駿府城でまたお目通り
「しかして、お主がこうなりたい、という武将は誰じゃ?」
俺のお祖父様先の征夷大将軍徳川家康公は駿府城の大広間で俺、国千代こと将来の徳川忠長に聞いた。これまで回答に失敗して処され続けてきた俺は、ここで必殺の名回答を繰り出す!
「井伊直孝殿にございます!」
「おお、直孝か、それはなぜに?」
俺は滔々と直孝殿の美点を語り続ける。父井伊直政殿の勇猛さを継いだ戦上手であり、彦根の統治でも、幕府の政治でも活躍されている云々。
「……そして直孝殿が鷹狩に出られたときにある寺のお堂で猫が手招きしているのに会ったのでございます。直孝殿はその猫の可愛らしさもあってお堂に入ったところ、にわかに雷鳴が轟き、雷雨となり、先程直孝殿がいた所に雷が落ちたのです!こうして猫の招きで直孝殿は雷雨を避けることができ、その猫は『招き猫』として吉祥の象徴となり、世に招き猫の像が広く作られるようになりました。かように直孝殿は素晴らしいもののふなのです!」
ふふふ。豊国大明神さまに見せてもらった映像から直孝殿の逸話、『招き猫』だ!実は今の時点ではまだやっていないのかも知れないが、そんな事は知らぬ。
「おお、そのようなことが。さすが直孝。猫も愛らしいのう。」
お祖父様が相好を崩してほほえみながらうなずいている。やった、勝った!と思った次の瞬間、
俺はふっ飛ばされて柱に激突していた。
何事、と思った俺の前に我が父徳川秀忠が立ちはだかる。
「くーにーちーよー!!お前なあぁぁあ!確かに井伊直孝殿は立派な武将だが、『次男』だぞ、じ、な、ん。長男の直継殿を退けて井伊の宗家を継いで彦根の太守となり、直継殿は少禄を与えられて政界の中央から離れているのだ!」
「で、でも直継殿も名君ではありますし、それに長生き……」
あ、長生きは今の時点では知ったことかか、と思った次の瞬間またふっ飛ばされた。
「この馬鹿者がぁ!!!直孝殿に倣う、ということはお前が将軍を継ぎ、兄竹千代は捨扶持を与えて追い払うという野望に他ならん!なんたる傲慢、なんたる不敬!典雅許してもこの秀忠が許さん!!!オラオラオラオラオラオラオラオラァ嗚呼嗚呼!」
父秀忠の繰り出す剛拳の連打に俺はボコボコになり、ボロ衣の様になった。
「ふん。そのようなものは息子でもなんでもない、棄てておけ。」
と父に言い放たれた俺は、ムシロで簀巻きにされ、
「若様御免」
と駿府城の堀に投げ捨てられて生涯を終えてしまったのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おお忠長よ、またしんでしまうとはなにごとだ。」
「さり気なくまた、を付けないでください豊国大明神さま。」
「うーむ。今回は惜しかったの。内府は乗り気だったようだが。」
「こうなっては奥の手を出します。」
「おお、いい手があるのか!行ってこい!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「国千代よ、お前が目標とする武将は誰だ?」
お祖父様がまた聞いてくる。またと思っているのは俺だけだが。
「はっ!わたくしは我が父、徳川秀忠公の様な立派な武士になりたいです!」
「なんと。」
と父が思わず答える。
「父、秀忠公は政治にすぐれ、人々を思いやる心があり、諸侯もこころから
敬愛・心服しております。父のように人々に愛される優秀な政治家を目指したいかと。」
「おお……国千代よ、父のことをそこまで思ってくれているのか。」
父の目が潤んでいる。
「父上!」
「国千代!」
と固く抱き合うために駆け寄ろうとした俺だったが、次の瞬間ふっとんだ。
「秀忠、秀忠だと!許さぬ!許さぬぞ!秀忠は我が嫡男信康が馬鹿な家臣共に
担ぎ上げられたため、処せねばならんかったがゆえに三男でありながら
二代将軍となることになったのだ!信康がいれば秀忠なぞ熊本あたりで
熊と遊ばせているわ!国千代、貴様兄竹千代を廃嫡させて後に成り代わろうというのだろう!
許さぬ!許さぬ!わしの信康を返せ!」
と言って太刀で激しく殴打してくる。
「父上!それでは国千代が死んでしまいます!」
と父上が止めてくれたが
「安心せい、峰打ちじゃ!」
と言ってますます激しく打ち付けられる……お祖父様、日本刀は立派な
鉄棒ですから、峰打ちでも痛い、というか死ぬのですが。出羽の最上義光殿とか
思いっきり戦場で鉄棒奮っていたのですが……とすでに意識が遠くなり
他人事のようになっていった……
「父上、国千代は事切れております。」
「ならばよし!」
……ならばよし!じゃねーよ、と思いつつ俺はいつもの死後の世界に入っていった。
遺体は家臣たちが「若様御免」と言って運んでいったという……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おお忠長よ、しんでしまうとはなにごとだ。」
「とよくにだいみょーじんさまー、またやってしまいました。」
「お主ほんと徳川父子の地雷を踏むのが上手すぎるな。むしろ地雷に自ら当たりにいくと言うか。」
「この『おぬしの憧れる武将は誰だ?』の質問から逃れさせてくださいよ。いくらなんでもいい加減死に過ぎだと思うのです。」
「それがだな、わしがお前に干渉した影響でな、この場面からは逃れることができないのだ。」
「え?」
「だからやり直しは出来るが、干渉によって固定された状況ができてな、そこはなんとかしてもらわないとならんのだ。」
「マジすか。」
「マジ。」
「……とにかくお祖父様と父の怒りを買わない『尊敬する兄弟の弟にあたる武士』を応えないといつまでたっても『若様御免』から脱出できないと。」
「さすが駿河大納言殿、その通りだ。」
「ううう……」
そして俺と豊国大明神様はあれやこれや相談し、
「この人なら流石に大丈夫でしょう!」
「おお、あのものか、流石に大丈夫と思うが。よし行ってみよう!」
「え、待って、もうちょっと考えさせて……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
戻ってきました駿府城大広間。いい加減なんか俺にとって呪われた部屋に見えてきた。もし将来また駿府城を与えられたら絶対改築してやる。上段のお祖父様がいう。
「うむ国千代よ、お主が将来あやかりたいと思っている武将は誰じゃ?」
どうやら状況はまったく同じでも台詞などは多少は変わるらしい。
「はい。大久保忠教殿にございます。」
「おお、彦左衛門か。三河物らしい忠義者だの!」
「彦左なら間違いありますまい。兄の大久保忠世を支えてよく徳川家に仕えてくれました。」
「そうよの、忠世が死んだ時も忠世の所領を与える、と言っても自分の功績ではない、と辞退して忠世の嫡男の忠隣に譲ったぐらいだしの。」
「本当に無骨ながら忠義の塊のような男ですな。」
「おうおう。大阪夏の陣でも真田信繁に責められたわしを本陣で守ってくれた!」
お祖父様とお父様は楽しそうにやり取りをしている。やったぜ!ついに俺はこの場を乗り切れたようだ。
「うむ。ならば彦左衛門を呼べ。国千代の賦役として三河者がかくあるべし、と教え導いてもらおうではないか。」
え?本人来るの?そんな話聞いてない。
「彦左にございます!大御所様(徳川家康公)!およびでしょうか!」
「うむ、そこにおる秀忠の息子の国千代がお主にあやかりたいと申していてな。ぜひ三河者の魂を国千代に伝えてやってほしいのじゃ。」
いや、俺そんなこと言ってない。
「おお、大御所様!彦左にそのような重要な役目を与えていただけるとは。この彦左、感激のあまり腹を切りそうであります。」
いや、腹切らないで。
「かくなる上はこの彦左、国千代君を立派な三河武士に育て上げ、将軍家への忠義のあり方というものを叩き込みたいと思います。」
いや、お願いだから叩き込まないでせめて優しく教えて。
「おう!彦左!頼んだぞ!」
「わしからもぜひぜひお願いいたす!彦左殿!」
いや父上もお願いしないで止めて。
「では若君参りますぞ!三河武士にふさわしい忍耐と鍛錬を積んでいただきます!」
「いや俺、じゃなくてわたくし一応将軍家の若君だから鍛錬はともかく忍耐はぁ!」
「謙遜することはありませぬ!父上や兄上をどんな状況でも守り通せる立派な武士にこの彦左衛門が鉄拳を持って教育して差し上げます!」
……こうして嫌がる俺をガシッと抱えて、ニコニコしながら手をふるお祖父様と父上の前から大久保彦左衛門忠教殿は駿府城の大広間を退出されたのだ。
命は助かったが本当の意味で俺が助かったかどうかは俺は知らない。