16 面倒な客
二人の従者を連れたアシュリー・シリウス伯爵は、レティシアと一緒に倉庫へとやって来た。
「この木箱が“カプラの実”です。今から、箱の中を確認していただきます。…お願いします」
三箱の木箱。サイズは、大きめのりんご箱くらい。
倉庫番の男性が木箱の釘を抜いて、そっと蓋を開けると、オレンジ色の唐辛子に似た実がぎっしりと詰まっている。
「ふむ…特に問題のない“カプラの実”だ。いただいて帰ろう」
三箱全て中を開けて商品の確認をしたアシュリーは、荷物を運び出す荷馬車を倉庫に呼ぶよう従者の一人に言いつけた。
レティシアは従者に荷馬車の待機場所を説明した後、閉店時間を過ぎたため倉庫番の男性を帰らせる。
♢
「お買い上げありがとうございます。では、こちらにサインを」
「…あぁ…」
レティシアは、商品確認と受取書類にサインをするアシュリーの横顔を何気なく眺めていた。
スッと通った鼻筋にシャープな顎のライン…パッチリ二重の大きな目、睫毛は長くクルリと上向き。間違いなく超のつく美形。
(お肌ツルツル。ヒゲとかって存在してる…?)
ジュリオン、レイヴンに続いてアシュリーもイケメン。
これ程クオリティの高い美男子にはそうそうお目にかかれないはずなのに、この超美形比率はおかしい。
そんなことを考えていたレティシアの美しい横顔を…アシュリーの側に控えているもう一人の従者が“ジトッ”とした目で見ていたのだが、レティシアは全く気がついていない。
「三枚、全てに書いた」
「…はい。ありがとうございます」
アシュリーがサインを終えたところで、レティシアは頭を仕事モードに切り替えた。
「シリウス伯爵様、木箱には『雨濡れや湿気に注意』と…文字が直接記されております」
「…注意?」
「…そうです…」
「それで?」
ピタリと動きを止めたアシュリーと従者が向けてくる鋭い目線にレティシアが戸惑っていると、話の続きを促される。
「…あ…この“カプラの実”は乾燥したものですから、水に濡らしたりは当然なさらないでしょう。でも、外気温との温度差による結露が腐敗やカビ発生の原因となって、品質を低下させたり駄目にしてしまう可能性はあるかなと思いまして。
三ヶ月前は今より朝晩の寒暖差も激しかったので、運搬中にそのような状況になり易いと推測ができます」
「確か、前は積荷の都合で一箱ずつ別の荷馬車に積んでいたはずだ。だから、保管条件の悪い一箱だけが駄目になったのか。…お前は、その話を知っていたのになぜ伝えずにいた?」
「…たった今…申し上げましたが?」
「…………」
どうやら、前回はこの木箱に書いてある注意喚起を何も知らされずに商品を持ち帰り、半分腐らせてしまったらしい。きっと、バルビア国の文字を読める人が倉庫内にいなかったせいだろう。
(逆の立場なら私も腹が立つと思うから…怒る気持ちは分からなくもないけど)
アシュリーと従者が顔を近付け、ボソボソと話し合う。
『高価な商品をまた注文させようとして、この前はワザと言わなかったわけではないのか?』
『オーナーならありそうですね。腹黒さが滲み出ていました…ただ、アッシュ様を騙す程の度胸はなさそうではありませんか?クレーム対応の基本もなってない、あれはかなりの小物です』
『言えてるな。それに比べて、この少女は全く悪びれていない堂々とした様子だ』
『話しぶりはしっかりして見えますが…さっきまでアッシュ様に熱い眼差しを注いで見惚れていました。多分普通の女ですよ』
(従者、聞こえてるぞ?確かに見惚れはしたけど、熱い眼差しって何なの?脚色が過ぎるんですけど?!)
「あの…私は勤めてまだ二ヶ月半なのです、三ヶ月前のことには関わりようがなかったとご理解ください。
それから、バルビア国の取引先からは商品の取扱説明はありません。食品を保管する倉庫は基本的に温度管理がされていますし…えぇと…とにかく、ワザと言わなかったのではないと思います」
「「…!!!!…」」
アシュリーと従者が、今度は驚愕の表情でレティシアを見る。
(睨んだり驚いたり目まぐるしい…ちょっと面倒なお客様ね…)
『お前、私の言葉を聞いて理解したのか?!』
「はい?」
『そんな筈はありません。我々独自の言葉です。偶々では?』
「…っ…!!」
(しまった!普通に日本語で聞こえてきちゃうから、つい反応して返事をしたけど、外国語とかだったの?!)
「ち、違っ…いや、何となく…ニュアンスで…偶々かな?」
『…………間違いなく聞き取れているな…』
「…えっ!!」
──────────
「箱に書かれたこの文字しか説明がない。だから、お前はバルビア国の言葉を読んだ。…読めるのか」
「…はい…」
(そこ、あんまり引っかかって欲しくないな)
「…ぁ…っ…!!」
“カプラの実”の木箱を手で触って文字を見ていたアシュリーが、右手をパッと勢いよく離した。
「アッシュ様!!」
「伯爵様?!」
見れば、木箱のささくれた部分の“トゲ”が指先に刺さっている。
アシュリーは両手に上等な手袋をしているため、そう深くは刺さっていない。それでも、大切なお金持ちのお客様の一大事!レティシアは急いで救急箱を手に取った。
「シリウス伯爵様、手を見せてください」
「構うな、トゲは抜いた。私の不注意だ…問題ない」
「いいえ、念のため消毒いたしましょう」
親切心を振り払うかように拒絶するアシュリーのその右手首を、レティシアはむんずと掴むと手袋を剥ぎ取る。
「…っ…やめろ!!触るなっ!!」
「もうっ…うるさい!騒がないで!!」
か弱そうな美少女レティシアのあまりの迫力に、ビクッとアシュリーが一瞬固まった。
その隙を逃さず…レティシアは右手をしっかりと握る。
「あっ!アッシュ様!!」