140 茶会4
ヴィヴィアンから聞く一方的な話であることを考慮しても、辺境伯令息のいいところが見つからない。
ヴィヴィアンは後にアルティア王国の王妃となった…つまり、この婚約は破談という結果に終わったのだ。
婚約者(仮)がいる身のヴィヴィアンは、規模の小さな茶会には行っても、王宮で催される若い男女が集まるパーティーへの参加は避けていた。
19歳も半ばを過ぎたところで、満を持して王宮でのパーティーに登場する。単なる思い出作りのつもりが、そこにはアヴェルとの運命の出会いが待っていた。
ヴィヴィアンの初恋のお相手は、王国の王太子アヴェル。
ここまでの話の流れでいけば、辺境伯令息の婚約者である候爵令嬢に王太子が横恋慕をした形になる。しかし、情熱的で眉目秀麗なアヴェルにヴィヴィアンは否応なしに惹かれていく。最早、辺境伯令息に勝ち目はない。
こうなると、王命によって辺境伯側はヴィヴィアンとの婚約を諦めて解消せざるを得ないという状況下で…何と、辺境伯令息が突如後継者から外れて除籍処分となった。
「除籍処分?…何があったんですか…」
物語は思い掛けない方向へと進んで行く。
レティシアも経験済みの除籍とは、貴族にとって大変に重い処分だ。
「…彼は、恋愛対象が男性だったのよ…」
「……へ?」
「複数の男性と…つまりは辺境の地を護る騎士たちと肉体関係を持っていたことが辺境伯に知れて、大きな騒動になったらしいの。女性が苦手で、結婚はできないと…自ら家を出たそうよ」
「…男色…ですか?」
「えぇ…彼は彼で家族にも話せず、悩んでいたんでしょうね。話を聞いて、いろんなことが腑に落ちたわ」
こうして、辺境伯令息とお別れをしたヴィヴィアンは、晴れてアヴェルと結ばれる。
♢
「アヴェルとは魔力香がきっかけとなって結婚したの。とても珍しいことなのよ。私が運命の相手だと…香りですぐに分かったと言っていたわ」
「…香りで?」
「私たちの世界で言う“運命の赤い糸”みたいね。見えない糸よりずっと分かりやすいじゃない?…さぁ、白状しなさい…レティシアの赤い糸は誰と繋がっているの?」
(…ドキッ!…)
「サオリ、聞くまでもないんじゃないか?菓子を食べさせ合う男女は大抵恋人同士だよ」
迂闊であった。連日、お茶休憩で餌付けされ…菓子が口元に届くとつい食べてしまう。そのように慣らされていたなどとは、口が裂けても言えない。
「おばあ様の言う通りですわ。それに、ドレスを見れば明らかですもの」
こちらはロザリーと同じ見解だ。自分の髪色や瞳の色をこれでもかと盛り込んだドレスや装飾品を贈るのは、アシュリーの独占欲の表れ。そのドレスを着ていれば、レティシアは『恋人です』と言って歩いているも同然となる。
「あら?スカイラったら…私には何も言うなと言っておいて、ズルいわ」
落ち着いた様子のヴィヴィアンは、隣に座るレティシアの手を徐ろに強く握り、瞳に喜色を浮かべて微笑んだ。
「レティシアちゃんは…レイの恋人なの?」
確信めいた問い掛けに、離宮の地下室前での出来事をしっかり見られてしまっていたと分かった。下手に隠すのはよくないとレティシアは判断する。
「……はい……」
「まぁ、やっぱり…そうなのね!」
「…まだ、お付き合いを始めたばかりで…」
「とっても喜ばしいお話だわ。レイは成人して小国の大公だもの、母親があれこれ口出しはしないつもりよ。だけど、何かあればいつでも相談に来てちょうだい」
「ありがとうございます。私も、ヴィヴィアン様のように魔力香のご縁があったみたいです」
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「レティシア、体調に変化はないかい?」
「特には…あ、深くて長かった眠りが普通になったくらいでしょうか」
「そこまで自覚があるってことは、かなり同化が進んでいるんだろう。そろそろ目覚めて半年近くになるからね…気をつけるんだよ。アッチのほうも、恋人になったからってダメなものはダメだ」
「わ…分かっております」
「アッチってなぁに?」
ヴィヴィアンに質問をされたスカイラがいろいろと説明をし、そこから最終的には肌を若々しく保つ魔法薬の話に夢中になり…乙女のようにキラキラした瞳をして、二人は盛り上がっていた。
「サオリさん、公認の恋人ってご存知ですか?」
「えぇ、大公から聞いたの?」
「いいえ…時々そう言われることがあって…」
「それなら、レティシアは知っておくべきね。簡単に言うと、平民や低い身分の貴族から王族のお相手に選ばれた女性をそう呼ぶのよ。平民のレティシアが、商店の倉庫で働いていたところを大公に見初められて恋人になった…正に今の状態だわ」
「厳密に言うと、私が出会ったのはシリウス伯爵様で、元は秘書官として望まれて現在にいたります」
「…大公が詐欺師みたいに聞こえるじゃない。まぁ、身分差を乗り越えて愛する人と結ばれるための…いわば、王族の奥の手ってやつね。だから、公認の恋人は過去にもそう数多くはいないわ。既成事実というか、刻印ありきなのが特徴よ」
「…なるほど…」
「公認の恋人は寝室への出入りも許される。王宮に住んでいない大公には全く関係ないけれど、王子様の寝室って警戒される場所だから結構な立場なの。女性選びは慎重にしないと、王族としての資質が問われることになる」
「やっぱり…大変そうですね」
「でも、レティシアが公認の恋人なのはもう確定でしょう。今は刻印も我慢するしかないから、その先を見据えて…考える時間にするといいわ」
アシュリーとはベッドで抱き合って眠る仲。
今後、触れ合いはどんどん深まっていくに違いない。いつか彼と結ばれる日がやって来るとしたら、それが特別な儀式となるのだろう。
「刻印を受けると、すぐに婚約や結婚をするのでしょうか?」
「紋様は伴侶となる証だけれど…公認の恋人なら、三ヶ月の猶予があるの」
「猶予?」
「初めて刻印を受けた女性は、身体に紋様が現れても大体三ヶ月で消えるわ。妊娠もしない。その間を蜜月と言って、所謂お試し期間になるの」
「一度、仮の刻印を受けるわけですね」
「そうね、稀に紋様が現れないケースもあるし…愛があっても乗り越えられない壁に遮られたり、正直障害は少なくない」
ロザリーとの雑談だけでは見えていなかった部分が、サオリの話ではっきりして来た。
「公認の恋人は、その三ヶ月を過ぎて正式な刻印の儀を迎えるかどうかで立場が決まるわ。婚約するには儀式を二度執り行う必要がある。そこが、上位貴族との違いね」
上位貴族の令嬢がお相手であれば、諸々お膳立て済みで婚約が先となる。婚約期間中に刻印を受けて紋様が確認できれば、最短三ヶ月で結婚が可能らしい。ヴィヴィアンは、このパターンでアヴェルと結ばれた。
レティシアがアシュリーの側を離れるつもりがないのなら、伴侶の証を得たとして…そこから三ヶ月の間、たとえ外部から厳しい目を向けられたとしても、耐え切る覚悟と力不足を補う努力が要る。サオリが言いたいのはそういうことだと、レティシアは理解した。
140話までお読み頂きまして、本当にありがとうございます。
次話の投稿は8/11を予定しております。
宜しくお願い致します。 ─ miy ─