134 変化5
「乾かすのが前より早くなりましたね」
レティシアがあっという間に乾いた髪を撫でて感心していると、アシュリーが徐ろにガウンの腰に巻かれた紐を解き出す。
「…え?」
(…待って…この光景は見た経験がある…)
人前で服を脱ぐことに抵抗のない彼が、ガウンの前合わせを剥いで見せるその筋肉美は…理想の体を描いた芸術作品のよう…しかし、見惚れている場合ではなかった。
「ストップ!殿下、何をしようとしているの?」
「……君が風邪をひくといけない」
「まさか、私にそのガウンを着せようと…」
アシュリーは、レティシアを布で包む変な癖があるのかもしれない。
「も、もう…それを脱がずに、私をあたためる方法があるでしょう…?」
おずおずと両腕を広げるレティシアの姿に、アシュリーの顔がパアッと明るくなる。
♢
両想いになってまだ数日。
魔法石の採掘と加工を請け負う遠方施設への視察を半月かけて無事に終えたアシュリーは、時間に余裕ができた。そこで、お茶休憩なるものを特別に作ってレティシアの私室に閉じ籠もり、一緒に30分休息を取るようにしている。これにより、昼食タイムが別々でも彼は非常に機嫌がいい。
上司が休憩を取れば、部下も休める。パトリックはゴードンやルークたちと雑談をして過ごしているらしく、いいリフレッシュタイムになっていた。
30分の間、アシュリーはとにかくレティシアに甘い。クッキーや焼き菓子を口に運ぶのは当たり前で、ずっと側に寄り添いながら熱い眼差しを注ぎ続ける。唇や髪に口付けをしては…うれしそうに頬を染めて微笑む乙女感満載な姿に、レティシアは数日で慣れ始めた。
♢
「どうかな?」
「…あったかい…」
アシュリーはレティシアを膝の間に座らせて、後ろからすっぽりと包み込んだ。魔法で周りの空気を温め、二人で頬を寄せ合う。鼻先が近付くと、アシュリーの長い黒髪がレティシアの首を擽る。
「ふ…ふふっ」
「…レティシア…」
身体を揺らした途端、レティシアの細い肩からずり落ちそうになったドレスに気付いて、アシュリーがそっと引き上げた。
「…あ…このナイトドレスと殿下のガウン、ロザリーがわざわざ街へ買いに出掛けて選んでくれたらしいんです」
「街へ行ったのか?まぁ、ロザリーらしいな…私たちのことを応援してくれているようだから」
「えぇ…でも、どんな顔をして買ったのかしら?私、これ以上露出度が高くなるといよいよ着るのが無理かも?」
「……全く…同感だ…こっちの気も知らないで…」
「困りましたね…殿下が誘惑に負けない内に、今夜は早く休みましょう」
レティシアは、片手で顔を覆って項垂れるアシュリーの腕の中からスルリと抜け出す。ベッドへと誘われたアシュリーは、手を引くレティシアを抱え上げる。
「わっ!」
あまりの勢いに、高級スリッパが脱げてポトリと床へ落下した。
「…誘惑になら…もう負けている…」
──────────
レティシアに薄い毛布を掛けたアシュリーがパチッ!と数回指を鳴らせば、徐々に室内の灯りが暗くなっていく。
「ちょっとだけ…イチャイチャ…します?」
「ん?…イチャイチャ?」
「…こうやって…くっついて…」
レティシアが身を寄せると、上掛けを引っ張り上げていたアシュリーが薄暗闇の中で黄金色の瞳を向けて来る。その瞳が細くなったかと思うと、何か言おうとして声を詰まらせたのか…グゥッと…獣の唸声のような音が喉の奥から漏れ聞こえた。
「…ちょっと…は、難しい…な…」
「じゃあ、あたためてはくれる?」
アシュリーは、答える代わりに毛布の中のレティシアを抱き締める。
逞しくて硬い筋肉が、柔らかな肌と重なってゆっくりと馴染み…体温を移しながら侵食していく。徐々に強まる拘束に胸を押し潰されて、レティシアはハッと切なく喘いだ。
抱き合うのが、これ程までに鋭く快楽を刺激する行為であるとは知らなかった。淫らな熱で火照った身体が疼いて小さく呻く。
「…ごめん…苦しかった…?」
不意に締めつけが解けて髪を撫でられ、耳元に少し乱れた熱い吐息がかかる。アシュリーは真っ白な首筋へ頬擦りをした後、そのままじっと動かなくなった。
(今『ごめん』って言ったの?)
余裕がないのか、密着してレティシアの反応を逃さず汲み取ろうとする緊張感が伝わって来る。未だに夜会での出来事を気に病んでいるのだろうか?彼に安心して欲しくて、黒髪を優しく撫でた。
「…苦しくないわ…熱くて…気持ちいい…」
アシュリーは顔を上げ、何も言わずにこちらを見ている。暗闇ではレティシアが微笑んでいるのが分からないのかもしれない。そんな気持ちから…アシュリーの頰にそっと触れた。
♢
アシュリーはレティシアの指先が頬に触れても、欲望や感情を暴走させずにしっかりと押し留める。
女性に触れた経験がなく、正式な閨指導も受けていないアシュリーは、自慢気な友人の体験談と自ら教育本を読んだイメージ不足の知識しか持っていなかった。
それなのに、レティシアの愛らしい唇に吸いつきたくなり、華奢で白磁のような滑らかな肌を側に抱き寄せたくなる。
妄想だけでは飽き足らず、本能のままに触れ…時に貪り、未熟な姿を何度も露呈してしまっているが、彼女はいつも寛容だった。全てを包み込んで許して癒しを与えてくれる大きな存在は…もう手放せない。
─ チュッ ─
不意に甘い香りがしたかと思うと、レティシアの柔らかな唇が自分のそれに重なる。アシュリーは目を見開いた。
♢
「…ん…っ…」
角度を変え…何度も繰り返される止まない口付けは、唇や頬、鼻先へ少しだけ触れては離れていく。レティシアはアシュリーの唇の感触や熱がもっと欲しいのに、物足りなくて…焦れったい。
「…逃げないで…」
心の声が口から漏れ出る。
その言葉を合図に、互いにきつく唇を重ね…吸い合う。下唇を甘噛みされ表面を舌でなぞられたレティシアは、湧き上がる淫猥な欲に思う存分溺れてみたいと思った。
荒々しい息遣いとは真逆で、咥内を丁寧に舌先で愛撫してくる彼を愛しいと感じながら、舌を絡める深い口付けに夢中になっていくレティシアの意識は…濃く漂う魔力香の中で鈍り始める。
「…ふっ……でん…か……ぅン…」
レティシアが塞がれた口の端から掠れた声を出すと、唾液で濡れたアシュリーの唇はあやすように首筋へチュッチュッと吸いつき、そのまま熱い舌が鎖骨を這う。
「…は……甘い…」
そう囁いて…少し汗ばんだ胸の谷間に顔を埋めたアシュリーが、大胆に白肌を食む心地よさに悶え、レティシアは漆黒の長い髪を乱すように撫でて抱え込む。
この夜、アシュリーはレティシアの胸のプルプルを…初めて堪能した。
いつも読んで下さいまして、ありがとうございます。
次話の投稿は7/26を予定しています。宜しくお願い致します。
─ miy ─