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123 目覚め3



─ ピピピ ピッ! ─




深夜一時、最後の魔法薬を飲む時間。レティシアは音の鳴る小さな目覚まし時計へ素早く手を伸ばし、目を開けた。



「…ん……明るい…?」



治療室のカーテンは閉めておいたのに、部屋全体がぼんやりと青白い。



「…あれ…ベッド…?」



椅子に座ってアシュリーの手を握り、そのままベッドへ突っ伏していたはずが、天井を見て寝転がっているのはなぜだろう?





─「…眩しかったか…?」─





突然、涼やかな声が耳に入って来て一気に目が覚めたレティシアは、ガバっと起き上がる。



「えっ?!…殿下っ!!」



レティシアの視線の先には、闇夜に馴染む長い黒髪を月光に晒し、黄金色の瞳を輝かせるアシュリーの姿があった。キリリとした端整な顔立ちが仄白い。

刻印や解呪の影響か、若い男性が持つ猛々しい魅力が増した力強い眼差しにレティシアは見惚れる。



(……わぁぁ……絵になる……)



アシュリーは出窓のカーテンを開け放ち、張り出した板に片足を上げて腰掛け、ゆったりと窓枠へ寄りかかっていた。降り注ぐ月明かりを浴びて、磨き上げられた宝石の如く光輝を発する彼を…レティシアはただただポカンと見つめる。



「レティシア…?」



アシュリーが立ち上がると、光を受けた黒髪が滑らかに揺れ動いた。幻想的な光景を前にして、ベッドの上で口を半開きにして呆けていたレティシアは、数秒遅れて名を呼ばれたことに気付く。



「…っ…殿下、やっと目を覚まされたんですね…」


「あぁ…迷惑を掛けてしまった…すまない」



ベッドから飛び降りた勢いのまま抱き着くレティシアに、アシュリーは何度も詫びる。彼は、倒れた直前の記憶が綺麗に抜け落ちていた。そのため、過去と同様の体調不良を起こしたと思い込んでいる。


今回の件を正しく説明できるのは、スカイラやサオリだろう。レティシアは、魔法薬を全て飲ませる大事な使命をやり遂げるだけだった。



(…いつもの…殿下の香り…)



厚い胸板に頬を押し当て、フワリと広がる爽やかな魔力香を胸いっぱいに吸い込むと安心する。背を丸めたアシュリーは身体全体でレティシアを優しく包み込み、ミルクティー色の髪に鼻先を埋めていた。



「…この香りは…君か…」


「殿下?」


「…レティシア…会いたかったよ…」



耳に吹き込まれる吐息混じりの声が甘く響いて、ジンジンと身体を痺れさせる。彼の瞳や声や温もりを恋しく思っていたのは、レティシアも同じだった。


アシュリーに抱き締められると、しっくりと怖いくらいに馴染んで、そこが自分の居場所だと錯覚をする。切なく囁く声は、レティシアを居心地のよい繭の中に閉じ込めて身動きできなくする呪文のようだ。



「レティシアにお願いがある。髪を撫でて欲しいんだ」


「…え?」



(まさか、意識を失っている間に…悪夢を見ていたの?)



「撫でてくれるか?」


「…勿論です、殿下…」



数日前まで毎晩撫でていた髪へ手を伸ばすと、身体を前に屈めてレティシアの手が触れるのを待つアシュリーの神妙な面持ちは、長い前髪で隠れた。


理不尽な呪いによって、生きてきた年月の半分…毎日苦しめられてきた彼は、レティシアが髪に触れても触れなくても、この先もう二度と悪夢は訪れないという事実をまだ知らない。



「…大丈夫…大丈夫よ…」



幼い弟を宥める姉のような優しさで、両手を使って『ナデナデ』をするレティシアの様子にアシュリーが破顔する。



(…そんな顔をするのは…反則だわ…)




    ♢




「…あ、いけない…最後のお薬がまだだったわ!殿下、ベッドへ戻ってください」


「…ん?…あぁ…あの薬か…」


「はい、後一回飲んだら終わりです」



アシュリーは、ベッドのサイドテーブルに置かれた小さな容器に視線を移す。



「…そうか、レティシアは私に何度も薬を飲ませてくれていたんだな…」


「八回です」


「…八回?…八回も…?!」



(…あっ…つい、正直に答えてしまった…)



アシュリーの驚いた様子に、レティシアは俯いて眉をひそめた。薬の回数ならまだしも、唇を重ねた回数は絶対に言えない。



「しかし…体調不良で薬を飲んだことはなかったが」


「殿下に触れても大丈夫な私がお側にいたので、今回は特別だと思います」


「…確かに…」



飲んでいるのが解呪薬だと知らないアシュリーに、上手く話を誤魔化して追求を免れたレティシアはホッと胸を撫で下ろす。



「ならば…最後の薬も、レティシアに頼みたい」


「はい…?」


「私に飲ませてくれるのだろう?」


「……え?」





──────────





「殿下、子供みたいなことを仰って…本気じゃありませんよね?」


「君に飲ませて貰ったほうが効く」


「効果は同じです」



レティシアが飲ませてくれないなら薬は要らないと、アシュリーがおかしな駄々をこね始め…レティシアは困惑している。

ただ、今まで何とも思っていなかった単純な会話や冗談が、とても大切なものに思えた。最終的に、どうにも話が進まず二人で笑い合う。



「殿下…私は殿下が倒れて辛い思いをしました。それで、トラス侯爵家の皆さんの気持ちがよく分かったんです。ルブラン王国での私は、自分勝手であったと…深く反省をいたしました」


「…レティシア…」


「殿下が目覚めて、記憶がなかったり、私の時みたいに中身が別人だったらって考えると…とても怖かった」



自身の身体を腕でギュッと抱くレティシアを見て、胸が締めつけられると同時に愛しさが込み上げた。



「…君を忘れて別人になど、決してなるものか…」


「はい、いつもの殿下でよかったです。こうしてお話ができて、これからも変わらず殿下のお側にお仕えできることを幸せに思います。皆、殿下が目を覚ますのを首を長くして待っておりました。…お帰りなさいませ」



笑顔で『お帰りなさい』と言われたアシュリーは、彼女の心も身体も全てを自分のものにしたいという欲求が高まっていくのを感じる。


期間限定の関係で、いつかは触れ合えなくなる相手と上手くいくはずがない。そう理解していても、諦め切れない。すでに二度告白をして失敗しているのだ…それならば、三度目にありったけの想いを伝えても悪くはないだろうと思った。










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