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197 消えない刻印3



刻印の儀を執り行い、レティシアと初めて結ばれてから三ヶ月。仮初めではあるものの、伴侶との繋がりを得たアシュリーは幸せで充実した蜜月期間を過ごすことができた。


運命の相手である(つがい)と出会った者の多くは、純粋な愛情が深過ぎるが故に耐え難い性衝動や激しい執着心に悩まされる。

レティシアと揃いの紋様を胸に刻んで以降、アシュリーの精神は驚く程安定し、それは日々の生活にもいい影響を与えた。一定の周期で発情期が巡って来る獣人族の辛さを思えば、非常に恵まれている。父アヴェルの言う通り、レティシアと添い遂げるには刻印による契約が必須だった。


そして今夜、アシュリーは最愛の女性(ひと)と正式な儀式の下で結ばれる。長く待ち望んでいた時を迎え、かなり気分が高揚していた。



「…私に何かご希望でもございまして?」



今までにないくらい露出度の高い黒のナイトドレスを身に纏ったレティシアが、細い両腕で自分の身体を抱き締めながら恥ずかしそうに言う。薄化粧のせいか、顔全体がポッと赤らむスピードが早い。

 

冗談と言いつつもアシュリーが何気なく発した一言を気に留めて、房事への要望があるのか?と問う彼女の変わらぬ寛大さに改めて感動する。その一方で、両脇から寄せられて密度が増した胸と窮屈そうな谷間に視線が釘付けになり、一瞬思考が停止した。



「………いや…」



寝所を共にしただけで抱きたくなる…というのが本音だ。無論、誘いがあれば男心を擽られてより興奮する。

閨でのレティシアは素直で感じやすく、蠱惑的な姿態で淫欲を刺激し、アシュリーの強固な自制心を度々崩壊させて来た。純白の絹のような肌に触れ、たっぷりと愛でた後に一つになって情熱を注ぎ込む悦びや満足感をどう表現すればいいものか。

毎夜抱き潰す勢いで愛し合っていたが、幸い…加護を持つ彼女は定期的な医師の検査でも健康で問題なしと言われている。とはいえ、半月が過ぎて月のものが来た辺りから少しづつ自重するようになった。

ただし、欲情しても我慢しても…魔力の香りだけでレティシアにすぐ気付かれてしまうのが難点だ。



「…本当にありませんか?」



全く欲がないと言えば嘘になる。

アシュリーは、レティシアと結ばれて初めて心身共に満たされる至極のひと時を知った。色男カインの言葉を借りて言うなら、女性の抱き方はいろいろあって、童貞を卒業して間もないアシュリーの想像以上に未知のものが多く存在する。男として興味を持つのはある意味仕方がない。だからと言って、それをそのまま口に出すのが正解だとも思わない。



「アシュリー様?」


「…私自身まだまだ未熟なのに、君に何かを望むなど…それよりは寧ろ…」



閨事情は十人十色。つい先日も、親族が集まった茶会で話題に上がったばかり。婚約を祝う席ではよくあることだ。

姉たちの夫である宰相セドリックや魔法師団長イーサンは、当然刻印の能力を持たない。一般貴族と同様の感覚を持つ彼らは、王家の血を引く気高き妻へ愛を囁き、機嫌を窺って子作りに励んでいた。どうすれば妻を飽きさせず快楽へ導けるのか?円満な夫婦生活を送るために、それぞれ努力をしている。特に、愛妻が懐妊中のセドリックは夜の営みに様々な工夫が要ると話していた。


女性に嫌悪感を抱いていたころと比べて男女関係への理解度が増した分、内容がより身近で生々しく感じられる。将来役立つ新たな情報は得たいが、実体験に基づいた話に身内が絡んでいてはどうにも突っ込み難い。

これが大人の集りかと…アシュリーは主役でありながら、場の雰囲気を乱さないよう聞き耳を立てて相槌を打つ傍観者役に徹した。結果、酒の入ったグラスを口に運ぶ回数がやたらと増え、見事に酔っ払ってしまったのだ。




    ♢




「…寧ろ…何でしょうか…?」



前世で28歳だったレティシアは、男女の睦事とは何か?基礎的な知識を持っている。そのため、儀式の作法だけを学び、この世界の閨教育は受けていない。 



(やっぱり、閨での振舞いを教わっておくべきなのかしら?…それに…)



レティシアは、アシュリーの感情の起伏を魔力香でも感じ取ることができた。その逆は成立しないのだから、彼に愛されている喜びと幸福感を伝える言葉や行動が不足気味であったと…今になって自覚をする。



「…もっと、レティシアを気持ちよくしてあげたい…」


「え…?」


「それが、今の私の思いだよ」



アシュリーはキョトンとするレティシアの表情に蜂蜜色の瞳を細め、儀式を進めるべく手のひらにゆったりと口付けをした。



「こうして触れ合うだけでも十分ですのに…もっと?」


「君は…本当に可愛くて困る」


「…私は、アシュリー様にも気持ちよくなって欲しいと思います…」


「それこそ十分だ」


「…ふふふっ…」


「レティシア?」


「では、今宵は二人一緒に気持ちよくなるしかありませんわね?」


「…なるほど、確かにそうか…」



長い前髪を左右に掻き分けて恭しく(こうべ)を垂れ、静かに笑みを浮かべながら“お返し”を強請る彼の額に…レティシアがそっと口付けをする。



「…女神の仰せの通りに…」



抱き上げられて運ばれたベッドの真ん中で、どちらからともなく唇を重ねた。深く舌を絡めては、互いに息苦しくなるまで何度も繰り返し吸い合う。

薄布越しに感じる肌の温もりと心地いい魔力香にレティシアがうっとりし始めると、敏感な耳や首筋を狙ってアシュリーの熱い舌が動き出す。鎖骨辺りにチクリと甘い痛みを覚えたレティシアはハッとする。



「…あっ…待って…」


「ん?」


「アシュリー様は…ど…どこにキスをされたら気持ちがいいですか?」


「…どこ?…さて…どうかな?…生憎、選べる程に口付けを受けた経験がない…」


「…あ…」


「私の身体に口付けができる者は、たった一人しかいないのだが?」



(…そうよ、私だけが許されているのに…今まで…)





──────────





レティシアは、硬くて張りのある逞しい筋肉の割れ目に沿って、まるで美術品や造形物を確認するかの如く両手を使って優しく慎重に撫でていく。



(…私と同じ、三日前より紋様が薄くなっているわ…)



意識が確かな内に『先に触れたい』と申し出たレティシアは、アシュリーの夜着を脱がせるだけで凄まじい色気に当てられてしまい、心臓が飛び出そうなくらいドキドキしてしまった。


下穿き姿で横たわる彼を上から眺める景色の素晴らしさに、思わず感嘆のため息が漏れる。王族に相応しい能力と知力、恵まれた容貌と体躯、逆境を耐え抜いた不屈の精神、全てが美しいこの人が自分を抱く姿を、何故ちゃんと目に焼き付けて来なかったのか?

照れや恥ずかしさ、そして…快感の渦に呑まれてこれまで自我を保てずにいたレティシアは、ひどく後悔をした。


アシュリーの身体には、目視では気付かない無数の小さな傷痕がある。指先で感じた治療済みと思われるわずかな痕跡は、他を寄せ付けない圧倒的な武力を得るために、少年時代の彼が懸命に努力をした証なのだろう。



(…どんな子供だったのか、何となく想像がつく…)



理不尽で一方的な私念に呪われた幼少期のアシュリーは、常に死を覚悟していたと聞く。多くの人たちの支えを受けて回復した後は、生き辛く苦しい現実から逃げずに自らを強化し、固い信念の下に今日まで清く正しい生き方をして来た。彼の尊い人生に寄り添い、共に未来を歩む伴侶に選ばれたことを…レティシアは誇らしく思う。



「…擽ったいとは…こういう感じか…」


「じっとしていてくださいね」



レティシアの指の腹は、アシュリーの臍から斜め上方向へ腹筋を撫で上げ、厚みのある胸板付近の紋様を目指す。彼がゴクリと生唾を飲む音が聞こえた気がする。

無闇やたらとキスをしても、そう簡単に気持ちよくはならない。肌の熱や表面のわずかな動きを見逃さず、アシュリーが気持ちいいと感じる場所を探っていく。

要は、彼がいつもする仕草を真似ているわけだが…お互いを繋ぐ紋様が最も感じやすいことは確実なため、そこをゴールに決めていた。


こうして入れ替わってみると、アシュリーがいかに気を遣って愛してくれているのかが改めてよく分かる。

触れれば、思った以上に相手の感情が読み取れて興味深い。彼の身体の強張りは、初めての状況に緊張しているせいに違いなかった。



「一度、目を瞑ってみてくださいませ。それから、私と手を繋ぎましょう」



女神に逆らえないアシュリーは、言われるがままレティシアの左手を握り…大人しく目を閉じる。










いつも読んで下さる皆様、ありがとうございます。公開予定日ギリギリとなってしまい、大変申し訳ありません。


次話の投稿は2/20~25頃を予定しております。宜しくお願い致します。


       ─ miy ─

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