143 大公邸 ※少々残酷な描写がございます
公爵家へ戻ると、レティシアの部屋の前にはルークとロザリーの兄妹が立っていた。
「「お帰りなさいませ!」」
「ただいま。予定より遅くなってしまったわね」
「出迎えご苦労。あぁ…ロザリー、これを…」
アシュリーは帰り際にヴィヴィアンから貰った手土産をロザリーに渡し、何やらコソコソ耳打ちをする。すると、菓子折りを手にしたロザリーがうれしそうな表情で小さく頷いた。
「ルーク、何事もなかったか?」
「先程、クロエ夫人がお見えになりました」
「叔母上が?」
「はい。公爵閣下から頼まれていたと仰って、こちらの書類を殿下にと…お預かりしております」
「そうか」
ルークが差し出した封筒を受け取ったアシュリーは、すぐに中身を確認する。ユティス公爵は『今日一日私に任せておけ』と、茶会へ出掛けるアシュリーの代わりに宮殿で執務を代行していた。
「ふむ…ルーク、ゴードンや皆に一度邸へ戻るよう伝えてくれないか。私も後で行く」
「畏まりました。では、私は護衛を他の者に引き継いでから大公邸へ参ります」
(何か、急な知らせだったのかしら…?)
軽く吐息を漏らして小首を傾げるレティシアの様子に、ロザリーが部屋の扉を静かに開く。
「レティシア様、お疲れでございましょう。先ずは、お部屋でお寛ぎください」
「そうね、少し休ませて貰うわ。ありがとう」
「ロザリー、レティシアに茶の用意を」
「畏まりました。後程、お着替えのお手伝いに参ります」
「あぁ、ゆっくりで構わない。…レティシア、おいで」
「はい」
手を引かれて部屋に入った途端、身体全体が重く感じたレティシアは、ソファーの座面へ吸い寄せられるように腰を下ろす。
素早く背中を支えてくれるアシュリーの肩にもたれ掛かり、爽やかな魔力香を吸い込んで充電する。多忙な君主を引き留めるのは申し訳なかったが、もう少し一緒にいて欲しいと抱きついて…珍しく甘えた。
「大丈夫か?」
「…えぇ、ホッとして気が緩んだみたい…」
「慣れない茶会で疲れたんだな…髪を解いてやろう」
アシュリーは髪飾りを器用に取り外し、細かく編まれた髪を優しく指で解して梳き始める。大きな手で頭全体を包み込まれてマッサージを受けたレティシアは、心地よさについ声が出てしまう。
「…あ…気持ちいい…」
「緊張が続いて、全身が凝り固まっている」
アシュリーは、胸元にすがりついて来るレティシアが愛しくて堪らない。肩や背中を擦って世話を焼く表情は幸福感に満ち溢れていた。
「私、ドレスやハイヒールに慣れていないので…緊張しましたけれど、お茶会は初めてで楽しかったです。ヴィヴィアン様は、とても素敵なお母様ですね」
「穏やかでいて強い、父上の最愛の女性だ。私は、昔から母上を泣かせてばかりだが…」
(でも、涙はうれしくても出ますものね?)
アシュリーが茶会で突然レティシアを抱き締めた時…ヴィヴィアンは歓喜の涙を流し、素直に愛情表現をするアシュリーの姿を見てひとしきり泣いた後『今幸せなのね』と、愛する息子の頬を撫でながら微笑んだ。
「今日は、父上と母上にいい報告をすることができてよかった。これで、私たちの関係は公認となる」
「公認…の恋人?」
レティシアが顔を上げると、マッサージの手を止めたアシュリーが黄金色の瞳をキラキラさせてうれしそうな顔をする。
「うん、その話もしなければならない…私は一旦邸へ戻るが、夜にまた来よう」
「…夜に?……んっ」
アシュリーはレティシアの頭を両手で抱え、チュッチュッと…何度も唇を啄む。
「今夜は剣術の稽古を休んで、私とゆっくり混浴をしないか?君の疲れた身体を揉んで…癒してあげたい」
「…エッチなこと考えてません…?」
「……少しだけ……」
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普段あまり使われていない大公邸の広い執務室内で、真剣な顔付きの主と呼び出された五人の従者が向かい合っていた。
「実は、この邸に手を入れる必要が出て来た。皆の意見を聞かせて欲しい」
集まった従者sは、意外な話に顔を見合わせる。
アシュリーが受け取った書類は、レティシアを大公邸へ迎え入れるための準備が記された『やることリスト』だった。仕事の早いユティス公爵とはいえ、流石に昨日の今日では全ての資料を揃えられない。早急に行うべき作業の要点を押さえて丁寧に書類を纏めたのは、夫をサポートするクロエ夫人だ。
この素早い対応に応えるべく、アシュリーは大公邸の改革を宣言し、資料を手にして読み上げながら従者たちに説明をしていく。
ゴ)「なるほど、女性の使用人を雇う準備を進めるのですね。殿下のご決断は、大変素晴らしいと思います」
「ゴードンには何かと動いてもらわねばならないと思う。よろしく頼む」
ゴ)「お任せください」
マ)「女性がいると邸が華やぎますから、私も大賛成です」
「華やぐ…活気付くということだな」
チ)「とうとう女人解禁、ですね!ありが…あっ、いえ…おめでとうございます」
「…皆には、長く苦労をかけたと思っている。すまない」
チ)「と、とんでもございません」
ル)「私は公爵邸に住んでいますので、変わりない…ということでよろしいのでしょうか?」
「今のところは…まぁ…そうだな」
カ)「あの…女性使用人との恋愛は、許されますか?」
「「「「…カリム…」」」」
「宮殿でも同じだが、恋愛をするなとは言わない。皆、分別のある行動ができると信じている。ただ、報告は上げてくれ。お前たちが幸せになるのなら、それは私の喜びでもあると…忘れないで貰いたい」
ゴ)「有り難いお言葉をいただき、うれしい限りです。我々従者は、殿下の幸せを一番に考えております」
ゴードンの言葉に、従者たちは皆大きく肯いた。
♢
「ゴードン、人払いをしてまで…私に話とは?」
「殿下、ルブラン王国の件なのですが」
「ルブラン…何か新情報か?」
「はい。最近のルブラン王国では、貴族の馬車や荷車など…主に金と装飾品、食材を狙った襲撃事件が相次いで起こっていたのです」
トラス侯爵家の取引先となる商店の荷馬車が狙われたことをきっかけに、トラス侯爵は王国騎士団の小部隊に盗賊の討伐をするよう強く働きかけた。
その結果、騎士団は大きな盗賊団の一味のねぐらを突き止め、奇襲をかけて一網打尽にし…壊滅に追い込む。
「強盗、強奪、強姦、殺し、何でもする…かなり極悪な破落戸の集まりだったようです。その盗賊団の中に…行方知れずになっていた、フィリックスとアンナがいました」
「…っ何?!」
「大所帯の盗賊団で、全員を取り調べるまでかなりの時間がかかったと思われますが…捕まった先が王国騎士団ですから、やはり元王子だと誰かが気付いたようですね」
「つまり…二人は盗賊たちに家を襲われ、攫われていたのか…」
「そうです。フィリックスは雑用や食事係くらいの役にしか立たず、奴隷同然の扱いを受けていたと見られています。アンナは…男たちの慰み者になっていました。…アンナと同じ目に合っていた女性は、他にも数人いたとか」
アシュリーは両手で顔を覆った。
盗賊が凶悪な犯罪者であると知っていても、話を聞いただけで胸が悪くなる。
「…攫われてからもう二ヶ月近い…何て酷いことだ…」
「男爵家が捜索した程度では、見つからなかったでしょう。被害者と断定された上で、身元引受人はパーコット男爵になるようですが、おそらく二人共医療施設行きです」
「…いくら街外れに住んでいたとはいえ、山奥でもないのに…平民の家を盗賊団が襲ったのか…?」
「女欲しさで無差別に狙ったとも考えられますし、フィリックスが『元王子』だと言いふらして金品を奪われたのかもしれません」
「第三側妃に匿われているなどと…噂とは、本当にアテにならないものだな」
「はい。これ以上は動向を探っても、大きな動きはないかと思われます」
「…あぁ…」
「殿下、もう一つ。トラス侯爵家の後継ぎ、レティシアの元兄ジュリオンが、近く…旅に出るという話があります」
「旅?…何処へだ?…まさか…」
「その、まさか…です」
本日の投稿時間がいつもより遅くなり、大変申し訳ありません。
読んで頂きまして、ありがとうございます。
次話の投稿は8/26(一週間後)を予定しております。申し訳ありません。よろしくお願い致します。
─ miy ─