忍術争いの陰謀
俺、のちの駿河大納言事徳川忠長こと国千代は密かに駿府城の祖父、大御所徳川家康の居室の廊下に忍び込んでいた。
「……天海よ、わしは家光は一見引っ込み思案だが芯があり、名君の資格があると思っておる。」
「殿の仰せのとおりでございます。」
と応えたのは『黒衣の宰相』天海僧正である。内々のことはこの二人がこっそり企んで、それを本多佐渡守正信様と相談し、という感じで肉付けしていくことが多い感じらしい。
「国千代の方は」
と俺の話をはじめたので聞き耳を立てる。
「国千代は前はまぁ見かけだけがよくて賢しいただの小童だと思っていたわ。どうせ成人しても自分の国一つ収めるのもままならないだろう、と。」
酷い言われようですが現実はまさにそのとおりであります大権現様(予定)。
「しかしこの間駿府城で謁見した際な……」
と言ってこの間の事を話しだした。もちろん太刀で峰打ちにして撲殺してしまったことなどは入っていない。
「……という訳でわしは国千代にもなにか今までにない可能性を感じてしまったのだよ。」
「おお、たしかにそれは国千代様にも興味を持ちますな。」
「うむ。そこでじゃ。」
と言って語られたのは恐るべき陰謀。伊賀と甲賀の二家を争わせて伊賀が生き残れば兄竹千代が、甲賀が生き残れば俺を次期将軍とする、というのだ。
これは豊国大明神様が
「なんか世界が色々変化しているようだからこのようなことも起きるかもしれん。ついでに見ておけ。面白いし。」
と言って見せられた『伊賀と甲賀の忍者が争って双方全滅するも伊賀の勝となり家光が将軍となった。』あの話ではないか。そんなのさせても無駄じゃ。どうせ俺は負ける。
と思ったら体勢を崩して思わず大御所様の居室に襖を突き破って飛び込んでしまった。
「何奴!」
と言って大御所様が刀を正眼から一閃し……俺は真っ二つに斬られてしまった。
「……国千代が何故ここに。」
「まぁこれで候補が決着ついたということで……」
「そうであるな。」
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「のう忠長、しんでしまうとはなにごとだ。」
「大御所様なにげに免許皆伝の腕前なれば。」
「うーん。しかしこの状況、なんとかしないといけないようだな。」
「大久保彦左に鍛えられた経験で挑んでみます!」
「お、おう。」
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「何奴!」
俺は大御所様の一閃した太刀を身を躱して避けた!
「お、国千代ではないか。」
「大御所様、天海僧正様、聞いていただきたいことが。」
「なんじゃ聞いておったのか。話のとおりじゃ。伊賀と甲賀を争わせて甲賀が勝てばお主が将軍じゃ。」
「それでは無駄死にする忍者が可哀想でござる。」
「なにをいうか!その様な下賤のものの命など天下の大義の前には意味をなさんわ!その様な甘ったれた考えでは将軍にはなれぬ!」
と言って大御所様は今回横薙ぎに太刀をふるい、俺は上下がまっぷたつになった。
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「しんでしまうとはなにごとだ。」
「大明神様省略するとは何事だ。」
「まぁここは何度かやって太刀筋を見切るしかないか。」
「いや何度も死ぬのは勘弁してほしいのですが。」
「まぁ行ってこい。」
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「何奴!」
大御所様の太刀を避ける。
「国千代であります!聞いていただきたい儀が。」
「小童が盗み聞きして口を出すか!」
と言って横薙ぎ。それを俺は後ろに飛び退って避けた!
「ぬう、国千代、この間から思っていたのだがお主からは死線をくぐり抜けた老練な武士の空気を感じる。」
いやーそこまでではないですよ。
「して、話とは。」
俺は前回と話の方向性を変えることにした。戦国の世を生き抜いた武将に安直なお涙頂戴は効かぬ。
「伊賀と甲賀を争わせ、買った方で将軍を決めるという話、興味深くはありますが、私はそれにはいくつか問題点があると思います。
ひとつには私は将軍になる気がなく、兄、竹千代を将軍としてもり立てていきたい所存。」
「それほどまでの才覚を持ち、野望を持たぬとは逆に疑わしいが?」
と天海僧正が聞いてくる。
「私自身は兄、竹千代にはまったく落ち度がないと思いますが、たとえ兄が私よりも明らかに劣っていたとしても兄が継ぐのが自然ではないでしょうか。私は兄にはまったく及ばないと思いますが、例えば周公旦は王にならなかったではありませんか。」
「ぬう。見事な答えですな。」
「な、こう言われるとむしろ試したくなる。」
お願いだから平和に生きたいから試さないで。
「もう一つあります。聞けばその争わせる伊賀と甲賀、世にも稀な高度な忍術の使い手で、今回けしかけることがなければ平和裏に近々統合すらされよう、と言うではないですか。」
「しっているのか半蔵。」
と控えていた服部半蔵様に大御所様が聞く。
「国千代様の仰るとおりでございます。太平の世にはむしろ無用のものと考え磨り潰しても構わないと思いましたが。」
「大御所様のお陰でたしかに天下は太平となりました。しかしまだ蠢いている者どもはいるのです!例えばバテレン!イスパニア!国境を閉じている島津!そして大坂の残党。」
「うーむ。そういえば明石全登もまだ見つかっておらんな…」
「真田信繁も偽物で幸村と名乗って逃亡したという説もありますぞ。その恐るべき十勇士という忍軍も生死不詳とか。」
「ですからこの様な戯れで使い潰すのではなく、むしろ恩を売って徳川のために働かせてはいかがでしょうか?」
しばし考えた後大御所徳川家康公が口を開かれた。
「うーむ。わしとしては今の話を聞いてむしろ国千代に興味を持ったが、竹千代に対するその忠義もまた見上げたものである。ここで忍者を無駄に処分することもなかろう。
国千代よ、跡目は竹千代とするがそれでよいのじゃな?」
「はっ。」
「ならばよい。伊賀と甲賀の忍軍争いは沙汰止めじゃ!」
こうして俺は無事に大御所様の居室から下がることを許されたのであった。とりあえず忍者の争いがどうなるかはしらない。多分大丈夫だと思うのだけど。