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157 誘拐4



「…は……あれが…偽物だったと?……じゃあ…」



真っ赤な髪を掻き上げ、ルークは頭を抱えた。額に浮き上がった汗が、ゆるりと頬を伝い落ちていく。



庭師ザックと寸分違わぬ姿で現れた謎の男が、ウィンザム侯爵家と無関係だとは現状考え難い…寧ろ、配下の者と捉えるのが妥当。

レティシアの誘拐には、犯罪を取り締る側であるはずの侯爵家が絡んでいる。



レティシアは強い正義感の持ち主。

如何なる状況であっても、加護によって守られた自分より、ロザリーを優先して助けようとする姿が目に浮かぶ。


『…ダメだ…』


ルークの体内の奥深くで沸々と血が騒ぎ始め、心臓の鼓動が荒々しく脈打ち胸を突き上げた瞬間、身体と足は勝手に動いていた。



「待て…ルーク!!」


「おいっ!」



チャールズとマルコの切迫した声が、耳に届いていなかったわけではない。

けれども…この世に残る唯一人の肉親である妹と、主人の大切な人を救いたい…その一心から、分厚い煉瓦を積み上げた高い塀を乗り越えたルークは、気付けば侯爵家の敷地内に降り立っていた。





「頼むから…俺が行くまで無事でいてくれ」



静かに息を吐いて、クンッと…鼻先を上に向け空気を嗅ぎ取り、地を蹴って勢いよく駆け出す。

魔力感知こそされないものの、ルークは邸を取り囲む護りの結界に触れた外敵。動き回れる時間はそう多くないはずだ。


ブルーグレーの瞳は、ロザリーの血が残す道筋を辿って保管倉庫へ真っ直ぐに狙いを定めていた。




    ♢




倉庫の前で速度を緩めたルークが慎重に歩みを進めていると、突如吹き荒れた強い風が空を引き裂くように激しい渦となって行く手を阻み、大きく膨らんで襲いかかってくる。

両腕を使って鋭く打ち払えば、烈風はルークのシャツの袖を切り刻んで、散り散りに吹き飛んだ。



「…くっ…!」


「ぅん?…風が四散したか」



 

手に入れた獲物へと忍び寄る存在に逸早く気付き、離れた後方から攻撃の風魔法を放ったのは、応接室を飛び出したキュルス。

その様子を、宿舎の窓から身を乗り出して眺めていたジャンは『自分の出る幕ではない』と、静観を決め込む。




渦巻く旋風を手のひらに浮かせた状態のキュルスは、振り向いたルークの傷一つない姿に舌打ちをしながら…珍しく不快な感情を露わに眉をしかめた。



「…あぁ、赤髪の…これは流石に魔法では分が悪い…」


「………何者だ…」



一見して警備兵ではないと分かる男が口にした“赤髪の一族”を示唆する発言に、再びルークの心臓は跳ね上がる。



「何者…君から見れば、私は誘拐犯の一味だな。

それにしても…事が上手く運んで、間抜けな護衛係には感謝すらしていたというのに、女たちを追って来たのか?」


「…お前……お前が…」



ルークは一度大きく目を見開いた後、泰然とした態度の男を攻撃的な目つきで睨む。

おそらく、この魔法使いこそが…庭師ザックを殺害後、ユティス公爵家の邸に侵入したザックの偽物。レティシアとロザリーを欺き連れ去った、残忍で卑怯な侯爵家の手先であると考えた。

ルークの警戒心が否応なく高まっていく。



「いや…あの結界で遮断されていては、いくら同族同士とはいえ…手も足も出ないはず…」


「…………」


「全く…これだから、赤髪の純血は疎ましいのだ…」



そう呟いて…舞い踊る旋風を握り潰したキュルスは、物憂げに短く吐息を漏らす。



「…何をブツブツと…」



ルークには、目の前の男が“赤髪の一族”についてよく知っている…或いは、何かしらの因縁を持つ者のように思えた。

不意に、怖ろしく不吉で嫌な疑念が頭を(もた)げ…拭えなくなる。



「…まさか、端からロザリーを攫うつもりで…」


「ほぅ…その顔、どうやら思いも寄らなかったと見えるな。

()の国で、赤髪の一族は過去に手当たり次第狩られている。昨今では滅びた種族に名を連ねていたくらいだ。しかし、私は運良く若い(メス)を見つけた、逃すわけがない。魔法大国に入り込んで生きていたとは…発想の転換と言うべきか?」


「…この…クソッタレが…っ!」



“赤髪の一族”を、まるで狩猟対象の希少生物であるかの如く表現し、自分は果報な人間であると傲慢な物言いをするキュルスに対して、ルークは激しい憤りの感情を吐き出す。



「まぁ、もう一人もかなり特別…それは認めよう。ただ、あのお人好しな女は“上等な囮役”といったところだ…」


「…何だと…」


「赤髪の(メス)のみならず、庭師とも繋がりを持っていた…だろう?お陰で、こうして成果を得ている」



キュルスは他人の心情など眼中にはなく、淡々とした語り口調で淀みなく話し続けた。



「知っているか?薬に絶大な効果を付与できるのは(メス)()()…だから、私は(オス)を必要としていない。昔は乱獲を行って『血を舐め肉を喰らった』と聞くが、無能な人間共は愚かな行為をしたものだ」


「…お前も同じ愚か者だ……イカれちまってんだな…」



キュルスは首を僅かに傾げ、ゆっくり瞬きをした。

ユティス公爵家の邸内庭園で、赤髪の(オス)であるルークを捕えも殺しもしなかったことを…閑かに後悔する。



「私は、君と分かり合えるとは微塵も思っていない」


「俺もだ。…妹を返してもらおう」


「妹?…なるほど、くだらん兄妹愛というやつか。だが、その願いは聞いてやれそうにないな。そろそろ衛兵が集まって来たようだ。

先に言っておくが、(ワゴン)の中は結界が張ってある。君の力では、救い出すどころか女たちを目にすることすら叶わない。ここで派手に暴れて多大な被害を被るのは誰だろうか?君の主人か?」


「…っ…」


(メス)は子を産むための大事な()()、殺しはしない。安心して捕まるといい」


「今すぐ、その口を閉じろ!」


「君の妹は、男を覚えて簡単に股を開く…穢れた(メス)になる」


「黙れっ!!!!」



激昂し、こめかみに青筋を立てたルークの全身を、凄まじい怒りが駆け巡る。



「これ以上好き勝手はさせない…お前だけは…絶対に許さねぇ!!」



血走ったブルーグレーの瞳の中心にじわりと鮮紅色が浮かび上がり、ガチガチと歯を鳴らし出したルークは、天を仰ぎ見て獣の咆哮のような雄叫びを上げた。





──────────





ルークがウィンザム侯爵家へ単独で侵入した後も、チャールズとマルコはユティス公爵の命に従い、ひたすらゴードンたちを待つ。



「…おい、今何か聞こえた…って…うおっ!」


「コラッ…どうした、何だ?!」



突然、馬が首を上下に振っては暴れ嘶く。

二頭の手綱を手にしたチャールズは強く引っ張られて慌てふためき、マルコも自身の馬から振り落とされては堪らないと宥めるのに必死。


この三頭ばかりではない。遠くでも同様の声が響き渡り、周りの木々で羽を休めていた鳥たちは一斉に飛び立って…辺りに異様な空気が漂う。



「…馬が怯えてる…これはヤバいな…」



マルコが馬に魔法をかけてやっと落ち着かせたところで、大通りからゴードンとカリムが駆けて来るのが目に入った。




    ♢




「ご苦労だった、遅くなってすまない。…ルークはどうした?」


「ゴードン、すいません…あいつ、一人で中へ」


「止められなくて、申し訳ありません」



チャールズとマルコが並んで頭を下げる姿を前に、ゴードンはガックリと肩を落として項垂れた。

ルークは魔法で拘束ができない上に、腕力が強くて止めようがない相手だと…ゴードンも十分承知している。理性を失って走り出す姿を想像するのは実に容易い。



「………無茶を…する予感はしていたが…やはりそうか。公爵閣下も大変心配をされていた。早まった行動は悪手だと、常日頃から言い聞かせていたつもりだったのに…」


「ゴードン、侯爵家の結界が揺らいで見えます。大きな魔力の波動を受けたような反応です…ルークは大丈夫でしょうか?」



カリムの言葉に、顔を上げてギュッと瞼を固く閉じたゴードンの表情がさらに険しさを増す。



「中で、何かが起こっているんだろう。だが…チャールズ、マルコ、我々はこのまま王国騎士団の到着を待つことになった」


「騎士団…?!」


「それは…レティシアたちを救出するために…?」


「正確には、騎士団の思惑は別にある。ウィンザム侯爵は、違法薬物の件で嫌疑がかかっていて捜査対象者になっていた。アフィラム殿下が直々に動いておられたらしい」


「…薬物?…騎士団は、これを機に侯爵家へ乗り込もうと…」


「そうだ。我々は、騒ぎに乗じてレティシアとロザリーを奪還するんだ。アフィラム殿下自らが先陣を切って、カイン率いる小隊と魔法使いと共にこちらへ向かっている。後続隊は邸内に魔法陣を展開してから来るだろう」


「では、もう少しの辛抱ですね」



深く頷いたマルコは、そこでふと『殿下は?』と…ゴードンを見つめた。









あっという間に12月となってしまいましたね。寒くてコタツから出れません…。


目が本調子ではなく、お話を書くのに時間がかかっており、お読み下さる皆様方へ大変ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。

次話の投稿は12/11〜14頃の予定です。宜しくお願い致します。


※時々、内容編集をすることがあります。再投稿でお知らせが何度も届いておりましたら…すみません。

           ─ miy ─

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