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125 脱・期間限定



「九回目の薬は、ちゃんと飲んだんだろう?」


「はい、飲みました」


「レティシアが飲ませていた薬は、私特製の解呪薬さ」


「…解呪薬?」



魔法薬の中で、最も高価な薬の一つが解呪薬だと言われている。呪術の見極めと取り扱いが非常に難しい薬だった。

レティシアが目覚ましを鳴らして夜中に起きてまで、薬を飲ませようとしていたことにアシュリーは気付く。



「今回は、カプラの実の礼に作った魔法薬をベースにして調薬した、正に特製の薬だね」


「…………」



アシュリーの頭の中で、紫色の媚薬と九回目に飲んだ濃い紫色の解呪薬が重なる。



「アヴェルとヴィヴィアンの可愛い息子のためだ、特別に無料にしておいてやろう。その代わり、今まで辛かった分を取り返すくらい幸せになっておくれ」


「努力いたします…大魔女殿、ありがとうございます」



呪いが解けて、レティシアとの『期間限定の関係』は解消となった。アシュリーはそれだけでも十分に幸せだと思う。

三度目の告白を聞いては貰えなかったが、これからレティシアを口説いていく時間はたっぷりとある。未来への期待が膨らんで、口元が緩んだ。



「国王陛下には大公の覚醒をお伝えして来たわ。アヴェル前国王陛下にも伝わっているはずよ。体調が整ったら、ご家族と過ごす素敵な時間が待っているわね」


「…何だか照れくさいような…」



常に見守っていてくれる家族には、倒れる度に気苦労を掛けて来た。今まで長く一緒に過ごせなかった母や姉たちとは、改めて関係を築いていくきっかけにもなる。王宮を出て以降疎遠になり始めていたアシュリーにとって、喜ぶべき出来事だった。



「もっと早く救ってあげられたらよかったのに…遅くなってごめんなさい」


「聖女様は、とうの昔に私を救ってくださっているではありませんか。宮殿の奥深くに埋もれていた私を救い出し、生きる力と希望を与えてくれたのは聖女様です」


「…そんな風に言って貰えるだなんて…うれしいわ…」



アシュリーが手を差し出すと、サオリは両手を胸の前で組んで顔を左右に振った。



「…まだ…触れるのは駄目よ…」


「大丈夫です」


「…でも…」


「心配ありません」



サオリがおずおずと伸ばす手を、アシュリーが両手でゆっくりと包み込む。

伝わって来る手の温もりが、緊張を感激に変える。震える吐息をグッと飲み込み、サオリは唇を引き結んだ。



「必ず、魔力の源の捻れも解いてみせる…任せて」


「聖女様は昔から変わりませんね。そういう何にでも全力で挑むところを、私は尊敬しているんです」


「…大公は、何だか男っぷりが上がった…?」


「長い年月耐えて来た苦しみから解き放たれたんだ、顔付きも変わるだろうさ」




    ♢




「ところで、昨夜目覚めてから一体どうしたの?」


「最初に目覚めた時と比べると、頭の痛みがなくなって、目が開いて、声も出るようになりました。自由の利かなかった身体が回復したので、部屋を歩いても問題がないか確かめていたんです」


「…最初がなかなか悲惨だわ…」


「レティシアが身体をマッサージをしていたお陰で、いい効果があったんじゃないかい」


「マッサージ?…そうでしたか」


「二人揃ってベッドで寝ていたのはなぜ?うちの可愛い妹に手を出したりはしていないわよね?」


「出すわけがないでしょう」


「念のために確認してみただけよ。続けて二度も襲われたら…」


「それは、どういう?」


「大公、あなた未遂とはいえ前科ありだって知ってる?」


「は?…前科?」


「何も覚えていないようだから、レティシアは黙っていたのね…何れ従者から漏れる話でしょうに…」



“刻印”の力が備わったことと、倒れる直前に何が起きたのかをサオリが話すと、アシュリーはショックで暫く言葉を失っていた。



「…刻印が…私は…レティシアに酷いことを…?」


「呪いのせいで制御ができなかったの。レティシアの髪は乱れて、ドレスはボロボロ…手からは血も流していたらしいけれど…」


「血?!…彼女は怪我をしないはず…」


「…話を最後まで聞いて。本人は『何ともない』と至って冷静で、傷はなかった。刻印の件も理解してくれているわ。今後はしっかり欲望を抑えて制御して、襲わないようにね」


「…襲うなど…そのようなことは…」



果たして、していないとキッパリ言い切れるだろうか?欲望を満たそうと、口移しを強要したのではなかったか?

レティシアは、夜会のために美しく着飾ったドレスや髪が台無しになった上に、怪我をしていたかもしれない。彼女の言う『何ともない』とは、何もなかったわけではなく…大事には至っていないという意味だ。


どんな状況であったにせよレティシアを傷つけたという事実、己の罪がずしりと重く心にのしかかる。

自分を襲った男の世話をし、寝る間も惜しんで薬を口移しで与えてくれたレティシアの健気さと献身に、深い感謝の気持ちが湧いた。


今になって懺悔の記憶が蘇る。




─ レティシア ごめん ─




意識が途絶える前、最後にアシュリーはそう口走った。





──────────





「レティシアには、誠心誠意謝りたいと思います…それから、今朝は魔力香で気を失った彼女を抱えている内に私まで眠ってしまいました。重ねてお詫び申し上げます」


「魔力香で…?」



確か慣らしているはずではなかったか?と、サオリは首を傾げる。



「レティシアを求める気持ちが前より強くなってしまったようなので…これは、刻印の影響だと思います」


「制御はできても、異性に対してより昂りやすくなるわけね。大公が黒コゲでないのなら、レティシアには許容範囲ってことよ。上手くおやりなさい」



サオリにそう言われても、さっきまで光り輝いていたアシュリーの未来への期待は若干淀んでいた。



「大公…今、魔力香って言ったかい?」


「はい。レティシアは私の魔力香に酔ってしまうので、気をつけなければいけないのですが…」


「ハッ!こりゃあ驚いた」


「おばあ様、何に驚いていらっしゃるの?」


「親子が似ているからさ」


「「親子?」」


「あまり知られていない、アヴェルとヴィヴィアンの結婚秘話を聞かせてやろう」



ヴィヴィアンは、王国のとある侯爵家の娘。

王宮舞踏会、つまりはお見合いパーティーで、アヴェルと初めて出会う。



「そのきっかけとなったのが香りだ。ヴィヴィアンは、アヴェルの魅力的な魔力香に酔ってしまった。アヴェルは目の前で倒れたヴィヴィアンを介抱した時に、何やら甘い香りを嗅いだ…って話でね」



互いに香りを感じるというのは、獣人など一部の特殊な種族にのみある話で、その場合は(つがい)と呼ばれる運命のパートナーになる。


魔力香に反応するのは稀なことで、理由も不明。しかし、アヴェルに会う度にヴィヴィアンは情熱的な香りに惹かれる。

一方、神の化身“神獣”と深く繋がる王族のアヴェルは、獣人のように香りでヴィヴィアンに運命を感じて、執着ともいえる強い愛情を向けた。



「結果、二人は結婚したが…本当にそれでよかったのさ。アヴェルは、ヴィヴィアン以外には欲情しないんだからね。ヴィヴィアンとじゃなきゃ、永遠に子供は授からなかった」


「だから、側妃も娶らずに?…そんな裏話があったのね」



アシュリーはスカイラがチラリと話した『甘い香り』に引っかかりを覚え、話の後半はうわの空で聞いていた。











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