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106 アフィラムとレティシア



「喉が乾いてはいないか?」


「…あ…」



レティシアは、アフィラムが勧めるシャンパングラスを見て戸惑う。



「…私、()()は未成年ということでして…」


「大丈夫、グラスはこうでも…中は果汁入りの水だ」


「…水?」


「もしかして、他人から貰ったものを口にしないようレイに言われている?」


「いいえ、お酒には注意をと…いただきます…」



受け取った以上、口をつけなければ失礼に当たる。アルコールの香りがしないことをちゃんと確認して、ゆっくりと口に含んでみた。



「…んっ!」



甘酸っぱいオレンジの風味が口の中で弾けて、レティシアは目を丸くする。

炭酸のシュワッと感が記憶の底で蘇り、疲れたレティシアの体内にミネラル成分が染み込んでいく。



(これ、炭酸水だ!)




    ♢




アフィラムは、レティシアをずっと観察していた。

完璧に整った目鼻立ちと女性的な魅力のある身体つき、微笑まずとも立っているだけで人目を惹く美しさは、周りの着飾った令嬢たちとは圧倒的な差がある。

困ったり驚いたり感情が豊かで無垢な少女のように見えて、高位貴族の令嬢たちを相手に凛とした顔つきで言葉を述べる姿は、映像で見た勇姿を思い出させた。


加護や魔術で守られ、聖女の妹となっても傲らず、身分を欲するどころか貴族の型に押し込まれることを嫌う。

かといって、この世界への順応力がないわけでもない。それなりに礼儀正しく常識もあって人馴れしており、秘書官としての努力を怠らない姿勢は好感が持てる。


とても興味深い。


顔合わせからここまで、レティシアはアフィラムを異性として意識している様子がない。二人きりならばどうかと思えば、青い瞳は美しい夜景を眺めるのに夢中。


『俺に全く見惚れない女性がいる』と、泣きべそをかいていた自意識過剰な色男カインを笑い飛ばしてやったというのに、まさか自分も同じ気持ちになろうとは…想像すらしていなかった。

パーティーの度にアフィラムを取り囲む令嬢たちとは、最早別の人種と認めざるを得ない。




─ レイは、彼女を手放さないだろうな ─




半年も王宮に顔を出さなかった弟が、突然女性を連れ帰ったとの一報を受けた時には、驚きと喜びが身体中を駆け巡った。


後に期間限定の相手、しかも異世界人であると知り、そんな話があるだろうか?と疑問を抱いたが杞憂に終わる。


チャドクの横行を許さず、正義感の強い人物だということは、カインが報告してくる数多くの逸話からも感じ取っていた。

それでも、王族と関わる関係上“レティシア”という女性をしっかりと見極めなければならない。家族全員、同じ気持ちでようやく今日という日を迎えたのだ。


結果、兄の国王ですら魅了される程の美貌と愛らしさを持つ少女で、弟が猛烈に想いを寄せている唯一の存在だと分かる。





──────────





レティシアは両目を閉じ、プルプルと小刻みに震えてグラスを握り締めていた。



「…炭…酸…」


「それは、初めて飲んだ…という顔?」



アフィラムは、可愛いリアクションをする小動物のようなレティシアの隣に腰掛ける。



「この世界では初めてです。こういったパーティーには参加した経験がありません。私は紅茶が好きで、普段はそればかりを飲んでおります」


「元いた世界と同じものに出会うと…懐かしいのか?」


「ちょっと感動しました。今飲んで気付くまで、炭酸という存在をすっかり忘れていたみたいです」


「君は元気にハキハキと話すから、新鮮に感じるよ。私の婚約者候補の令嬢たちはいつも取り繕った姿しか見せない。誰と何を話しても返事は同じ、所作や目線…口元の動きに至るまで全てがそうだ。令嬢たちとの茶会は義務だが、正直うんざりしている」


「淑女教育が徹底されているとしても、皆そっくりだなんて…性格や人となりって、会話から滲み出て来るものではありませんか?個性を消して“人形”になるのは、相手に興味を持たれたくない人がすることです」



(現世のレティシアが、そうだったように)



「ご令嬢たちの行動は逆効果。アフィラム殿下は気に入ったご結婚相手を探せないですし、このままでは悪循環に陥ってしまいますよ。例えば、いつもとは違う…王宮らしからぬ趣向を盛り込んだお茶会を密かに計画するとか?突然の出来事には人の本質が現れると言います、そうやって咄嗟の行動を見るのも悪くないと思います」


「……私に面と向かってそんな提案をしてくれた人は君が初めてだ。…違うな、私がこんな話を口にすること自体が初めてなのか…?」


「…も…申し訳ありません、つい…」


「いや、レイが羨ましい。親身になって話を聞いてくれるいい秘書官が側にいて、幸せだと思う」




    ♢




「このまま外の空気を吸いたい。少し付き合って貰えるか?」


「はい」


「君は、王族の私が寝転がるのを“みっともない”と責めたりはしないよな?」


「カウチソファーがあるのに、ゴロ寝を禁止するわけがございません」


「全くその通りだ」


「私はヒールを脱いじゃいます…殿下もご自由になさってください」


「…パーティーの最中に、こんな気楽な思いをしたのは初めてだよ…」



(高貴な方は、王宮内で羽根を伸ばすのがよっぽど難しいみたいね)



レティシアはハイヒールをコロリと床に転がすと、体育座りをしてホッと息をつく。その姿を見て、アフィラムが横になりながら再び糸目で笑う。



「最初で最後のパーティーだというのに、不快な思いをさせてしまって申し訳ない」


「そんな、アフィラム殿下が謝罪をなさる必要はありませんわ…こちらこそ、助けていただいてありがとうございました」


「いや、助けは要らなかったな。…プリメラ嬢は随分と萎れていたが?」


「あれは、この神聖な銀の指輪(アーティファクト)の効果です。一時的なものですが…効き過ぎて、私も少し驚きました」



レティシアは手袋を外し、右手をアフィラムに見せる。効き目が早い分、あのプリメラならばすぐ元に戻るような気がした。



「邪気祓い、アーティファクトによる浄化か」


「えぇ」


「…ウィンザム侯爵家は我が王国で強い権力を持っていて、周りへの影響力も大きい。しかし、今の侯爵は家督を継いでまだ年数が浅く、娘はあの通りだ。私の婚約者候補からは外しているが、見初められようと無駄な画策をしている。…実は、侯爵を少し揺さぶっておきたくてね…利用させて貰う形になった。事後報告ですまない」



(なるほど…政治的な何か?それで、カインが侯爵と私の接触を止めたのね)



「お役に立てたのなら…絡まれ甲斐がありました」


「クククッ…面白い、あれ程の立ち回りをしながら君は見返りを何も求めない。つまりは欲がないんだな」


「欲ですか?今、衣食住が満たされているので、これ以上に望むことがないと言えば…そうでしょうか」


「ほぅ」


「…いえ…生きているだけで十分幸せだと言うべきですね。私は、一度死んでおりますから…」


「………それは…」


「…あっ…」


「どうした?」



レティシアが慌ててヒールを履く様子を見て、アフィラムも上体を起こす。



「アフィラム殿下、大変申し訳ないのですが…私、大公殿下のところへ行かなくてはなりません、ここで失礼をいたします。どうぞ、ごゆっくりなさってください!」



レティシアはスカートを少し持ち上げるようにしてソファーから飛び降りると、ヒールの音を立てて走って行く。



王族が返事をする前にその場を去るなど、前代未聞。

ドレスを着て駆ける女性の姿を見たのは初めてで、レティシアの素早さにアフィラムは一瞬我を忘れる。



「…おいっ…待て!護衛を…」



アフィラムが急いでレティシアを追って廊下へ出たところで、給仕係の格好をしたルークと鉢合わせた。


廊下の先には、アシュリーとレティシア…二人の姿。



「…レイ?…そうか、迎えに来ていたのか…」











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