べなくなる。医師を呼ぶよう頼んでから自身の宮殿で一仕事を終えた彼は、飼い犬を心配して様子を見に行く。その途中、元気に庭を走り回る犬の姿を二階の窓から目撃し『治ってよかった』と喜んでいた。

ところが、偶然?庭にいたどこかの令嬢が犬に驚いて攻撃魔法を放ってしまう。そこへ、別の令嬢が飛び込んで来て犬を庇い倒れてしまったのだ。



「令嬢は怪我をしたのか?」


「いいえ、アフィラム殿下が咄嗟に魔法で守ったので無事だったようですわ。ただ、気を失って意識がなく…サオリさんのところへ急いで運んだそうです」


「ふむ…その倒れた令嬢の名は?」


「…確か、フロム嬢と…」


「フロム…エーベラー伯爵家の令嬢か。優秀な治癒師や魔法薬の調合師がいる家系で、彼女も調合師だったか…眼鏡を掛けていただろう?」


「え?気付きませんでしたわ…眼鏡…?」



名前一つで伯爵家だと分かるアシュリーは流石だと思うレティシアの脳裏に、初めての茶会で眼鏡を掛けた令嬢に出会った記憶がふと蘇る。



「それから…レティシアを怖がらせないように犬と言ったんだろうが、兄上の飼っているのは巨大な銀狼…」


「…ぎ…?」


「つまり、オオカミだ」



(えーーーっ!!)








 

いつも読んで下さる皆様、誠にありがとうございます。

毎日、少しずつでも書き進めて投稿へ向けて頑張って努力致します!


次話の投稿は、3/19~23頃を予定しております。宜しくお願い致します。


        ─ miy ─



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