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177 隠し事



「今日は、一緒に食事ができてうれしかったわ」


「私もだよ。やはり、レティシアと食事をすると味も気分も変わる。仕事で遅くなる日も、食事の時間だけ邸へ戻ればいいな…それも悪くない」


「宮殿が広すぎて魔法陣しか使っていないから分かりにくいけれど、お邸は隣よね」



最上階の一つ下の階に作られた新しいダイニングルームは、大公邸では珍しい小部屋。その代わり、大きく張り出したバルコニーがついていて、窓を開放すれば狭さなど感じない。

小さめのテーブルは、向かい側に座るアシュリーとの距離が近く、いつもより会話が弾んだ。



「使用人の食堂で食事をするのは難しいが、一人の時でもこの部屋を使ってくれて構わない」


「えぇ、そうするわ」



少し申し訳なさそうな物言いをするアシュリーに、レティシアは笑顔で返事をした。

使用人が並んで見守る中、十人以上座れる長いテーブルに一人きりでは…落ち着いて食事ができないだろうというアシュリーの心遣いが、ひしひしと伝わって来る。



「ルークも邸内で元の生活に戻る、明日からは今まで通り護衛の任務に就かせよう」


「私も、お仕事頑張らないと」


「期待している。さぁ…では、部屋まで送って行くよ」


「その前にちょっとだけ、外の空気を吸って来てもいい?」



一流シェフの絶品料理と心からのもてなしに活力を得たレティシアは、ドレスの裾に気をつけながらバルコニーへ出ると、わっ!と声を上げた。



「夜空が綺麗!明日も晴れるわね」


「…レティシア、待て…これを…」



サッと脱いだ上着を手にして後を追って来るアシュリーの気配を背後に感じながら、月と無数の星がキラキラ光る目映い空を見上げる。

涼しいそよ風と草木の香りが、レティシアの鼻先を擽った。



「風邪をひいてしまうぞ?」


「…ふふっ…あったかい…」



いつもと変わらぬ魔力香とアシュリーの体温が残る上着に覆われて、寒いと思っていなかったはずが…温もりにホッとする。



「そのドレス、よく似合っている」


「本当?サイズがピッタリで…やっぱり、殿下が用意してくれたの?」


「何度かドレスを頼んでいたデザイナーのカナリヤが、レティシアに是非着て欲しいと邸へ持ち込んで来た内の一着だよ」


「え?…ん?一着?」


美しい女神(レティシア)に出会って以降、制作意欲を掻き立てられているそうだ。時々レティシアのサイズに仕立てた新作ドレスを持って来ては、要らないと言っても置いていく…あのデザイナーはやり手だな、これだけいい品を作られては欲しくなるし、他のブティックへ行くのは気が咎める。このドレスは、私が気に入って購入した」



(買わなかったドレスも置いていっちゃうの?!)



「レティシアは()()()が好きで、ドレスに興味がないだろう?まぁ…もし気になるのなら、パメラに言って溜まっているドレスを見せて貰うといい。好みに合うものがあれば言ってくれ、セバスの悩みの種のクローゼットが少し埋まる……何て顔をしている?」



クリッとした目をより一層丸くして、レティシアは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

高級ブティックのあり得ない商法に、驚きを隠せない。



「…だって…私、何も知らなくて…」


「言っていないからな。おいで、座ろう」



クスッと笑うアシュリーに腰を抱かれて、誘われるがままバルコニーへ置かれた屋外用のソファーに腰掛ける。

足元にいくつか設置された控えめなオレンジ色のランタンの灯りは、満天の星を眺めるひと時を邪魔しない。



「殿下は、他にも私に隠し事がありそうね?」


「隠し事?内緒にしていたのは…新しい部屋、寝室と浴室、指輪に…ぬいぐるみ…ドレス…今日で出し尽くした……あ…」


「何?」


「…うん…ザックの話をすぐに伝えず、黙っていたことを申し訳なく思っている。レティシアが落ち着いたら、折を見て話そうと考えていたんだ。私や聖女様、レイヴン殿も、君に傷ついて欲しくなかった…すまない…」


「それは…目の前でたくさんの人が亡くなったのを見て気を失ったのだから…私への気遣いだと分かっているわ、心配しないで」



(殿下は、泣いている私の側に一晩中ついていてくれたじゃない)



俯き加減のアシュリーの頬を両手で挟んでこちらを向かせれば、薄暗がりの中でも黄金色の瞳は明るく輝いていた。



「もう秘密はない…?」


「…指輪には、邪気を寄せ付けない厄除けの術が付与されている…」


「………何それ…」


「アーティファクト程の効果や浄化作用はなくても、危険回避の足しになればと…今日、レイヴン殿に付与をお願いした。急な申し出に嫌な顔一つせず、快く受けてくださったよ」


「レイヴン様が?…とんでもない魔術だったりしない?」


「素材によって付与できる術の強さが変わるとは聞くが、エルフの加護より強いものはないと思うぞ?」


「…そうね…」



(加護が最強なのに、指輪へ術を付与していただなんて)



指輪を嵌めた瞬間に感じた、不思議な感覚をふと思い出す。どうやら、アシュリーは思った以上に用意周到なタイプだったらしい。

レイヴンが、レティシアのことをアシュリーの“愛する人”だと表現した理由が…今ごろになって分かる。



「…殿下、この指輪…どうして左手の薬指に?」


「指輪を作ろうとした時、レティシアは右手に銀の指輪を嵌めていた。それで、左手のどの指がいいかを悩んで…聖女様に相談して薬指に決めた」


「え?サオリさん?」


「あぁ…レティシアの指輪のサイズは聖女宮へ行けば分かる、そのついでに意見を伺ってね」


「そういえば、採寸の時に指輪のサイズも測っていたかも」



つまり、アシュリーに薬指を勧めたサオリは、彼が指輪を準備している状況を知っていたのだ。



「ドレスと装飾品は、セットであつらえる場合が多い」


「王国では、どんな時に宝石や貴金属を女性へ贈るのかしら?…結婚式で指輪の交換とかはあるの?」


「…指輪はないが、王族の結婚式では妃にティアラが贈られる。貴族は、ドレスやネックレス、髪飾りなどを揃えて、参加するパーティーの前に婚約者へプレゼントしておく。平民の間では、恋人に花を贈るのが人気だ」


「花は、どこの世界でもきっとそうね」


「…レティシア…もしかして、薬指は嫌なのか…?」


「まさか、そんなわけないでしょう?…サオリさんは殿下に何も言わなかったのね。私の世界では、婚約や結婚の証となる指輪を左手薬指に嵌める風習があって…でも…」


「…っ…?!!!」


「殿下?」



話の途中で突然立ち上がったアシュリーに、レティシアが驚く。



「…あの…」


「まっ、待て……何てことだ…」


「殿下、落ち着いて。こういうのは…ほら、よくある文化の違いみたいなものよ」


「…………」


「私は、指輪に込められた殿下の気持ちを大切にするって言ったわ」


「…やり直させては貰えないだろうか…?」


「やり…えぇっ?…な…何を?!」



床に跪いて上目遣いで見つめて来るアシュリーの様子から、指輪を嵌め直したいという意思表示だと受け取るものの、それが何を意味するのか分かっているだけに…レティシアは混乱した。 

恥ずかしさのあまり、思わず左手を隠してしまう。



「…ダイジョブデス…」


「…っ…駄目か…」



レティシアの左手に触れようとしたアシュリーの動きがピタリと止まり、花が萎れるように項垂れたかと思うと、くぐもった声で床に向かってモゴモゴ呟き始める。



「…左手薬指の指輪は…結婚の証…レティシアは…私の贈った指輪を嫌ではないと…そう言った…」


「殿下?」



(え?…何の呪文?)



焦りに焦って、瞬時に捻り出した唯一の案をレティシアに拒絶されたアシュリーもまた…少々混乱していた。

それでも、覚悟を決めた真剣な表情で顔を上げる。



「レティシア、私は心を通わせた相手と…今後の人生を共に歩んで行きたいと願っている」


「…はい…」


「うれしい時は喜び合い、辛い時には悲しみを分かち合える人とだ」


「…はい…」



今のレティシアの顔には白い部分が存在しないのではないかと思うくらいに、激しく熱い。

夜の暗さに負けない力強い眼差しに魅入られ、煩く脈打つ心音がアシュリーに聞こえてしまいそうで…周りの静けさが気になった。



「私は、君と一生添い遂げたい」


「…………」


「生涯レティシアただ一人を愛すると、その指輪へ永遠の誓いを立てよう。どうか、私と刻印の儀を…そして、婚約者に…私の伴侶となって欲しい」










いつもお読み下さいまして、誠にありがとうございます。


書いていた文章が数百文字消えるという謎の事態に、死にかけておりました…記憶を頼りに何とか書き直しました。投稿予定日ギリギリになり、申し訳ありません。


次話の投稿は、6/15~22頃を予定しております。

(仕事が立て込んでいるため、少し期間を長めにしております。ご理解頂けますと幸いです)


         ─ miy ─

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