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195/211

195 消えない刻印



「紋様が、かなり薄くなっておりますね」


「ロザリー…三ヶ月ってこんなに早かったかしら?」


「あまりにもお忙しいと、そのようにお感じになるのではありませんか?大公殿下は、毎日指折り数えてお待ちになっておられたはずですよ」


「…それは…そうかもしれないわね…」



大公邸では着替えの手間が面倒だからと秘書官の制服を着て朝食を食べていたレティシアも、公爵令嬢となって一ヶ月が過ぎた現在…ドレス姿で家族と食事をする新しい生活に慣れ始めていた。

朝晩の日課だったランニングと剣術稽古の回数を減らしたため、いつも一緒に走っていたロザリーは朝からレティシアの身の回りの世話に勤しんでいる。



「ドレスや髪など、どこか気になるところはございませんでしょうか?」


「えぇ、大丈夫よ。髪も大分伸びたみたい」


「アップスタイルがとてもよくお似合いです」



艶のあるミルクティー色の髪を青いリボンで美しく結い上げたロザリーが満足気に微笑む…と同時に、部屋付きの侍女たちが集まって来て横一列に並んだ。



「「「レティシアお嬢様、本日は誠におめでとうございます!」」」


「皆…ありがとう。私、朝起きた時はやっぱり緊張していたの。でも、こうしていつも通りに過ごしている内に少しずつ落ち着いて来たみたい」


「全身のお手入れも、ナイトドレスのご用意も済んでおります。何も問題はありません、完璧でございます」


「ふふっ、前と同じ。皆、今日はよろしくね」



三ヶ月の蜜月期間を経て…いよいよ今夜、アシュリーとレティシアは二度目の刻印の儀を執り行う。

この慶ばしい日に合わせ、デザイナーのカナリヤからは祝いの品として新作ナイトドレスが届いていた。



「そういえば、大公邸より侍女長様がお手伝いに来られるそうです。一足先に別荘へ向かわれているとか…」


「まぁ…パメラが?」


「はい、公爵家の侍女長様とは旧知の仲だと伺っております。どうか、安心して儀式をお迎えください」


「頼もしい、何も心配しなくてよさそうだわ」



(…心配なのは…)




    ♢




「おはよう、レティシア」


「おはようございます、お義母様」


「今日は素晴らしい天気に恵まれたわね。さぁ、あなたもお座りなさい」


「はい」



穏やかに晴れた日は、時々テラスへ出て朝食を食べる。広い敷地内の空気や音を肌に感じながら、少し小さめのテーブルを四人で囲む時間がレティシアは好きだった。

義母である公爵夫人クロエは、毎朝一番先に席へついて家族が来るのを待っている。ラファエルを養子にして以降、これが夫婦二人の時にはなかった喜びの一つだと話していた。



「あら、お義父様は…?」


「…義母上…義姉上、おはようございます」


「「おはよう、ラファエル」」



レティシアより遅れてやって来たラファエルが、キョロキョロと辺りを見回しながら隣の席に着く。



「義父上がまだお見えでないとは、珍しいですね?」


「今、私もそう思っていたの!」


「今日は、可愛い甥っ子の代わりに宮殿で仕事をする日だと…張り切って朝早くに出掛けてしまったわ」


「「えっ?!」」



暫くすれば、アシュリーが邸へやって来て家族と挨拶を交わす予定になっている。ほぼ身内同士のような関係で形式的なものだと言えばそうだが、公爵家当主…レティシアの父親が不在という事実に二人は揃って驚いた。



「大公殿下がお見えになるというのに、義父上はお会いにならなくてよろしいのですか?」


「…ラファエル、あなたは次期公爵ですもの、私と一緒にお出迎えをいたしましょう」


「いや、義母上…いえ…他に方法がありませんね…大事な日に、義父上は一体何をお考えでいらっしゃるのか…」


「私たちは、ある程度の雑務を終えたら昼過ぎにはレティシアを追い掛けて別荘へ行けるでしょう?」


「…はい。義父上は夕方お越しになると…」



そう、今日は公爵家の家族全員で別荘に泊まる。

たった一泊…儀式に便乗する形にはなるものの、以前にアシュリーと話した『皆で別荘へ遊びに来る』という夢が最速で叶おうとしていた。



「…まさか、義父上も昼過ぎに…?!」


「その通りよ、自分もあなたたちと一緒に魚釣りをすると言って聞かないの。気持ちは分かるのだけれど、補佐官や護衛の者たちまで巻き込んで…本当に申し訳ないわ」



どうやら、大公補佐官のパトリックは急に早朝勤務を命じられてしまったようだ。渋い顔をしたクロエは、小さくため息をつきながら眉間に寄ったシワを指先で揉んでいる。



(…私、お義父様が一番心配だったのよね…)





──────────

──────────





『…ねぇ…引いてる…』


『うん』



不規則なリズムで靭やかに曲がる釣竿の先を指差すレティシアに肩を突っつかれたラファエルは、一気に竿を引き上げた。



「やったわ!ラファエル!!」


「…よしっ、釣れた!」



思わずガッツポーズをして湖の対岸へ視線を向けると、義父のダグラスが大きく手を振っている。




    ♢




「レイ、あっちは一匹目が釣れたみたいだ」


「…そのようですね…」



釣り上げた小魚を手にして騒ぐ子供たちの様子を見て目を細めるダグラスの姿を横目に、竿先から糸を垂らしたアシュリーはぼんやりした口調で相槌を打った。



「こっちも負けてられんぞ」


「…なぜ、叔父上と私がペアなのでしょう…」



別荘でレティシアと早めの昼食を終え、ラファエルたちも無事合流し、そろそろ釣りを楽しもうか…という頃合いにタイミングよく現れたダグラスは『並んで釣るだけではつまらない』と、二組に分かれて釣果を競う提案をする。問題はその組分けであった。



「そんな仏頂面をしていたら魚も寄り付かんな…クククッ」


「笑い事ではありません」


「ここへは久しぶりなんだ、いいじゃないか。妻や子供とならばまた一緒に来る機会もあるが、ルデイア大公殿下はそう簡単にいかないだろう?」


「昔、叔父上はどんなに忙しくても私たち兄弟を遊びに連れ出してくださったではありませんか。時間は作ります…それが彼女の望みとあらば尚のことです」


「レティシアにベタ惚れだな」


「はい」


「…これは、我が娘も大変そうだ…」


「大変では……おっと…!」


「おぉっ、デカいのが来たぞー!!」



釣った魚の数ではラファエルとレティシアチームの圧勝。しかし、魚の大きさはダグラスとアシュリーチームに軍配が上がる結果となり、夕食には豪華な魚料理が並んだ。





──────────





「アシュリー様の釣った魚、大きくてびっくりいたしました。湖のどこに潜んでいたのかしら?」


「三ヶ月で気候や水質には変化がある。釣れる魚が変わったんだ。虹色の魚も黒くなっていただろう」


「お義父様も全く同じことを仰っていました。魚の種類をよくご存知でしたわ。釣りが本当にお好きなのね」



儀式の準備のため、夕食後に部屋で寛ぐレティシアをアシュリーが訪ねると、青い瞳をキラキラさせて今日の出来事をうれしそうに話し出す。

やや興奮気味に頬をピンク色に染め、小さな赤い唇を動かす様子が可愛らしい。アシュリーはレティシアを膝の上に乗せて、しばし話に耳を傾けた。



「ラファエルは小ぶりな魚しか釣れなかったけれど、今までで一番楽しそうだったわ」


「うん」


「家族で来れてよかったです。お義母様お手製のレモネードも美味しくて、今度レシピを聞いてアシュリー様にも作って差し上げますね」


「あぁ…私と叔父上への差し入れは果実酒だったからな」


「飲み過ぎていませんか?」


「果実酒は、酒が飲めない大人向けのジュースみたいなものだ。今夜はこれから儀式の魔術を寝室に施さなければならない、酔っ払っていてはできないよ」


「あ、そうでしたわ…私が身支度している間に魔術を…」



正式な刻印の儀となれば、決められた通りにことを進めて行く必要がある。といっても、大変なのはアシュリーで、レティシアは身を清めて迎えを待つだけだった。



「うん。レティシア、今夜の儀式のために魔法紙に真名を書いて欲しい。書いてくれる?」


「…はい…」


「ありがとう。この特殊なペンには私の魔力が込めてある。一度書くと消えないから気をつけて」


「…はい…」




─ 有栖川瑠璃 ─




テーブルの上に載せられた真っ白でツルツルした紙に、間違えないようゆっくりと丁寧に漢字で書く。長い間、書きもせず口にも出さなかった名前だ。



「できました」


「…これは…初めて見た……異世界の文字?」


「はい」


「…君の名は、何と読む…?」


「私の本当の名前は…瑠璃、有栖川瑠璃です」









年が明けまして、新しい一年が始まりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

皆様にとって、良い年となりますように。


次話の投稿は1/25~30頃を予定しております(多忙のため、大変ご迷惑おかけ致します)


       ─ miy ─

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