189 伴侶の証
腕の中でスヤスヤと安らかな寝息を立て始めたレティシアの額に、アシュリーはゆっくりと唇を押し当てる。
「私を受け入れてくれてありがとう…おやすみ」
初めて身体を繋げた二人は、官能の渦の中で悦楽の高みへと一気に駆け上がった。
気を失うように眠りについたレティシアを抱え、白光りする天蓋幕をぼんやり眺めれば…清楚なナイトドレスから滑らかな裸身が現れた瞬間を思い出さずにはいられない。
やっとの思いで鎮めた下半身が、興奮冷めやらぬ内に再び勢いを取り戻そうとする。
「…優しくできただろうか…いや…無理だったな…」
レティシアの秘所が熱く濡れているのを探り当てた後から吐精して果てるまで、愛情と歓喜と快感で焦げつく程に昂った感情の暴走を抑えようとしたものの、最後は激しく腰を突き上げ絶頂を迎えて打ち震えた。
アシュリー自身でみっちりと埋め尽くされていた彼女の細く平たい下腹部を、今さらながら労うように撫でる。
刻印の能力が備わって以降、頻繁に訪れる強い性衝動を発散し、最低限処理するための性的対象者はレティシアのみ。何度も彼女を組み敷く夢を抱いて妄想しては自身を慰めていたが、所詮夢は現実に遠く及ばなかった。
乱れる姿は想像の何倍も可愛く色気があり刺激的で、悦がる声はアシュリーを煽る魔性の囁きだ。もっちりとした張りのある肌と同様に、潤んだ隘路も弾力に富んでいて、中へ侵入すれば柔らかな肉襞がうねって吸い付いてくる。
この誘惑に勝利し、理性を保てる男がこの世にいるとは到底思えない。それでも、可能な限り欲に抗い…大切にレティシアを抱いた。
「君の髪の毛一本まで…もう全て私のものだ。誰にも触らせてはいけないよ」
刻印の紋様による魂の結びつきは、互いの居場所も分かるくらいに強力なもの。ようやく一つに繋がった運命の番への猛烈な執着と性欲も制御可能となる。しかし、微妙なことに独占欲は別物だった。
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「……ん……ぅん…朝…?」
寝返りを打ったレティシアは、腰の辺りに重みと温もりを感じて目を覚ます。
爽やかな香りをスーッと鼻腔へ取り込んで瞼を持ち上げると、目の前には造形の整った麗しい美男子の顔。筋肉質な片腕をレティシアの腰に絡めた状態で、枕に頭を預けて熟睡している。
(…そうだ……殿下と…)
生まれたままの姿を爛々と輝く黄金の瞳で眺められた時には、恥ずかしいのに肌が粟立ちゾクゾクした。
髪から足の先まで…焦れったいくらい念入りにレティシアを愛でては気遣い、溢れ出る密に塗れた熱い楔を慎重に膣奥へと押し進めるアシュリーの掠れて上ずった喘ぎ声が、今も耳に残っている。破瓜の疼痛より、ピッタリと嵌まる彼の存在を迎え入れた喜びのほうが上回り、痛みすら幸せに感じた。
我慢の限界を超えて荒々しく腰を揺らし、熱に浮かされたように『愛している』と繰り返すアシュリーに無我夢中でしがみついてたっぷりと愛を注がれた瞬間…身体中がカッと燃え上がる感覚に包まれたまでは記憶がある。そして現在、気付けば朝になっていた。
「…あっ…紋様…」
滞りなく刻印の儀を終えていれば、揃いの紋様が身体のどこかに現れる。
レティシアはそっとアシュリーの腕を除けて、ベッドの上で上半身を起こす。胸元や手、腹部を探すと、キスマークは山程あるのに…それらしき模様が見つからない。
(…えっ?!ウソでしょ…紋様がない!)
焦ったレティシアは上掛けから全裸で這い出し、足やお尻まで目に入るところを探してみるも結果は同じ。そのまま、四つん這いの格好で深く項垂れた。
「………レティシア?…起きていたのか…」
「…っ…殿下……」
「ん?…これは、朝から眼福だな」
初夜の翌朝。目覚めて最初に目にしたのが、女豹の如くしなやかな肢体を一糸纏わず堂々と披露する愛しい恋人とあれば、アシュリーがニヤけてしまうのも仕方がない。
一方、ちょっとした冷やかしすら受け流す余裕のないレティシアは、青い瞳に涙を浮かべてペタリと座り込んだ。
「…殿下ぁ…」
「どっ…どうしたっ?!」
上掛けを吹っ飛ばし、弱々しい声を出すレティシアを慌てて抱き締める…こちらも全裸のアシュリーは、昨夜の行為の至らぬ点が瞬時に思い浮かんでハッと息を呑む。
「…どこか具合でも…」
「…違うの…私…紋様が…」
「紋様?」
「………あれ…?」
怪訝な顔をするアシュリーを見上げたレティシアは、目と鼻の先にある分厚い胸板を指先で擦る。左胸の下側が、何やらチカチカと煌めいていた。
「擽ったいぞ?」
「…光ってる…」
「うん、君も光っているはずだよ」
「え?本当に?……キャッ!」
レティシアを抱き上げたアシュリーは、ベッドを素早く降りて大きな鏡の前まで連れて行く。
「ほら、ここならよく分かる。見てご覧」
「…見るって……ぁんっ…」
突然背後から大きな手で胸の膨らみを掬い上げられ、思わずおかしな声を出してしまったレティシアがアシュリーの指差す鏡を見ると、左胸の下が弧を描くように金色に輝いている。ブラジャーでいうと、丁度ワイヤーが入っているラインが光っていた。
「あっ、見えた。花?花弁が連なっているみたい?」
「これが、私たちの紋様の形のようだな。紋様は、場所が見つけやすいように光っている。…君の場合、胸が邪魔をして…死角になっていたんだ」
「…よかった…私、てっきり…」
お互いの紋様に口付けをすれば光は収まり、それによって刻印の儀は目出度く終わりを迎える。そう聞いて、安堵の息を漏らしたレティシアは…その後、鏡に映る“胸を鷲掴みにされる素っ裸の女”のとんでもなくシュールな絵面に、小さく叫び声を上げた。
♢
「…昨夜は辛くなかったか…身体は…?」
「大丈夫よ、辛くなかったし…もう痛みもないわ」
レティシアを守る加護や魔術は相手がアシュリーだと反応が鈍く、阻むこともない。回復の効き目は緩やかだが、十分に恩恵を受けている。アシュリーが無敵なのは、レティシアが心を許すまでもなく、番であることが最大の理由だろう。
「…そうか…私は初めてだったから、上手くできたのか不安だったのだが…その…」
「…それは、え…と…何と言えばいいのかしら…」
情熱的で素晴らしい至福のひと時だったと微笑んで答えれば、アシュリーは逞しい肉体を小さく縮めて…ジワジワと赤くなる頬を手で覆い隠す。
彼なりに房事の評価を気にしていたのかもしれないと思いつつ、純粋で可愛らしい仕草がレティシアの胸をときめかせた。
「……私もだ…とてもよかった……」
「…あっ…」
白い肌に刻まれたばかりの伴侶の証をアシュリーがスルリと撫でると、紋様はまるで性感帯のようにレティシアに甘い痺れと刺激を与える。
儀式を無事に終えて紋様を確認し、体力は回復済み。しかも、まだ朝早い時間…と条件が揃えば、蜜月を迎えた二人が唇を重ねてベッドへ倒れ込むのは自然の流れだった。
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「少し待っていて、すぐに食事を持って来るよ。昼を過ぎたら、身体の検査を受けよう」
「え、…えぇ」
アシュリーは、生き生きとした表情でレティシアの身の回りの世話をする。
閨を共にした女性の身体や髪の手入れをし、乱れたベッドを整えるのは男性の役目、初夜の作法だからと…せっせと働く。どうやら、夜の営みの悦びや満足度を示す意味を持つらしい。
室内は、夜空の星光から陽の光へと代わってとても明るい。夜どころか、朝にも営んでしまったレティシアは、アシュリーの腕の中で幾度も達して淫らな声を上げた。
薄くなり始めていたキスマークをしっかりと上書きしたアシュリーは、入浴中もすこぶる機嫌が良かったが、紋様の確認をする医師に赤い斑点模様の身体を診て貰う立場としては……女医であって欲しいと願うばかりである。
お読みくださいまして、誠にありがとうございます。Happy Halloween!
次話の投稿は、11/9~13頃を予定しております。宜しくお願い致します。
─ miy ─