江戸城の堀で鴨を
ある日の江戸城、西の丸。俺、国千代は近習に堀の縁に連れ出されていた。
「国千代様!あそこに鴨が見えるでしょ!あれ撃ち取って上様(秀忠)に差し上げればきっと喜ばれますよ!」
……喜ばれますよ、じゃねーよ。その鴨撃ち取って料理して出したら父が
「将軍となる兄の住む城に向かって鉄砲を撃ちかけるとは不敬千万。許せぬ。」
とわざわざ吐き出して立ち去り、それまで俺の味方だった父上にガッチリ見捨てられた最悪の出来事じゃねーか。
「いや。駄目じゃ。兄上が住む城に向かって鉄砲を撃つなど不敬である。ならぬ。」
と冷静に答える。この冷静さが一回目の人生に欲しかった、俺。
「なにをいいますか!国千代様!そんな腰抜けでは武士の名折れですぞ!」
「ほれ、この鉄砲を持ちなされ。」
と近習共は鉄砲を押し付けてくるではないか。こういう取り巻きがいたから事態が悪化したのだな、と思ったがとにかくここは回避だ。
「ならんといったらならん。俺は帰る!」
「この腰抜け国千代君!ほれ、鉄砲持ちなされ!」
と強引に押し付けてくる近習共ともみ合っているうちに……鉄砲が暴発して気がつけば俺の胸は真っ赤になっていた。
「なんじゃこりゃあああ!」
そもそも鉄砲の火縄付けておいて振り回すなよ。俺本当に家臣に恵まれ……そしてまた死んでしまった。
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「おお忠長よ、しんでしまうとはなにごとだ。」
「今回はあきらかに相手が悪かったのでどうにかしようと頑張ったのですが……。」
「うむ。善意のつもりで悪しかなさない愚か者はいるということだな。」
「御意。しかしこのままこの場に戻されても抵抗できないかと。」
「うむ……今回はもうちょっと前に戻れそうだぞ。」
「ありがたき幸せ。」
「おう、なんとかしてみせよ。ここを乗り切って父の信頼を裏切らないのはどう考えても重要だからな。」
「はっ」
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……気がつくと堀に鴨を撃ちに行く日の朝であった。まだ堀についてない!
「天さん!天さん来ておくれ。」
「近習共がこれから鴨を打ちに行こうと誘いに来るのだが……」
かくかくしかじか、と天さんに伝え、その後の善処策を相談し、準備の上で待ち構えた。
そしてのこのこ現れた近習共に俺だけではなく荷物を持った天さんも着いてくる。
「……その御仁は?」
不審に思った近習が聞いてくる。
「俺の師匠、天さんだ。」
「若様の師匠は大久保彦左衛門様と思っていたのですが……」
「大久保様も忙しいから天さんにも師匠をお願いしているのだ。」
と話す内に件の堀に着いた。
「さあさあ若様、あの鴨を撃ち取って……」
こいつら意地でも俺に鴨を撃たせたいのか。むしろ兄を支持する春日局が送り込んだ刺客なんじゃないか、とか思い出したわ。
「いやいや、お断りいたす。次期将軍たる兄の住む城に……」
と断ったが、今回も
「いやいや国千代君そんな腰抜けでは……」
と強要してくる。しかし今度は俺も手抜かりはない。上半身をはだけると着ているのは鎖帷子に手には手甲!
「若様!どうしても撃っていただけぬと言うなら容赦しませぬぞ!」
どうしてお前ら俺にどうしても城に撃たせたいのだ。しかしここは俺も譲らぬ!大久保彦左衛門の折檻に耐えたこの肉体受けてみよ!
「ぐはぁ!」
俺の打撃に一番手前にいた近習が腹を撃ち抜かれて倒れる。手甲の破壊力は最高だぜ!
「かくなる上は国千代君を囲んで気を失った所に火縄銃をもたせて撃たせるぞ!」
と近習(だったはずなのだが。)共は抜刀して俺を取り囲む。
……やはりなんらかの陰謀か。てかなんでそこまで大事に。
「天さん、頼みます!」
「おう!」
と天さんが参戦すると、さすが長生きしている剣の達人。あっという間に峰打ちで近習(だよな?)の意識を刈り取っていく。俺も手甲で立ちはだかるやつの顎を打ち抜き、しばらくすると近習共はすべて俺達の前に横たわっていた。とはいえこちらも小傷や泥だらけだぜ。毒とか刃に塗られてなくてよかった。たぶん。
「国千代様。」
「天さんさすがです。ありがとうございます。」
「では手筈通りに。」
俺たちは近習……らしき奴らを筵で簀巻きにすると抱え、馬に乗って今度は間違いなく信用できそうな近習を連れて後ろに簀巻きにした連中を積み込んで、江戸城の門へ向かった。
「若君!えらく酷い風体ですがいずこに!」
門番が聞いてくる。
「うむ!父上のために鴨狩に行こうと思ってな!」
「その後ろの荷物は?」
「鴨をおびき寄せる餌よ!」
とやりとりして、表情こそちょっと不審そうだったものの無事に門外に出ることができた。
そして江戸城から馬を走らせ、西の山の手の原野に行くと簀巻きにした連中を叩き起こし、天さんが尋問を開始する。
……さすが名高き忍者書くのも悍ましいような拷問の末、近習に潜り込んでいたものは吐いた。
「……柳生の手のものにございます。」
「なに!」
「もし事がならばいずれ秀忠公を毒殺する計画にて……うがぁあ!」
話してはいけないことを話すと奥歯に仕込んだ毒を自分で噛んで自害するようになっていたようである。恐るべき柳生。
「……天さんこの者共の死体はその辺の川に放り込んでおいていいかな?」
「でしょうな。どうせ足がつかないようになっている者共でありましょう。」
俺たちはそれから鴨を撃つと、料理して父秀忠公に供した。
「この鴨はうまいな!いずこのものじゃ。」
「は、城を出て西の原野、渋谷の辺りで捕りました。銃は西に向け、決して江戸のお城には向けぬようにいたしました。」
「その気遣い素晴らしい!これからもそのような細やかな気遣いをしていくように心がけるのじゃぞ!」
「はっ!」
……どうやら父を敵に回さずには済んだようである。さて、こうなると問題は今後の柳生と春日局の動向か……
江戸城で撃たなかった話。