ヘルリックの憂鬱
声劇台本として上演しやすいよう、セリフがメインで構成されていますので、読みにくいところも多々あると思います。
それにつきましてはどうぞご容赦下さいませ。
街の角にある喫茶店「U2」。店先のプランターにはたくさんの花が咲いている。 昭和の香りのするくすんだ水色のドアを入ったところには無精ひげの男が暇そうにしている。
店主は30代後半に見える、少しくたびれた、しかしガタイがよく目つきの鋭い男性。元刑事の来栖経利である。
来栖:いらっしゃい…って、お前また来たのかぁ。
そこに現れた20代半ばの男性。色白で細マッチョ。女子ウケする甘いマスクの彼は望月ひかる。店主の刑事時代の後輩であり相棒だった男である。
ひかる:来ちゃ駄目なんですか?ここ喫茶店ですよね?
来栖:くたびれた、だ。
店主と同じくな。
ひかる:ふふふ。あ、店の前のシレネ、きれいに咲きましたね!ちゃんと育ててくれてたんだ。ありがとうございます。
来栖:そりゃ花だって生きてるんだ。
せっかく貰ったんだから、キレイに咲かせてやりたいだろ?
ひかる:そんな花好きの先輩に今日は、ほら、カンパニュラを持ってきましたよ。
来栖:なんだよ。お前はこのくたびれた喫茶店を花屋にでもするつもりか?
大体何でお前はすぐ花を贈りたがるんだ?
ひかる:それは姉さんの影響ですかね?とても花が好きで、何かあるとすぐ花を買って来るんです。お祝いだけじゃなく、落ち込んでいる時にも買ってきて「こんなに小さくても一生懸命咲いてるんだからね!シャキッとしなさい!」って。
来栖:へぇー。
んで、なんだ、お前はさぼりか?
今時のデカってのはよほど暇なんだな
ひかる:そんなわけ無いでしょ。ちゃんと仕事してますよ。今も事件の捜査中です。
来栖:スマホ見ながら捜査?
今流行のリモートってやつか。ネット社会…やだねぇ。
捜査ってのはな、1に現場、2に現場、足で稼いで鼻で嗅ぐ。
そして経験と勘から気付いた違和感に猟犬のように食らいつく…っ!
あー、いや、なんでもねぇ。
ひかる:あれ?マスターは刑事さんでしたっけ?
来栖:馬鹿言うな。とっくに足を洗ったから、今こうして悠々自適の生活ができてるンだ。
お前ら猟犬には縁のない世界だよ。
ひかる:ですね。
来栖:で、なんの用だ?
ひかる:察しが早くて助かります。元・猟犬の先輩。
来栖:うるせー
回りくどいこと言ってると噛み付いて追い返すぞ。
ひかる:や、やめてくださいよ。現役を退いて3年と言っても、目付きは全く変わってないんですから怖いですって。
来栖:なわけあるか。
結局、辞めてみれば何も出来ない心に手負いの元猟犬だ。
ひかる:弟切草、タンジー…覚えてますよね?
来栖:あ?ああ…。
復讐、お前との戦いを宣言する…
ひかる:さすが。あなたの相棒を死に追いやった、あの未解決の連続殺人事件です。
来栖:なっ!
やつが動いたのか!?
ひかる:3年ぶりの今回も、前回と同様、死体の口に花が生けてありました。月桂樹と黒バラです。
来栖:月桂樹と黒バラ?
それで、その2つの花の意味は?
ひかる:裏切りと憎しみです。
来栖:裏切りと憎しみだと?!
復讐の宣戦布告で事件を起こし、3年も経って何をいまさら…
どんな理由があるにせよ、俺の相棒の命を奪い、死体の口に花と花言葉を突っ込んだイカレ野郎がまた動き出したんだな…
で、どうなってる!
初動は?捜査の進捗は?!
ひかる:コーヒー
来栖:あ!?
ひかる:コーヒーをひとつお願いします。マスター。
来栖:あ・・・・・。
ひかる:そうですよ。まず落ち着いて下さい。あなたはもう一般人で、捜査をすることも、その内容を知る権利も、無いんです。
来栖:くそっ!
…そうだな。
お前の言うとおりだ。
相棒をやられた怒りから捜査で無茶をして、その代償にチームを外され、挙げ句、辞表を叩きつけた。
俺はもうデカを辞めた身だ。今さら関係ない。
ひかる:そうですよ。あとはあなたの可愛い後輩に任せて下さい。
来栖:けっ。
ひかる:と言いたいところなんですが、実は全く来栖さんに関係なくは無い話なんです。
来栖:どういうことだ?
ひかる:今回の被害者…実は、青木さんなんです。
来栖:青木?
…ってまさか、いつも面倒を見てくれた青木部長か!?
ひかる:はい、その青木部長です。
来栖:ど、どうなってる!?
俺の同僚と相棒を殺し、3年も経って今度は俺の上司まで!!
!!
まさか、俺に恨みを持つ奴の犯行!?
ひかる:いえ、その線は薄いでしょう。それならとっくに先輩はあの世ですよ。
花言葉の意味が関係するなら、「裏切り、憎しみ」からして、被害者が犯人を裏切って憎まれたものじゃないですかね。
来栖:裏切って?
おいおい、青木部長が誰かを裏切って恨まれたってことか?
ひかる:その辺はまだ何も…。ですが、その線で考えた方がいいと思うんですよね。
来栖:ん?裏切るってなんだ?
デカなら多かれ少なかれ誰かに恨まれるもんだろ。
そっちの線がセオリーじゃないか?
ひかる:いえ、どうもそうではないようで…。実は、前の事件も含めて、僕はずっと単独で洗い続けていたんです。その中で一つ気になることがありまして…。
来栖:なんだ、気になることって?
ひかる:はい。来栖さんは以前、山内組の麻薬入手ルートを根こそぎ挙げましたよね? うちの署で5年前から、その時に押収した麻薬の一部が行方不明になってるのはご存知ですか?
来栖:あぁ、知ってる。
番記者にはオフの話だが、末端価格で500万を超えるブツが消えてるんだったな。
ひかる:ええ、今では700万オーバーです。そしてその管理をしていたのが、最初に亡くなった赤井さんなんです。
来栖:最初に殺された赤井か?
ひかる:はい。その赤井さんです。残念ですが、確認を取ったので間違いありません。
来栖:まてまてまて待て。
その言い方だと、赤井が消えたブツに関与してるみたいじゃないか。
ひかる:はい。察しが良くて助かります。
来栖:嘘だろ。赤井と言えば、次に殺された俺の相棒・大黒の兄弟みたいなもん…
……なっ!?
ひかる:来栖さんどうしました?顔色が変わりましたよ?
来栖:いや、、、その、、、、。
まさかとは思うが、その二人とも消えたブツに関与してて、どちらもその関係者に消されたんじゃないか…と、こう考えてるわけだな、お前は。
ひかる:私は、ではなく、捜査チームは、です。
来栖:ああ、そうだな。
ひかる:今はその件について調べているところですので、また話が進めば「独り言」を言いに来ますね。
来栖:あ、いや、おう、、、頼む。
一週間後。夕暮れ時の喫茶店「U2」
相変わらず閑古鳥の鳴く昭和モダンの店内に、色白好青年が入って来る。
来栖:おお!来たか、ひかる!
それで?ホコリは出てきたのか?
あの二人が関与してた証拠が。
ひかる:出てませんでした、青木部長が殺されるまでは。
来栖:なに?
それはどういうことだ?
ひかる:この前お話した青木部長の殺人事件です。
実は死体のそばに、ICレコーダーが置かれていたんです。
来栖:ICレコーダー?
ひかる:はい、そうです。
来栖:で、その中身は?!
ひかる:告白…でした。
来栖:告白?
ひかる:はい。
来栖:部長が、、、何を告白してるんだ?
ひかる:はい。彼を含め、赤井さん、大黒さんが、麻薬の横流しに関与していたことを、です。
来栖:!!!!!
・・・・。
いや、この間の話から可能性は感じてた。だから今更驚きはしないが、、、。
じゃあ何か?
部長は犯人に洗いざらい吐かされて、証拠搾り取られて殺されたってわけか?
それとも、脅されて嘘の犯行を自供させられたか、、、。
ひかる:残念ながら前者です。スマホを解析したところ、青木部長から赤井さんと大黒さん宛てにヤクの移動先を指示する、消去されたメールが復元できました。
来栖:そうか…。
じゃあいよいよこのヤマは、、、
ひかる:はい、一連の麻薬横流しに関する事件です。
来栖:クソっ!
じゃあホシは一連の麻薬横流し事件の関係者を次々と殺害しているってワケか!
ということは、その黒幕が、足を洗おうとした三人を、裏切り者とみなして殺害したんだな。
ひかる:その線が妥当でしょう。
来栖:しかし何でICレコーダーノ話が今頃になって出てきたんだ?
元々犯行現場にあったんだろ?
ひかる:それが・・・
来栖:ん?なんだ?
ひかる:証拠としては押収してあったんですが、その告白の「もう一つ」の内容が衝撃的だったので、裏取りに時間が掛かったんです。
来栖:どういうことだ?まだこれ以上衝撃的な話があるのか?
ひかる:青木部長以下3人は、横流しを知った、当時捜査一課の星野亜香里刑事を口封じに殺害していたんです。
来栖:な!!!に!!!!
待て待て!星野といえば、あの人妻感ゼロの天真爛漫天然デカじゃないか!?
確かヤクの取引現場だとタレコミのあった雑居ビルに踏み込んだところを、三下に背後から打たれて殉職したんだよな!?
ひかる:人妻感ゼロは余計です。旦那さんとお子さんも居るんですから。
来栖:んあ?あ、ああ、すまん。
ひかる:つまりこのレコーダーは、星野刑事殺害に恨みを持つものの犯行と見せかけるための工作なのではないかとも考えられるわけです。
来栖:ちょっと待て、なんか引っかかる。そもそも捜査の撹乱か目的なら、なぜ最初に赤井をやった時に出さなかったんだ?
ひかる:その時点で出せば、これからやる他の二人に勘付かれるからでしょ?
来栖:いや、そんなはずはない。確か最初に弟切草を突っ込んでたよな?口の中に。復習の宣言を花言葉に持つ弟切草をだ。
なら、残りの二人は星野刑事殺害の復讐だと予測することは出来る。
ひかる:なるほど。ならやはりICレコーダーを最後に出してきたということは、、、
来栖:そうだ
もし俺が犯人だとして、恨みを晴らしたいとするなら、相手が3人居るんだから全部邪魔されずにやっちまいたい。
だったらラストまではネタバラシはせずに、でもひっそり種だけ蒔いておいて、完成してからジャジャーンって具合に表に出すと思う。
ひかる:なるほど、、、。ではこの連続殺人はここで終わり、、ということですか。
来栖:だと思うんだけどなぁ、、、。なぁんかまだどこか引っかかるんだ。
ひかる:どこにですか?
来栖:ん?黒バラ、、、憎しみだよ。月桂樹の裏切りだけなら納得が行くんだが、なんで裏切り者を始末しておいて「憎しみ」をアピールするんだ?憎しみってことは、恨みや遺恨があるってことだろ?
ひかる:そうですね。
来栖:ならまだなんか始末が残っていそうじゃないか?
ひかる:なるほど。言われてみれば確かにスッキリとしない終わり方ですね。しかし、星野刑事の仇を取るための犯行なら、肉親を殺されたことに対する強い憎しみや恨みがあって当然だと思うんですが。
来栖:ん??
、、、、あぁ、そうだな。
ひかる:なら、黒バラも特に違和感を覚えませんけど。
来栖:あぁ、、、確かに、な。
ひかる:まだ引っ掛かりが取れてないようですね?
現場一辺倒の狂犬が、あまり難しいことを考えすぎるとハゲますよ?
来栖:なんだと!?
気にしてるんだからそこいじるんじゃねぇよ!
ひかる:ふふふ。では僕はこの辺で。
ホシを挙げなきゃいけませんから。後始末は僕にまかせてください。全てキレイにカタがつきますよ。
コーヒー、ありがとうございました。美味しかったです。
来栖:なんだよ、いつも礼なんて言わねぇくせに。
こっちも、カンパニュラ、ありがとよ。
んじゃあしがない喫茶店のマスターはその吉報を、コーヒーでも淹れながら待つとするわ。
店を出るためにドアを開け、オレンジ色の西日に照らされたひかるは、どこか清々しい顔つきでまっすぐ前を向いて出て行った。
来栖:普通はごちそうさまっていうんだよ。ありがとうじゃなく、、、な。
眉根を寄せ、少しため息をついた来栖は、携帯電話を取り出して電話を掛け始めた。
来栖:おう、町田ちゃん?
腕利きの情報屋にちょっと聞きたいことがあるんだけど、カンパニュラの花言葉ってなんだ?裏の意味みたいな、よく知られてないやつが知りたい。
それともう一つ、ハッキングでもなんでもやっていいから、今すぐ調べて欲しいことがあるんだ。ある死んだ女と生きてる男の素性についてなんだが・・・。
数日後の深夜。とある雑居ビルの一室。
思いつめた表情のひかるが片膝を立てて座り、花瓶にもたれかかる紫苑の花を焦点の合わない目で見つめている。
来栖:よっ!ひかる!元気にしてっか?
ひかる:く、来栖さん!?どうしてここに!
来栖:ん?いやぁ、ほらここ、星野刑事が殉職した場所だろ?だから花でもと思ってな。
おー、そうか、今日が彼女の命日だから、お前も花を供えに来たんだな?
ひかる:えっ、あ、はい、そうです・・・。
来栖:それにしても、供える花がシオンとは、何とも意味深じゃねーの。花言葉は「君を忘れない」だったっけか?
ひかる:シオンの花言葉なんてよくご存知ですね。
来栖:ん?そか?この前星野刑事の墓参りに行ったらあったからな。調べたんだ。
ひかる:そう、、、なんですね。でも同じ花なんて、すごい偶然ですね。その方も星野刑事を忘れないために・・・
来栖:愛するお姉ちゃんにお別れをしに来たんだろ?
あるいは、これからそっちに行く報告か?
ひかる:え!?
来栖:そういえば、シオンには他の花言葉もあるよな?「さようなら」だっけか?
ひかる:来栖さん、さっきから一体何を言ってるんですか?
来栖:わかんねぇか?
なら分かるように言ってやるよ。
星野刑事の旧姓は望月。つまり、望月ひかる・・・お前の姉だ。
お前はたった一人の姉を殺された恨みを晴らすため、闇落ちした刑事を3人あの世へ送って、その後始末を自分の命でやろうとしている。
ひかる:そんな・・・・どうして・・・
来栖:なぁひかるよ?俺も馬鹿じゃないから、そのくらい分かるぜ。
と言っても、調べたのはデカ時代からの腐れ縁、情報屋の町田ちゃんだけどな。
ひかる:でもどうして怪しいと睨んだんですか?
姉さんは警察学校卒業後すぐに結婚して、配属されたときには旧姓を知る人は居なかったはず。だから名前の違う僕が弟だなんて思いつくはずがない。
来栖:お前、「肉親を殺された恨み」って言ったよな?
「星野刑事の仇を取るための犯行なら、肉親を殺されたことに対する強い恨みがあって当然だと思う」とか何とか。
俺がお前から聞いた捜査情報では、黒幕だ何だはあっても、そこに肉親の話のカケラも出てこなかった。なら、その肉親はだーれだ?って話になるだろ?
そこでピンときたんだよ、花、いや、花言葉にな。
ひかる:花言葉?
来栖:そうだ、カンパニュラだ。
あまり知られてない方の花言葉。言わなくても知ってるよな?
ひかる:守れなかった命、、、。日本では使われない花言葉なんですけどね。
さすが嗅覚の鋭さだけは衰えていない。
来栖:ふん!人を犬みたいに。
ひかる:・・・そうです。守れなかったんですよ、姉さんを。
ヤバいヤマに首を突っ込んでいるのは気がついていたんです。でももう家庭もあるし、昔のように無茶はやらないと思ってしまった。姉さんのバカみたいな正義感は誰よりも知っていたはずなのに!
来栖:お前が止めても、姉ちゃんはそのまま突っ走るだろ? ホシを見つけたら猪突猛進。戦闘不能になるまで手を緩めない正義感の固まりだったもんな。
ひかる:そう、、、かも知れませんね。
どちらにしても、僕のこの復讐劇の幕は上がったんですね。
来栖:あぁ。チープな劇だ。こうやって俺にすぐネタバレ食らってる三文シナリオのな。
ひかる:ふふふ、ひどいなぁ、来栖さん。
来栖:でもこの最後の幕は、無意識のお前が書いたエピローグなんだよな。
ひかる:え?
来栖:正義感が強すぎる姉の弟。なら、お前にだって人一倍の正義感はあって不思議じゃない。鋭いツッコミ口調からは分かりにくいが、お前は優しいやつだよ。
ひかる:どういうことですか?
来栖:ん?それはな、最後の復讐を遂げるまでに3年も待ったのは何故なのか?を考えて導き出された答えだ。
ひかる:・・・なぜ、ですか?
来栖:青木部長の娘さんは重い心臓病だが、ドナーが見つかれば助かることをお前は知っていた。だから待ってたんだよな?渡米した娘にドナーが現れるのを。
ひかる:ははは、何でもお見通しですか。
来栖:いんや、これは勘だ。お前とコンビを組んで知った、ホシに対しても鬼になり切れない優しい性格から想像しただけだよ。
ひかる:はぁ、、、。青木部長の娘さんのドナーが見つかったことで、すぐに復習を遂げたのは誤算でしたね。
来栖:そうだな。でもそのお陰で優しい犯人像が浮かんできた。
ひかる:優しいなんて言わないでください。復讐とはいえ、三人の命を奪ったわけですから。
来栖:良心の呵責があって、俺に捕まえて欲しいって泣きついてきたんだから、お前は弱っちくて優しいやつだよ。
ひかる:来栖さんに捕まえてほしい?
来栖:そうだ。
ひかる:そんなことは思ってません!
そもそもここのことは話してませんし、こうやってケジメをつけるための拳銃もちゃんとあります!
来栖:そうか?姉ちゃんの命日に、姉ちゃんが死んだ場所なんて、見つけてくれって言ってるようなもんだ。
大体、デカを抜けた俺に、操作情報をベラベラ喋ってくれたのは何のためだ?
俺が世話になった部長が亡くなりましたよ、でいい話じゃないか?わざわざ3年前の話を持ち出して興味をもたせたのはなぜだ?
ひかる:そ、それは、、、。
来栖:知って欲しかったんだよ、止めてほしかったんだよ、間違ってるって気づいてたんだよ!
ひかる:ち、ちが、、、
来栖:違わない。
ひかる:やめてください!自分の生命を自らの手で終わらせることで、この復讐劇は完成するんです!止めてほしいなんて思ってない!
来栖:ありきたりだな?
復讐であれ何であれ、お前は罪を犯した。被害者がたとえ罪人でも、他人の命を奪う権利は誰にもない。
ひかる:屁理屈・・・いえ、綺麗事ですね。
来栖:そうだな、綺麗事だ。だがその綺麗事があるから、このクソみたいな社会はギリギリのラインで成り立ってる。
ひかる:じゃあそのギリギリのラインを踏み越えた僕は、早々にリタイヤしますね。ありがとうございました、来栖さん。
僕を見つけてくれて、ありがとうございました。
寂しく微笑んだひかるは、そっとこめかみに銃口を当てた。
来栖:おいひかる?銃口の位置と角度はそれでバッチリだ。でもやっぱお前は半人前だなぁ。まず安全装置を外さなきゃ、銃はぶっ放せねぇぞ。
ひかる:えっ!!??
驚き、安全装置を確認するために銃をこめかみから離した瞬間、機を見逃さなかった来栖がすぐさま銃をひかるから奪った。
ひかる:わっ!!
来栖:ほい、このおもちゃは没収。
あーあ、安全装置外れてんのな。あっぶねー。
ひかる:騙したんですね!
来栖:んあ?
んなもん普通分かるだろ?
心のどこかに、後始末として命を終わらせるってことに迷いがあったんだよ。だから言っただろ、止めてほしかったんだって。
お前も、姉貴も、法に準じる立派な警察官ってことだな。
ひかるは泣いた。全てを見透かされたからなのか、それとも物語が完結しなかったことに安堵したからなのかは分からないが、その場にへたり込むように崩れ落ちた。
来栖:んじゃ悪いがワッパはかけさせてもらうぞ。逮捕権は無いからただの紐だけどな。
ひかる:ふふふ、ちゃんと勉強して下さい?
刑事訴訟法213条「現行犯は、何人でも逮捕状なくしてこれを逮捕することができる」 ですよ。
来栖:馬鹿言うな、喫茶店のマスターに刑事訴訟法はいらねぇよ。
ひかる:それもそうですね。はぁ、、、。連続殺人犯の最後が、喫茶店のマスターに捕まる、、、締まらないなぁ。
ほんと、、しまらない、、、。
そうくりかえし、下を向き床に涙の水たまりを作るひかるの肩を、来栖はそっと抱くのだった。
来栖:…そのぉ、アレだ、泣き止むまでは、、、泣いてろよ。
その位の自由は、神さんも見逃してくれるだろ…。
来栖の優しさに触れ安心したひかるは、その後しばらく泣き止むことが出来なかったのであった。
数日後の警察署前。古巣ということもあって抵抗のある場所だが、ひかるのために長時間の我慢から解放された来栖は、大きく息を吐いて天を仰いだ。しかしその表情には何か決意のようなものが見えるのだった。
来栖:さて固っ苦しい事情聴取も終わった終わった。またしがない喫茶店のマスターに戻るか。
なぁ…ひかる、、、もし俺とお前が逆の立場なら、きっと俺もお前と同じことをしたと思うぜ。それできっとお前に始末をつけてもらってただろう、、、相棒だからな。
おっと、これから喫茶店を真面目にでかくしないとなぁ、、、。んー、やっぱり花も売るか?コーヒーを飲みながら花を選ぶ、、、。これいい感じじゃねぇか?
ムショから出てきた元刑事を雇えるくらいに・・な、相棒。
この作品には名前しか出てこない登場人物がいます。
刑事3人、情報屋、ひかるの姉の刑事。実は彼らの超ショートストーリーが存在します。
この僅か20分程度の物語は、エンディングから書き始めて完成まで1年かかりました。
その間に、本編には出ては来ない彼らが、自分たちもこの本の世界で生きているんだと主張を続けてくれたからこそ、完成まで書き上げることが出来ました。
そんな彼らに贈る花はもちろん、「カンパニュラ」でしょうね。(TYR)