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120 治療4



アシュリーが倒れた翌日の夜七時を過ぎ、四回目の魔法薬を飲ませた後、徐々に熱が下がり始める。



「いいね…呪いがかなり弱まっている、再び暴れ出す力は残ってないだろう。熱が完全に下がり切って大公が目を覚ましても、九回分は最後まできっちり飲んだほうがいい。油断は禁物だ」


「はい、分かりました。大魔女様、殿下を救っていただいて…心から感謝申し上げます」


「薬が効いてよかった。後は覚醒するのを待つだけだね」



回復の目処が立ち、これで一安心だとスカイラは椅子に座った。目の前で深く頭を下げるレティシアのフワフワした頭をポンポンと叩く。



「頭を上げとくれ。私だけでもサオリだけでも、大公を救うことは絶対にできなかった。分かるね?レティシアの力が必要だったのさ。大公の運命の女神は、レティシアなんだよ」


「…そんな…」


「ん?」


「…はい、ありがとうございます。殿下のお役に立ててうれしいです」



スカイラの言葉には重みと説得力がある。レティシアは素直に肯いて微笑んだ。




    ♢




食事ができないアシュリーに栄養たっぷりのドリンクを飲ませる役目まで頼まれたレティシアは、魔法薬と合わせてかなりの回数の口移しをこなしていた。

甘い展開を待ち望むスカイラとサオリの願いも虚しく、恥ずかしがったり躊躇することがなくなり、悟りを開いたような顔をしてアシュリーの世話をする。その姿は、完全にアシュリー専属の看護師(ナース)だ。



「では、食事に行ってまいります。それから、ゴードンさんに殿下の容態を伝えておきますね」



夕食の時間だと知らせに来た側付きメイドのパトリシアを伴い、レティシアは治療室から出て行った。エメリアが心配するため、今日の昼食からは席について食事する時間を設けるようサオリが配慮している。



「それにしても、思った以上に強い使命感のある子だね。薬だって、今じゃ親鳥が雛に餌を与えている姿にしか見えないよ。少しは変わったのかい?」



想い合っているのに、なぜか成立しない。

このままでは、レティシアがメロメロになる想像ができないと言ったパトリックの考えが正しくなりそうだと…スカイラは顔をしかめた。恋愛には疎くポンコツ扱いのパトリックだが、ある意味二人をよく見ている。



「身体は17歳でも、本当の自分は28歳だというのがレティシアには根深くて…大公とは年齢差があるから、恋愛対象にならないと思い込んでいるのよね。大公は、見た目全っ然18歳じゃないのに…」


「前世の記憶もこうなると厄介だねぇ…焦れったい」


「大公に期待したほうがいいかもしれないわ。目覚めたら、煽ってみようかしら」


「コラコラ、病み上がりの大公に何をさせようって?少しゆっくりさせておやりよ」


「でも、のんびりしていたら二人の間に国王陛下やアフィラム様が割り込んで来たりするかもしれないし…待って、そのほうがいいの?…ううん、やっぱりややこしいのは駄目!」


「ハイハイ、サオリが二人をくっつけたいと思っていることはよーく分かったよ。だけどね、あれこれ口を出すのは結婚式のプランだけにしておきな」





──────────

──────────





夜が更けて、治療室に訪問者がやって来た。

扉を開けたレティシアの前に立っていたのは、ルークと、正式にユティス公爵の養子となったラファエルの二人。



「ルーク…と、ラファエル少年?」


「…少年?」


「あっ…ごめんなさい」



ラファエルは、同じ17歳のレティシアに『少年』と言われて水色の瞳を丸くする。



(しまった…つい!)



勝手に『少年』と呼んでいていたことを誤魔化そうにも咄嗟に言葉が出て来ない。…と、ルークが一歩前へ進み出て沈黙の空気を遮る。



「あー…ラファエル様、レティシアは異世界人だから、見た目より老けているんです。細かいことは気にしないでやってください…」


「…ふ…?!…ちょっと…」



内容は間違っていないが、レティシアは何だか傷ついた。一言文句を言おうと顔を睨みつけて、ルークの目の下一面に張りついた青黒い隈に…視線が釘付けになる。



(…老けたのは、ルークのほうでしょ…)



忠犬である彼は、アシュリーが心配で夜も眠れなかったのだろう。表情からはどんよりとした疲れが色濃く滲み出ていた。

回復の兆しが見えたと知って、急いで主人の下へ駆けつけたに違いない。気持ちはレティシアにもよく分かる。ここで些末な言い争いをしている場合ではなかった。



「殿下は熱が下がって安定した状態よ。まだ目を覚まされてはいないけれど…様子は見れるわ、中へどうぞ」



熱の下がったアシュリーは、火照っていた顔色が元に戻り寝息も安らか。白いガウンを身に着け、上掛けの毛布もかかっていて…ただ静かに眠っている。


ルークは、ホッと息を吐いて大きな手で自分の顔をゴシゴシと擦った。隈と疲労感は全く拭えていないが、安堵したことだけは分かる。同様に、ラファエルも気が緩んだのか…硬い顔付きが幾分和らいだ。



「随分と落ち着かれたようでよかった…安心した」


「大魔女様や、お姉様のお力添えがあったお陰よ」



レティシアが何気なくアシュリーの黒髪を整え、指先が頬に触れると、側でハッと息を呑む気配がした。



「ラファエル様…?」


「いえ…あなたは、大公殿下にとって本当に特別なお方なのだと思いまして」


「…あ…私は…」


「ち、義父上から…話は聞いております」



ラファエルは、ユティス公爵と親子の縁を結んだばかり。『義父上』と口にするのがまだ少々ぎこちない。



(殿下に触れたのを見て、驚いたのね)



レティシアは公爵邸に居候の身。後継者ラファエルの耳にはしっかり情報が入っている。

現世の身体に前世の記憶を宿す人間で、元は異世界から来た転生者。その特殊さ故に、アシュリーとの関係が期間限定で成立する…珍しい存在に見えていることだろう。


そういえば、中身の年齢については公爵家で話題になった覚えがない。レティシアにとって重く感じる違和感も、周りの人は意外と不自然に思わないらしい。尤も、身体が大人で中身が子供のほうが厄介だったとは思う。

アシュリーも『年齢は関係ない』とよく口にしている。魔力量が多く早熟な彼が数字に固執するのを無意味だと考えても何ら不思議はなく、容易にレティシアを受け入れてくれた。



「夜中もずっと殿下の側にいるんだって?あまり無理をするなよ」


「ありがとう、私は大丈夫。それより…ルーク、自分の顔は見た?」


「…………」


「私より疲れているみたいだわ」


「………はぁぁ………」


「え?何?…どうしたの?」


「…ロザリーが…口を利いてくれないんだ…」



狂犬と呼ばれている男が、今まで聞いたこともない悲しそうな声を出す。チラリとラファエルを見ると、同情の眼差しをルークへ向けている。



(…あぁ…そっち?…そっちだったの?)



シスコン兄は、愛する妹に絶交されてしまっていた。












お陰様で、120話目となりました。


読んで頂きまして、本当にありがとうございます!


        ─ miy ─

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