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103 夜会では定番2



カインはレティシアを連れて料理を皿に盛った後、テーブルやソファーが並んだ寛ぎスペースに腰を落ち着ける。


飲み物を持って通り掛かった給仕係から赤ワインを受け取ると、レティシアのために水を注文した。レティシアを聖女サオリの妹だと認識している給仕係は、急いで水を用意する。



「そのドレス、よく見ると後ろ側がなかなか大胆だね。色っぽくてドキドキする…」


「前側を守った結果、こうなりました」


「…なるほど。白い肌が引き立つ色だ…とても似合っている。長い髪も令嬢ぽくって、俺は好きだな」



カインがレティシアの髪に軽く触れ、淡く漂う香油の香りをクンッと嗅いだ。



「ありがとうございます。…んっ、このお肉柔らかっ!」


「…うん、肉ね。…レティシアちゃんは、着飾った俺よりも肉に興味をそそられるんだ…」



レティシアを相手にすると、カインはどうも調子が狂う。

近くの席にはアンダーソン家の兄妹が座っていて、給仕係に扮したゴードンやルークも側に控えていた。



「まぁ、魔力持ちにも負けないそのスタイルは自慢していいと思う」


「…やだ…お姉様と同じ意見?」


「あーぁ、手を出せば確実に死ぬもんな」


「どこに手を出すおつもりで…?」



巨乳と美乳が好きなカインは、ワインを飲みながらチラッとレティシアの大きく盛り上がった胸を見て…しかめっ面をする。



「イグニス卿…ほら、こちらを見ているご令嬢がたくさんいらっしゃるわ。皆さん豊満な胸をアピールされてましてよ?夜会は成人した方のみの参加だそうですし、同意の上で一夜限りの…ってこともあるのでは?」


「…ブッ!…グッ…ゴホッ!!」


「わっ!」



レティシアがそっと耳打ちした話の内容にワインを吹き出す寸前、カインは飲み込んで堪えた。その代わり、手にしていたグラスの中身をテーブルに零す。



「ゴホッゴホッ!…何を言い出す…そういう秘めた行いは、盛り上がった若い婚約者同士や既婚者が遊び相手と…待てよ、俺に対するイメージはどうなってる…?」


「王宮のパーティーは男女の出会いの場で、夜会は大人の集まりだと聞きましたので…何となく言ってみただけですよ。そんなに動揺されるとは…」


「父上が参加しているパーティーで、俺がそっ…いやいや、何を言い訳してんだ俺?…王宮では…しない…」



ガックリ項垂れたカインが、零した赤ワインを魔法でパッと消し去る。



「…舞台の上では真っ白に輝いて妖精みたいだったのに…儀式が終わったら、いつものレティシアちゃんに戻ってしまった…」


「イグニス卿…残念そうに言うのはやめてください」



(あなたも、伯爵様がいなくなってチャラさが戻ってるじゃない)



「儀式は大変でしたし、終わった後は…殿下がご令嬢たちに囲まれたらどうしようかと気になって…」


「…あんな降り方をしたら…誰だって近寄り難い…」


「そう、私…魔法で浮いたんです!見てました?!」


「……うん、見てた。二人だけの世界だったよ…」


「ファンタジーです」


「…ふぁン…タジー…?」


「はい!…えっ?!…ファンタジーって通じないの…?」



突然、キョトリと…純真無垢な子供のように目をまん丸にしたレティシアの表情に、カインの胸がときめいた。



「……ははは……カワイィ……」



美しい少女の容姿をしたレティシアは、凛として大人びた強さと、無邪気な愛らしさを併せ持っていて魅力的だ。彼女を側に置くアシュリーは翻弄されて大変だろうと、カインは苦笑いをする。

レティシアに護衛がついていることを確認した上で、少し頭を冷やすために席を立った。



「新しい料理を取ってくる。あー…パトリック!」


「…ふぇっ?!」


「少しの間、彼女を頼んだぞ!」



近くにいたとはいっても、カインから突然名を呼ばれたパトリックは、素っ頓狂な声を出す。



「アンダーソン卿、大丈夫ですよ。私、じっとここに座っていますから」





──────────





飲み物を手にした四人グループの令嬢たちが、空いた席を目指して歩いて来る。



「…っ…きゃっ!」



楽しいお喋りに夢中になり過ぎたのか、先頭を歩いていた一人の令嬢が躓いて小さな声を上げた。

右手にワイングラスを持ったその令嬢は、レティシアのほうへ大きくよろめいて…後、数歩も歩けば倒れてしまいそうだ。



『じっと座っている』と言った途端にピンチが訪れる。

不穏な空気を感じ取ったレティシアはドレスを着ているとは思えない俊敏さで席から離れ、ワインが降りかかる危険をあっさり回避してみせた。

軽いドレスだったからこそできた行動、令嬢らしい振る舞いなどしている場合ではない。



(…あっ、放っておいていいのかな?!)



「危ないっ」



今にも転びそうな令嬢の様子にレティシアは咄嗟に手を伸ばし、後方から令嬢の左手を掴んで腰を抱える。

令嬢の身体は“くの字”に曲がった状態で、グラスを高く掲げたまますんなりと停止した。



「…………」


「大丈夫でしたか?」



そっと身体を起こして正面から問いかけた瞬間、令嬢はグラスを持った右手を離すと同時に…レティシアのほうへ投げ放つ。



「…っ…!!」



ひっくり返って落ちていくグラスを割るまいと受け止めたレティシアだったが、中の赤ワインはドレスの胸元からスカート、床にまで…派手に飛び散る。




─ クスッ ─




レティシアの耳には、人を蔑む笑いがハッキリと聞こえた。…いや、おそらくは聞こえるように笑ったのだ。



「きゃっ!ごめんなさぁい!!…私…驚いてしまってぇ」


「侯爵令嬢っ、大丈夫でしたか?!」


「プリメラ様っ、お可哀想に!」


「ビックリいたしましたわ!急に手を掴むだなんて、無作法よ」


「…いいえ…驚いてしまった私がいけないのです…」


「プリメラ様が悪いわけがございません」


「「えぇ、そうですわ!」」



火のついたように騒ぎ出す、仲良し四人グループ。



(侯爵令嬢のプリメラね。ご丁寧に自己紹介まで…どうも)



令嬢たちの動向には爪の先程も興味がないレティシアは、ため息と共にクルリと身体を翻し…近くで傍観していた給仕係へ声を掛ける。



「そこのあなた、このグラスを持って行ってくださる?あぁ…ついでに新しいワインもお願いね。それから、あなたは…申し訳ないけれど床が汚れてしまったの、片付けていただけるかしら?」


「あっ、はい。畏まりました、アリス様」


「は…はい!すぐに。アリス様」


「よろしくね」




    ♢




給仕係が素早く床を片付けるのを見届け、礼を言うと…レティシアはワインで少し濡れた右手袋を外し、食べかけのローストビーフの横へポイと投げ置いた。


令嬢たちは、未だにキャアキャアと騒いで注目を浴びようとしている。しかし、周りの視線の多くはレティシアへ向いていた。



「アリス様、新しいワインをお持ちいたしました」


「どうもありがとう」



レティシアは会釈をしてグラスをサッと受け取り、令嬢たちに取り囲まれて天狗になっている“プリメラ”にツカツカと歩み寄る。

取り巻きの令嬢たちはレティシアの足の速さにギョッとして、無意識に後退りをした。扇子を口元に当てたプリメラが、強気な目線でレティシアを見る。



「な、何ですの?…候爵令嬢の私が、先に謝って差し上げましたのよ?ここにいる皆が証人ですわ!」



謝ったとは『ごめんなさぁい』と言ったアレのことだろうかと、レティシアは首を捻った。



「文句があるのなら、侯爵家へ来なさ…っ…ちょっと?!」



プリメラが語尾を強めて扇子を振りかざそうとする…それよりも先に、レティシアはワイングラスをズイッと差し出す。



「…ご令嬢は、どうしてそんなに興奮なさっているのかしら?新しいワインをお渡しするだけですのに…」


「……え?」


「嫌だわ…まさか、私がワインを()()とでも?」


「…っ…!」



ワインが飛んで来るのを防ごうと扇子を構えた格好をしたプリメラの顔が、カーッと一気に赤くなる。












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