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137 茶会



いざ、お茶会へ。

離宮の地下室でレティシアが身分確認の手続きをしていると、アシュリーの側へ若い男性が近寄って来た。



「大公殿下、離宮へはお久しぶりでございますね」


「いつもご苦労、また帰りも頼む」


「はい、お待ちいたしております。レティシア・アリス様、ようこそ離宮へいらっしゃいました!皆様がお待ちかねですよ。どうぞごゆっくりお過ごしください」


「…あ…ありがとうございます…?」


「待て、…彼女に気安く触れるな」



常駐するガイドと思われる男性から握手を求められ、それに応えようとレティシアが手を伸ばしたところ、アシュリーに素早く遮られる。



「失礼をいたしました!」


「うむ。…レティシア、行こう…」


「…はい…」



サッと身を屈めたアシュリーの首元へ腕を回す。彼は少し得意気な表情をして、軽々とレティシアを抱き上げた。



「しっかり掴まっていろ」


「…これはこれは…まるで、王子様とお姫様ですね」


「姫か…それも悪くはないが、彼女は()()だ」



やや台詞じみた物言いをする男性に背を向け、アシュリーは地上へと続くゴツゴツした石階段に向かう。ここは、慣れないドレスとヒールを履いて着飾ったレティシアを『抱えて運ぶ』と彼が譲らなかった場所だ。




─ コツ コツ コツ ─




階段を一歩一歩ゆっくりと上る靴音が響く。暖色系の魔法の灯りが、螺旋状になった壁の岩肌に当たって絶妙な陰影を描いている。



「離宮は、王宮の物々しい警備とは違いますね」


「あぁ、さっきの者は魔法使いだ。離宮では大体のことを魔法で管理している。その分、兵士や騎士が少ない」



地下室への出入口も魔法によって施錠されているため、門番は不在。その代わり、直ぐ側には結界を見張る監視塔が聳え立つ。


光と影が揺らぐ独特な雰囲気の中、彫刻のように整ったアシュリーの横顔へ自然と視線が惹き寄せられてしまう。真っ直ぐに前を見つめる美しい金の瞳と形のいい唇が目と鼻の先にあって、いつもこの唇に愛されているのかと…レティシアはぼんやりと見惚れる。



「レティシア…?」


「…はいっ…」


「茶会の菓子は、母上が手作りするらしい。姉上たちにはいつも好評だそうだ。私は甘いもののことはよく分からないが、幼いころは好きだったと記憶している」


「それは…殿下も楽しみですね。手作りお菓子で迎えてくださるなんて、素敵だわ。私、甘いものは大好きです」



そういえば、昨夜から一緒にいたはずなのに茶会についての情報が全くないことに気付く。スカイラとサオリが一緒ならば心強い!と、完全に安心しきっていた。



「体型など気にせず、たくさん食べるといい。今のままで何も問題ない…抱き心地は確認済みだ」


「…か…確認だなんて…」


「確かめただろう?…今朝は、少し残念だったな…」



目を細め、キュッと口元を引き結んで微笑むアシュリーの表情が甘い。昨夜の濃密な触れ合いが急に思い出されて、レティシアが頬を染める。



(…私、今日殿下の唇ばっかり見てない?!これ以上刺激しないで…)



そんなレティシアの願いは届かず…アシュリーの唇がゆっくりと迫って来て、お互いの熱い吐息が重なった。





──────────

──────────





「ヴィヴィアン、一旦ちょいとお座り!」



茶会開始の一時間前にやって来て招待客用の控えの間で寛ぐスカイラの前を、主催者のヴィヴィアンが行ったり来たり…室内を落ち着きなく歩き回っている。



「だって、スカイラ…あぁ…早く来ないかしら」


「三十分前だ、もうじき来る」


「本当に夢みたい…レイに…お嫁さんが」


「そういうところだよ、ヴィヴィ。先走ったことを言わないように」


「…分かってはいるの…でも…」


「結婚とかお嫁さんってのは、未来を縛る言葉になるから駄目だね。まだ王妃の座を退いて何年も経っていないじゃないか、素知らぬフリくらい上手くやれるはずさ」


「………頑張るわ…」


「…しっかりしとくれ…」



スカイラは大きく息を吐くと、ソファーの背もたれに後頭部を預けた。



「いいかい、レティシアは大公の運命の相手に違いないが…異世界の人間なんだ。見知らぬ世界の(ことわり)を無理に押しつけてはいけないよ。サオリだって、それでとても苦労をしたと話しただろう。小さな負担が、後に禍になることだってある」


「そうね…そうだったわ。この世界との違いは、私たちの想像を遥かに超えていたのよね。そこで生まれ育った記憶しかないのだから…」


「大公とレティシアの関係は、ヴィヴィたちとよく似ている。レティシアの気持ちに共感してやれるのは…ヴィヴィアン、あんたしかいないと私は思うのさ」


「えぇ…えぇ、私しかいないわ!」



コクコクと何度も頷くヴィヴィアンが、不意に眉間にシワを寄せて首を捻る。



「スカイラ、レックスは女性と…彼女と上手くやっていけそうなの?私、全然想像がつかないわ」


「大公の場合は初恋だから経験は何もない、未知数だね。まぁ…私が見たところ、基本はアヴェルと同じだ」


アヴィ(アヴェル)と同じ?」


「好きな女をとことん溺愛する…超甘い男さ」




    ♢




誘拐事件に遭った後、十年近く女性を避けて生きるしかなかったアシュリーの呪われた日々に…期せずして終止符が打たれた。


ヴィヴィアンは立派に成長した愛息子を抱擁し、娘たちと涙を流して奇跡を喜んだ。女性の扱いに不慣れで戸惑う様子は、新鮮なようでいて不思議と事件前の幼い姿を思い起こさせる。


家族で当たり前に過ごせていたはずの止まっていた時間が再び動き出し、新たな時を刻む。ヴィヴィアンは、辛く苦しかった過去の感情に封をして未来に目を向けようとするも…気持ちの整理がなかなか上手くいかなかった。



「ヴィヴィ、レイを招いて話をしてみてはどうだ?」


「…アヴィ…」



誘拐事件の時、誰よりも深く傷ついて自責の念に駆られ、その責任を一生背負って生きていく夫のアヴェルは、どんな時も家族を想い惜しみなく愛情を注いでくれる。

アシュリーがレティシアを連れ帰ったとの朗報に、いち早く感情を露わにして大騒ぎをしたのも実は彼だ。



「私は、あの子がこれからどう生きて行きたいと望んでいるのか…それを知ることが大切だと思うよ」


「私も知りたいわ」


「きっと…私たちがレイに何をしてやれるのか、自ずと答えが出るはずだ」



アヴェルの言葉が、悶々としていたヴィヴィアンの心に響く。



「レイを救ってくださった皆さんもご一緒にお招きして、お茶会を開くのはどうかしら?」


「いいね、私も大賛成だ」



今日のお茶会は、こうして決まった。




    ♢




「確かに…アヴィは最初から情熱的だったわ」


「手を出すのは早かったね。…しかし、大公は当分お触りまでで我慢だ。レティシアは中身が28歳、大公に対しては度量が大きいとか?サオリは言ってたけどねぇ」


「…に…にじゅうはち?」


「おや、言ってなかったかい?前世28歳で絶命、生まれ変わって17年、合わせて45歳だと言っていた。面白い女の子だ」


「特殊だとは…聞いていたのよ」


「ある日突然魂から弾き出されて目覚めたあの子は、不完全なレティシアとしてこの世界に留まる以外に道はなかった」


「…あぁ…やっぱり、ジッとしていられない!」


「ヴィヴィアン!」




─ コン コン ─




「失礼いたします。奥様、聖女様がお見えに……あぁっ、えっ奥様っ?!」



侍女が扉を開けた瞬間に、ヴィヴィアンが秒速で風の如く走り去る。



「おっ…奥様ぁーっ!お待ち下さーーい!!」



スカイラは、青ざめた顔でヴィヴィアンを追い掛ける侍女が心底気の毒になった。



「……失礼いたしますわ。あら?おばあ様、ご機嫌よう。お早くお見えでしたのね」


「あぁ、サオリ。そう…ちょっと、ヴィヴィアンに話があってね」


「ヴィヴィアン様はどちらへ?」


「大公たちを迎えに出ただけだよ。…放っておこう、すぐに捕獲されるさ」


「相変わらずの行動力ですわ…ふふふ」


「ポヤッとして見えるけど、アレで結構な武闘派だからねぇ」


「…私の可愛い妹と気が合いそう…」


「ん?」









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