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175 新生活三度目3



「…レティシア、これを…」



侍女たちが真新しいテーブルの上にサンドイッチや季節のフルーツ、クッキー、ミニケーキなどの焼き菓子を並べ終え、果実水とグラス、ティーポットとカップのセットをワゴンに置いて部屋を出た後、アシュリーはレティシアに小さな箱を手渡す。



(…指輪のケース?)



真っ白なベロア素材の四角い箱が手のひらに乗った途端、頭の隅へ追いやられていた『婚約指輪を買って貰うといい』と、冗談半分にサオリが発した冷やかしの言葉が思い浮かんだ。



「…私に?」


「君へのプレゼントだ、開けてみて」



小箱の蓋を開くだけだというのに、こんなにも胸が高鳴るのは初めての経験。隣りの椅子に座るアシュリーの視線が指先に集中しているのを意識しつつ…レティシアは静かに喉を鳴らして、慎重に蓋を持ち上げる。


箱の中には、幅広の金のリングに美しい青い石を五つ埋め込んだ指輪が入っていた。

室内を照らす明るい陽射しを受けてキラキラと輝く指輪は、中央の少し大きめな紫がかった青い石の周りを細かなダイヤモンドで飾り、アーム部分に繊細なレース状の細工と加工が施してある。それでいて、凹凸が少なくツルリとした丸みのあるリングは扱いやすく、手が込んでいるのに華美過ぎない。



「…綺麗…」



ひと目見て魅了されたレティシアは、箱から取り出した指輪を高く掲げ、光にかざしながらうっとりと眺めて微笑む。



(…金と青…殿下と私の瞳の色が一つになってる…)



レティシアのために、手間ひまを掛けて作られた指輪に違いなかった。煩く騒いでいた心臓の鼓動がスーッと凪いで、そこからジワジワと感動に移り変わって行く。


アシュリーの熱い想いは、爽やかな魔力香と相俟ってレティシアの身体の芯に甘く痺れるように伝わり、女心を大いにくすぐって来るから堪らない。今も、深い愛情を受けた喜びが外へ溢れ出ようと狂おしい程に疼くのを感じている。



「…うれしい…」



無意識に口を衝いて出たレティシアの一言に、アシュリーは小さく安堵の息を漏らした。



「気に入ったのならよかった、指輪をこちらへ」


「…はい……えっ?」



指輪を受け取ったアシュリーは素早く床に跪き、レティシアへ熱っぽい眼差しを向ける。



「レティシア・アリス、貴女の指へ指輪を嵌める栄誉を…私に与えて貰えないだろうか?」


「…殿下?」


「さぁ、左手を私のほうへ」


「…お…お願いいたします…」



“レティシア・アリス”と畏まって呼ばれ、これは儀式なのだと…緊張した面持ちでぎこちなく差し出した左手をアシュリーが恭しく取った。薬指にゆっくり指輪を通して行く様は、お伽話の王子様がお姫様に求婚する時の絵と同じ。お姫様が誰なのかを完全に忘れ、ただポーッと見惚れる。

夢うつつだったレティシアは、指輪が指の根元へピタリと嵌まった瞬間、軽やかなベールにふんわり包まれるような不思議な感覚に目を瞬かせた。



「貴女がいなければ今の私は存在していない。出会ってから今日まで、私に寄り添い支えてくれて本当にありがとう。これからも一緒にいて欲しい。私の願いと感謝を込めて…指輪を贈る」


「…殿下…」



紳士的な振る舞いや言葉には誠実さがあって、それが何とも彼らしい。

ここは異世界、左手薬指に嵌める指輪が婚約指輪とは限らない。ほんの少し心に余裕ができたと同時に湧き上がったのは、密かに期待し過ぎたが故に生じたと思われる…若干の物足りなさ。

果たして、指輪に添えられるどんなベタな台詞(セリフ)を待っていたのか?恥ずかしさに加え、この世界でアシュリーと共に歩む未来を夢見ているのだと…思いがけず自分の心の裏側を覗き見たレティシアは赤面した。



「あ…ありがとうございます。素敵な指輪と、殿下のお気持ちを大切にします。私のほうこそ、殿下に会えて…ラスティア国で過ごせて、とても幸せです。殿下からいただくばかりで、私は何も差し上げられませんが…決してお側を離れたりしないとお約束いたします」



未だ触れ合ったままの手をそっと握れば、形のいいアシュリーの眉がピクリと動いて、引き締まった筋肉が全身を微かに揺らす。



「…その約束こそが、私の望む…一番の贈り物だ。ならば私も、貴女の今の幸せを守り続けると誓おう」



そう言って、指輪、指先の順に丁寧に唇で触れた。

“儀式”とは、最後まで気が抜けないものだと…レティシアは麗しい恋人の言動に、さらに頬を赤らめる。




    ♢




─ ゴクッ ゴクッ ─




グラスに注がれた果実水が、物凄い勢いでアシュリーの口の中へ流し込まれて行く。


こんなに明るい光の下、男性の喉仏が忙しなく上下しているのを間近で凝視する機会などそうはない。動物的でしなやかな動きに興味深い視線を向けていたレティシアは、おかしな性癖に目覚めてしまいそうで…目を逸らすと、無心でサンドイッチを頬張った。


グラスを空にしたアシュリーが、フーッと長く息をつく。



「…緊張した…」


「…………殿下、前にも同じことが…」



(…全くそうは思えない、完璧な王子様だったのに…)



「女性に指輪を贈るのは初めてだから、許してくれ。その指輪は…あぁ…何から話せばいいか…最近いろいろとあって、想いが詰まっている…」


「気になる…知りたいわ、教えて」



レティシアは紅茶のカップに入れたミルクと砂糖をスプーンでクルクル混ぜながら、急かすようにアシュリーに顔を近付けた。



「うん…指輪の青い石…それは、魔法石の採掘場と加工工場へ視察に行った時、偶然見つけたものだ」


「視察…結構前?」


「…夜会の後、呪いが解けて…レティシアを傷付けたと悩んでいたころかな。深みのある青い色が君の瞳と重なって、その場ですぐに指輪をプレゼントしようとデザインまで考えた。イメージ通り仕上がった指輪が届いたのは、ほんの数日前だよ」


「えぇ?」



(そんなに前から作ってくれていたの?)



「だが、届くより先に私がレティシアの大切な銀の指輪を壊した。何というか…お詫びも兼ねた贈り物になってしまったな」


「指輪は、私たちを守れて本望だったとサオリさんが言っていたわ。お詫びだなんて…」


「聖女様から贈られた指輪を、いつも頼りにしていただろう?だから…すまない。強固な結界を抜けて君の下へ行くには、アーティファクトを使う以外に方法がなかった」


「………むぅ…」


「ん…ど、どうした…?」



大きな目を細くして、口元を引き結んだティシアの渋い顔に…アシュリーは戸惑う。



「殿下が私を助けに来たのは、危険なことだったんでしょう?…レイヴン様から聞いたの。お願い、無茶はしないで…目の前でまた殿下が倒れたりしたら耐えられない…嫌よ」


「…レティシアに何かあれば、私も嫌なんだ…」


「…………私と殿下って…相思相愛ね…」


「…何て…?…うっ…」



小さな声を聞き逃したアシュリーが首を傾ける…その口に、レティシアはすかさず焼き菓子を挟んだ。





──────────





軽食を終えて、睡眠不足なために少し眠気を訴えるレティシアをアシュリーがベッドへと運ぶ。

夜を待たずして、二人並んでのんびりゴロ寝を楽しむ。



「これは、聖なる石(ラピスラズリ)とは違って青い魔法石なのね」


「…そう、献上品として採られた珍しい魔鉱石があると見せて貰った。それを、後で陛下から譲り受けたんだ」


「献上品?」


「国王への貢物になるか…まぁ種を明かせば、稀に発見される強い魔力を帯びた硬い石を加工できるのが王宮内の施設しかないという単純な話。必然的に、一般的には手に負えない強力で上質な魔法石が集まる」


「王宮なら財宝管理も万全だものね。チャドクみたいな泥棒に、最高級品の魔法石を渡さずに済んでいたのならよかったわ。硬いのは魔鉱石だけなの?」


「他には…大型の魔物の心臓に近い部分にある魔結石も献上品の一つ、前に叔父上の邸で使っていた虹色の石がそうだ」



(あっ…あのホテルのカードキー的な魔法石!)



レティシアは、左手を天蓋の天井に向けて伸ばす。



「もしかして、私の部屋の魔導具を動かすのは…この指輪の魔法石?」


「その通り、邸内の魔導具は全て動かせる。…といっても、指輪を作った時点ではレティシアをここへ迎え入れるとは想像すらしていなかった。魔導具を扱うのに必要な魔力量が、幸いにも私の選んだ魔法石で事足りただけだよ」


「じゃあ、ずっと身に着けておかないといけないわね」


「是非そうして欲しい。魔法石を埋め込んで表面を滑らかにしてあるから、湯浴みの時にも外さなくていい。因みに…青い石はレティシアを、金のリングは私をイメージしている」


「…ダイヤモンドは?」


「“永遠”という意味」


「…永遠…」



レティシアは、伸ばしていた左手を右手で包み込むようにして胸の中心に押し当てる。

 


(…私と殿下の繋がりは、どんな風に続いて行くの…永遠に幸せでいられるのかな?)











いつも読んで下さいまして、本当にありがとうございます!


虫が多い季節ですね。ここ最近、虫退治に頭を悩ませております。こちらは家を出て行けないので、虫に出て行って欲しい…。(!(`Д´)!)


次話の投稿は5/26~31頃を予定しております。宜しくお願いします。

          ─ miy ─



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