いつまでも好きでいてくれるなんて思ってんじゃねぇよバーカ
土曜日の昼過ぎ。
俺は自宅から数駅先の都市駅で生活用品の買い物をしていた。 買い物自体は少なかったのですぐに終わった。
だけどその買い物からの帰り道で……俺の彼女である世良菜々美がチャラそうな男と腕を組んで歩いる所を俺は偶然にも目撃してしまった。
(なんだあれ?)
傍から見たら菜々美とその男はラブラブにデートをしているように見えた。 でも菜々美の彼氏は俺だ、あのチャラそうな男ではない。
(一応証拠ムービー撮っておくか。 っておいおい、こんな所でキスなんかしちゃって……あ~あ、そのままラブホに入っていったか)
まさか休日に彼女の浮気現場を見てしまう事になるなんて思いもしなかった。 俺は手元のスマホの録画ボタンを停止し、そのままポケットにしまった。
(どうしようかなこれ)
NTRなんて漫画や小説だけの世界の話だと思ってたのに、まさか自分にもふりそそぐなんて思いもしなかった。 でも、なんでだろう……彼女の浮気現場に遭遇したのに、あまり傷ついてない自分がそこにはいた。
いや確かに俺はその浮気現場を見て少なからず衝撃は受けた。 でも衝撃なんかよりも、「あぁやっぱりなぁ……」という気持ちの方が圧倒的に強かった。 だってこの数ヶ月で、彼女の態度がどんどんと酷くなっていくのを見ていたから。
それに最近の菜々美は友達と遊ぶと言って、そのまま朝帰りをするような事を何度もしていたから、正直浮気はしてるだろうなとも思っていた。 でも浮気をしている証拠なんて無かったから、どうせ菜々美に言った所で認める事はないと思っていた。
でもまさか偶然だったけど菜々美の浮気の証拠を手に入れる事になるとは……
◇◇◇◇
俺の名前は斎藤春樹。 高校三年生の18歳で大学入試を控えている受験生だ。 容姿は平々凡々。 成績良好で気さくな性格をしてるから友好関係もそれなりだし、教師人からも一定の信頼を貰ってる。 そして俺には中学の頃から付き合っている彼女がいた。
その彼女の名前は世良菜々美。 同じく高校三年生の18歳だ。 容姿端麗でスタイルもとても良くて、現在は学校生活を送る傍らでファッションモデルもやっている凄い女子だ。 高校を卒業したら本格的にモデル業に専念するらしい。
そんな彼女との出会いは小学生の頃だった。 菜々美は子供の頃から可愛い子だったけど、真面目かつ寡黙で人見知りな性格の子だった。 だから当時の菜々美には友達はあまりいなく、いつも小学校の図書室に居るような大人しい女の子だった。
そんな俺も当時は読書が趣味だったので、学校の図書室には頻繁に通っていた。 だから俺は図書室で菜々美と一緒に本を読む事が多かった。 それが縁で彼女と話す事が少しずつ増えていき、次第にお互いに惹かれ合っていった。
そこからも友達関係を続けていき、中学二年の頃に俺は彼女に告白をした。 彼女は喜んで受け入れてくれた。 そこからはデートも沢山してきたし、一緒に勉強したり、ゲームしたり、ご飯を作ったりと、色々と二人で過ごしてきた。
菜々美は人見知りかつ寡黙な性格だったけど、俺とデートを重ねる内に次第にどんどんと明るい性格になっていった。
高校生になると、菜々美は明るい性格と元々可愛い顔をしていた事もあって、男子からモテるようになっていった。 またその頃に菜々美は都内でモデルのスカウトを受けて、そこからファッションモデルも始めた。
菜々美と付き合ってる俺としては、どんどんとモテていく彼女の事を彼氏として誇らしく思いつつも、こんなにも魅力的な女性なのだから、誰かに菜々美が奪われるんじゃないか……という嫉妬のような感情も膨れ上がっていった。
それでも菜々美はモテるようになっても本来の優しい性格は変わる事なく、俺の事を彼氏として大切にしてくれた。 だから俺も菜々美の事を彼女としてとても大切にしていたし、ファッションモデルの仕事も全力で応援していた。
でも、ちょうど一年ほど前、高校二年の秋くらいの出来事だ。 菜々美の両親が仕事で遠くへ出向する事になった。 でも菜々美は自身の仕事もあるため両親について行かず、彼女はそのまま実家で一人暮らしをする事になった。 そしてそこから菜々美の様子が……徐々に変わっていった。
今まで真面目な性格をしていた菜々美にとって、生まれて初めての一人暮らしはとても魅力的なものだったんだろう。 何をしても自由だし、両親に怒られるという事も一切無いという、魅力的な時間を手に入れた事によって菜々美のテンションが上がったのかもしれない。
そこから菜々美は外出する事が少しずつ増えていった。 その遊ぶ相手は学校の友達であったり、仕事の仲間であったりと、とにかく色々な人達と遊んでいった。 それに優しかった性格もいつの間にか自分本位でわがままな性格へと変わっていってしまった。
そして両親がいなくなって門限も当然存在しなくなったため、次第に夜遅くまで遊ぶようになっていったし、さらには泊りで何処かに出かける事も増えていった。 それについては俺が何度注意しても、菜々美は言う事は聞くことは無かった。
問題は交友関係だけでは無かった。 両親がいなくなってから、菜々美の家はどんどんと散らかり放題になっていた。 菜々美は家事全般が全く出来ない子だった。
菜々美の両親に信頼されていた俺は、菜々美の家の合鍵を預かっていた。 なので俺はしょうがなく2~3日に1回は菜々美の家に行って、洗濯や掃除などの家事全般を菜々美の代わりに行っていた。
菜々美は俺が代わりに家事全般をやっている姿を何度も見ていたのに、それについて「ありがとう」の一つも無く、あろうことか「飯を作れ」と要求しだすようにまでなった。
だから俺はこの一年間は菜々美のためにご飯を作り、洗濯や掃除も行い、日常用品が足りなくなったら買ってくるという生活を送っていた。
そしてこんな日々が続くと……まぁ当然だけど、菜々美と口喧嘩をする事が増えていった。 でも喧嘩をする度に菜々美は「もういい別れる」と言ってきた。 俺は何も菜々美と別れたいという訳では決して無かったので……俺はその言葉に怯えて、喧嘩の内容に関わらず最終的には俺が謝るというのがいつものパターンだった。
でも俺はそれでもいいと思っていた。 だって俺は彼女の事が好きだという気持ちは本物だと思っていたから。
それに今は一人暮らしが楽しくて少しヤンチャしてるだけなんだ。 だから、いつか優しかった頃の菜々美に戻ってくれるはずだ。 だから俺はそれまであの子の事を好きでい続けようと思っていた……だけど……
「はぁ……」
やっぱりこういう生活が続いてしまうと、気がつかない内に俺の菜々美に対する好きという気持ちはどんどんと摩耗していってようだ。 そして俺の心の中から菜々美が好きだという感情が無くなっている事にようやく気が付けたのは……幸か不幸か今日の浮気現場を目撃したからであった。
◇◇◇◇
菜々美の浮気現場を見てしまった後、俺はそのまま自宅に直帰してからひたすらぼーっとしていた。
浮気していた事に関しては確かに辛いという気持ちは若干ある。 でも本当に若干しかなくて、俺の心の中の95%くらいは「なんかもうどうでもいいなぁ」っていう気持ちで占めていた。 理由はこの数ヶ月で愛想が尽きたからだろう。
「……ははっ」
俺はそんな自分の心の変化にビックリして、つい笑ってしまった。 きっと1年以上前の俺だったら、こんな気持ちにはなってない。 きっとラブホに入る直前に俺は飛び出して菜々美の腕を掴んでそのまま走り去ったと思う。 そして「何してんだよ!」って本気で菜々美の事を怒っただろうし、もしかしたら涙も流したかもしれない。
それが今じゃ「あぁもうどうでもいいや」っていう気持ちになってしまうなんてな。 菜々美の事は小学生の頃から好きで、付き合ってから5年近くも経つ女の子なのに……それがたったの数ヶ月でここまで愛想が尽きるなんて想像もしてなかった。
「もう潮時なのかな」
菜々美との会話はだいぶ減ってきたので、ここ最近は喧嘩を全然していなかった。 だから“彼女の浮気”というちょうど良い喧嘩材料が今手に入ったわけなんだけど、俺の心は少し複雑だった。
「これが漫画や小説の世界の話で、もし俺が主人公だったとしたら……ここから彼女にざまぁ展開をしかける感じになるんだろうなぁ……」
手持ちには浮気の証拠ムービーもあるし、上手く使えばざまぁ展開に持っていく事も出来るだろうし。
もし俺が菜々美の事を本気で「嫌い」になっていたら、最後の別れ際でざまぁ展開に持っていこうとした可能性もあったと思う。 でも……
「はぁ、どうでもいいや」
正直どうでもいい、菜々美と喧嘩する気力すらおきない。 それくらいに彼女への愛想が尽きてしまっていた。
俺は菜々美と後腐れなく円満に別れる事が出来ればもうそれでいいと思っていた。 でも、どうやって別れるのが一番後腐れないのかな?
「……うん?」
そんな事を考えていたら、LIMEにメッセージが届いていた。 それは菜々美からのメッセージだった。
“今日ご飯作りに来て。 あと廊下の電球切れてるんだけど”
俺はため息をつきながらそう返信した。
“今日はバイトがあって忙しいからいけない。 あと電球くらい自分で付け替えれるだろ”
するとたったの数分でまたメッセージが返ってきた。
“はぁ? 生意気じゃない? ムカつくんだけど”
俺はそのメッセージを既読スルーしてそのまま放置してバイトに出かけた。
◇◇◇◇
翌日の日曜日、俺は菜々美の家に呼び出された。
「何で昨日来てくれなかったの?」
「忙しいから無理だって言ったよな? ってか俺はお前の親じゃないんだからさ、いつでもお前のために来てくれるって思うなよな」
俺がため息をつきながらそう言うと、菜々美は怒り気味になって俺に喋りかけてきた。
「はぁ? アンタ家事が出来るくらいしか取り柄がないクセに何言ってるの? 家事が出来るからアタシと付き合えてるだけのクセに口答えなんてしないでよね。 はぁ全く……それくらい自分の顔見てわかりなよ?」
会ってすぐに怒りだしたかと思ったら、すぐに今度は俺の顔を馬鹿にして笑ってきた。
「アンタみたいなのがモデルの私と付き合えてるなんて奇跡でしかないんだよ? そんな事もわからないの? まったくさぁ……別れられたくないんだったら私の言う事聞いてよね」
「じゃあ別れるか?」
俺は昨日からずっと考えていたけど、すぐに別れるチャンスが到来した。まさか向こうからすぐに言ってくれるとは思わなかったけど。
「……え?なんで?」
「なんでってお前が今言ったんだろ。 菜々美は付き合うための条件で、言う事を聞く事を条件に入れてるんだろ? でも俺は忙しいから言う事は聞けないって断ってるよな? もうお互いに無理な条件になってるんだから、もう別れるって事でいいんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなの冗談じゃん、言葉のあやじゃない! ってか、なんでそこまでムキになってるのよ!」
別に俺はムキになんてなってない。 むしろムキになってるのは菜々美の方だ。 なんで食い下がってくるのかよくわからない。 ここは「わかった」と言って、そのまま別れる場面だろうと思ったんだけど。
……まぁでもいいや、これが最後になるだろうし、俺は今までの鬱憤をまとめてぶつける事にした。
「待ってって……じゃあどうする? 俺だってバイトに勉強だって忙しいんだ、今年受験だしな。 なのに、それらの時間を無くしてでもお前のために召使いをしないといけないのか?」
「め、召使いをしろなんて、言ってないじゃん」
「じゃあ菜々美にとって俺は何なんだ?」
「そ、そんなの、彼氏に決まってるじゃん!」
菜々美が俺の事を“彼氏”だと言ってくれた。 そんな事を言ってくれたのは久々だったのでうれし……いや、ちっとも心に響かなかった。 そんな自分の心の変化に少しだけビックリしてしまった。
「……へぇ。 でもさ、俺が菜々美とデートしたのって、もう半年くらい前なんだけど?」
「仕方ないじゃん! アタシだって仕事が忙しいんだから! アンタばっかりにかまってられる程私は暇じゃないのよ!」
「いやわかるよ。 菜々美が忙しい事はわかってるし、俺はそれについて尊重してきただろ? なのに……じゃあなんで俺が忙しいのは駄目なんだ?」
「そ、れは……アンタが」
「俺が? 何、俺がどうしたの?」
「ア、アンタが……その……」
俺が聞き返しても菜々美は口ごもるばかりだった。
「もう言う事も無いんだったら俺は帰るけど? 帰って勉強したいし」
「ま、待ってよ! まだ話は終わってないってば!」
俺は踵を返して玄関の方に行こうとしたその時、菜々美は慌てて俺の腕を掴んできた。
「……はぁ、わかったから手を放してくれよ。 それで? 話って他に何があるんだ?」
「そ、それは……別れるって嘘でしょ?」
「いや何で嘘つかないといけないんだ? 俺は別れてもいいと思ってるんだけど? 自分の時間がほしいから」
そういうと菜々美はわなわなと体を震わせながら睨んできた、きっと心の中で怒ってるんだと思う。 いつもならこんなに言い返す事は決してしないし、それに普段ならもうそろそろ俺が謝ってる頃合いだと思う。
「あ、あんたと別れたら私の世話は誰がするのよ?」
「いやそれくらい自分でやれよ」
「モデルの仕事があるんだから無理よ!」
「じゃあ金があるんだからハウスキーパーでも雇えばいいんじゃないか?」
「そんな金ないわよ! 仕事の給料は全部親の口座にいってるんだから!」
「いや金ならあるだろ、毎月親御さんから多めに生活費貰ってるの知ってるぞ。 それに仕事で使う費用はさらに別途で貰ってるってのもな」
「な……なんで知ってるの?」
「昔お前の両親に会った時に聞いたからだよ。 その金全部遊びに使ってんだろ。 いやお前の金だから使い道に関してとやかく言うつもりは無いから詳しくは聞かないけどな」
前に菜々美の両親が一度帰ってきた時にその話を聞いた。 金額は一人暮らしをするには十分過ぎる程の額を毎月菜々美は貰っていた。
「そ、そんな遊びになんて使って無いし!」
「へぇ? じゃあ何に使ってんだ?」
「それは……食費とか服とか、生活するために使ってんのよ! 遊ぶために使ってるわけじゃないわ!」
「食費か、それは確かにあるだろうな、外食とかも多いし。 でもさ……俺、菜々美に呼び出されて、今まで何度も何度も飯作ってきたけどさ、食費なんて1度も貰った事ないんだけど?」
菜々美が一人暮らしを始めてからずっと2日に1回のペースで呼び出されて飯を作らさせられていた。 でも俺は菜々美から材料費などの食費を貰った事は一度もない。
「そ、それは、だって。 アンタが私の彼氏なんだから当然の事じゃない」
「いや別に食費だけじゃないからな。 この家の生活用品も全部俺が買ってきてるけど、それらの金すら俺貰って無いぞ? トイレットペーパーとか洗剤とか、今まで誰が買ってきてるかわかってるのか?」
「……わ、わかったわよ……ちゃんとお金を払うわよ、それでいいんでしょ? 何よ、結局金が欲しかっただけじゃん、なら最初からそう言えばいいじゃ――」
「あぁいや違う。 俺は別に金が欲しくて言ったわけじゃないんだ」
「……え?」
俺が金銭を要求していると勘違いされたら癪なので、俺は早々にそれを否定しておいた。 俺が言いたい事はそうじゃない。
「俺が言いたいのはな、飯を作ったり、家掃除したり、洗濯したりするなんて事はな、金さえ払えば誰だってやってくれるって事なんだ。 それで菜々美がそれらの働きに対してお金を支払う意思があるんだったらさ……いよいよ俺である必要は無いだろ? プロを雇った方がいいだろ」
「それは……」
「うん? それはなんだ?」
「……」
そこまで言うと、また菜々美は黙ってしまった。
「……まぁ別にどうでもいいや。 もう話は終わりでいいよな? それなら俺は帰るけど」
「ま、待ってよ! まだ終わってないって……!」
「はぁ? 他に何があるんだ?」
「なんなの! 春樹は私の事が嫌いになったの!?」
そういうと菜々美は涙を流してきた。 そんな悲しい姿を見せつけられても、俺の心は何も動かされなかった。 というか菜々美が何で涙を流しているのか俺には全く理解できなかった。
「逆に聞きたいんだけど、お前は俺の事好きなのか?」
「え?」
「だってさっきから話聞いてたらさ、俺の存在価値ってお前の世話係だけじゃん。さっきも言ったけど、それって別に金払えば誰だってやってくれる事だろ」
「そんなことは……」
「それに俺、お前から好きだって言われた事、もう1年以上は聞いてないからな?」
「そ、それは……でも! アンタだって私に好きだってしばらく言ってきてないじゃん!」
「……自分で言った言葉には責任をもってほしいんだけどなぁ……」
「な、なにがよ……」
俺はため息をつきながら菜々美にそう言った。
「好きって言われるのウザくて無理だから言うのやめろ! って言ったのは菜々美だからな? 俺はそれ以来お前に気を使って言わないようにしてただけだ」
「……そ、そんなの冗談に決まってるじゃん……」
「へぇ? これ以上言ってきたら別れるって言ってたけど、あれも冗談だったのか?」
「そ、そうよ、冗談に決まってるじゃん! そんな事もわからないで真に受けるなんて彼氏として最低よ! 私は愛されてる自信が無くて不安で押しつぶされそうになってたのよ!」
「……ふぅん?」
「何よそれ! 私が真剣に話してるのに、ふぅんって何よ!」
菜々美は激怒しながらこちらを見てきた。
もし今の彼女の言葉が、何とか俺に非があるようにすり替えたくてとっさに考えたでまかせの言葉なのだとしたら……菜々美は頭の回転が良い悪女だなって思った。
でもそうじゃなくて、もし今の言葉が菜々美の本心で今までもずっとそう思って出た言葉なのだとしたら……菜々美はただの馬鹿なんだなって思った。
いや実際に菜々美がどう思ってそう喋ったのかは俺にはわからない。 だって人の心の中を知ろうとするのはどうやっても不可能だから。 それに本心で菜々美がどう思っているかなんて興味はないから。
「いや、菜々美に好きだって言わなくなっても、その分俺は違う形でお前の事が好きだっていう表現をしてきたからな」
「はぁ!? なによそれ嘘つかないでよ!」
「……はぁ、わかんねぇもんかな。 あのな、好きでも無い奴の身の回りの世話を無償で……いや、むしろ俺が金を払ってまで世話なんてするわけねぇだろ。 好きじゃなきゃそんなことするわけねぇだろ」
「そ、れは……」
俺がそう言うと菜々美は狼狽えた
「それともなにか? お前は俺が誰であろうと身の回りの世話をする奴に見えてたのか? そんな聖人君主に見えたのか?」
「う、あ……」
「ほらな? 俺は好きだと言わなくても、今までずっと好きだという事は体で表現してきたぞ? じゃあお前は? 俺に何かしてくれたのか?」
「う、うぅ……」
菜々美は唸る事しか出来ないようだ。
「お前の言葉をそっくりそのまま借りるのであれば、菜々美が俺の事を好きなのか不安だった……っていう事にしとくかな。 それで? 何か言う事があるなら何でも聞くぞ?」
「そ、それは……え、えぇっと……」
菜々美がしどろもどろになる。 俺はそんな姿を見てまたため息をついた。
「まぁ最後にお前が俺の事を好きじゃないって事がわかっただけでもいいわ。 俺の事を好きでもない奴を“恋人”だって縛りつける方がキツイわ。 なぁ、もういいだろ、俺帰るからな。 あ、鍵も返すわ、もう二度と入る事も無いだろうし」
俺はそう言って鍵をテーブルの上におく。
「それじゃあな」
「待ってってば!」
俺は今度こそ帰ろうとしたその瞬間、必死な顔をして俺の腕を掴んできた。
「わ……わかったわよ……」
「はぁ? 今度は一体なんだよ?」
「私は春樹の事が好き……今まで全然言ってこなくてごめん。 これからはちゃんと好きだって言うし、春樹の事を一番に思うようにする。 それに春樹がしたい時にはいつでも体も差し出すから。 だから私の所に戻ってきてよ、お願いだから……」
「菜々美……」
俺はそんな事を言う菜々美の顔を見つめた。 悲痛のような……そんな感じの表情だった。 俺はそんな悲痛な菜々美の顔を見て……
「……はは」
「は、春樹、じゃ、じゃあ――」
「あぁ、本当に……ムカつくなぁ」
俺が笑った事で、菜々美は許してもらえたと思ったらしい。 でも俺の頭の中はそんな思考とは真逆の事を思っていた。 そもそもそんな悲痛な顔をする意味が俺にはわからないし、知りたくもない。
「は、るき……?」
「そう言えば俺が戻ってくるって本気で思ってるんだとしたら……それは俺の事を馬鹿にしすぎだろ。 これでムカつくなっていう方が無理だろ」
「ち、ちがっ……私は馬鹿になんてしてな――」
「いやそもそもさ、俺が今まで菜々美のためにしてきた事は全部見向きもしなかったくせに、なんで俺がいなくなろうとしたら、今更になってそんな慌てるの? 別にいいじゃん、菜々美の世話をしてくれる人は他にも沢山いるんだからさ」
俺はそこまで言ってから一息ついた。 でもまだまだ言いたい事はある。
「それに体を差し出すから戻れって言うけどさ……なんでそれで元に戻れるって当たり前のように考えてるの? 俺の気持ちはどうなの? 菜々美の体を抱きたいだなんて別に思ってないかもしれないじゃん」
「え……」
「あぁいや……うん、その話はもうどうでもいいや。 なぁ、もうこれでいいだろ、俺はもう帰るから。 じゃあな、今までありがとう」
「待っててば! まだ話は終わってないって! ねぇって!」
俺は菜々美の言葉を無視して踵を返し、玄関の扉に向かった。
「なんでよ! だって春樹付き合う時に言ってくれたじゃん! 一生離れないって言ってくれたじゃん! ねぇ、無視しないでよ! こっち見てってば!」
まだ菜々美は話を続けていたけど、俺はそれも無視して菜々美の家の外へ出て行った。 もう二度とこの家に来る事は無いだろうけど、でも後悔もなければ悲しい気持ちも無い。
菜々美と付き合ってから5年くらい経つのに、別れる時は本当に一瞬だった。 最後にもう一度だけ、菜々美の家の方に振り返りながら一言だけ呟いた。
「いつまでも好きでいてくれるなんて思ってんじゃねぇよバーカ」
(終)
どんな事があっても彼氏は絶対に私の事を好きでい続けてくれると思っていた女と、好きでい続けようと思ったけど愛想がつきてしまった男の話でした。
「好き」の逆は「嫌い」ではなく「無関心」だという事を表現してみたかったんですけど、上手く伝わりましたかね?(最後に浮気について言及しなかったのはそのため)
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