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九州探題

 無事に宇土城を攻め落とした俺たちだったが、豊臣秀綱と毛利勝永、そして真田幸村主従の行く手はついにわからなかった。


 俺は島津家久殿や相良長毎殿に厚く礼を言って軍勢を解散した。天さんや柳生配下の忍軍によれば


「どうやら秀綱一行は天草諸島に逃げ込んだ様子です。」


 と報告された。俺は天草の領主、唐津の寺沢堅高殿に豊臣秀綱一行の捜索をお願いする文を送って、加藤父子を引っ立ててひとまず京都所司代に向かった。


 京都所司代で加藤父子を引き渡す前に、松平忠輝様は


「いくら何でも流人がふらふらしすぎてはいけないからな。」

本音をいうとそろそろ疲れたので飛騨の温泉にでも入りたいのだよ。」


 と言い残して飛騨高山に帰っていった。


京都所司代に到着すると、所司代の板倉重宗殿が俺に声をかけてきた。


「忠長様、ご苦労さまでした。しかし肥後の加藤父子が真田らと結託してこのような事を起こすとは。」

「当方としても目が回る思いでした。」

「寺沢堅高にはこちらからも通達を出しているのですが。まるでやる気が感じられませんな。」

「年貢を搾り取る以外に興味がなく、困った男です。いい加減見つけてくれないと。」

「そういえば上様が二条城でお待ちです。」

「兄上が?」


 こりゃあちこちウロウロしすぎて兄上切れてしまったか?と俺はビクビクしながら二条城に向かった。すると、二条城の番が


「上様は御所に向かわれました。忠長様は明後日御所に来るように、との伝言です。」


 こりゃ主上の前で断罪かも、とますます冷や汗をかきながら、俺は2日後に京都御所に参内した。京都御所に着くと、主上の座った御簾の前に兄がいる。


「おう、忠長か!今回は大変だったな!」


 兄、徳川家光の顔は明るい。うん。もしかしたらなんとかなるかも。


「加藤の件は聞いたぞ。」

「で、加藤の処分は?」

「父の加藤忠広は秀綱一派に薬を盛られて正常な判断ができなくなっていたそうだ。なので改易して出羽に流すことにした。」

「確かに呂律も回らず訳のわからないことを喚いていたのが京に近づくにつれてまともになってきました。」

「医師の見立てでは薬が抜けてきたのでは、ということだったな。」

「息子の方は。」

「あれは本物の愚か者だな。密かに病ということで。」


 兄は首を手刀でシュッとやってみせた。


「それしかなさそうですね。刑場に引き出して下手なことを言われても。」

「困るしな。ところで忠長。」


 来たよー。助かれ、俺の命。


「加藤家の後だがな。」

「細川忠利では?」

「お、それは良い考えだな。しかし今はまだ真田や毛利がどこに潜んでいるかわからず心許ない。」

「では武勇に優れた水野勝成殿?」

「いくらなんでもせっかく福山が軌道に乗ってきたのに取り上げては気の毒だろ。だからお前だ。」

「お前、とは珍しい名前ですな。」

「じゃなくて、お主、徳川忠長が熊本を治めよ。」

「ひぇぇぇ。」

「悪いが駿府は一旦収公させてもらうぞ。」

「す、駿河城御前試合が……星流れが……」

「御前試合なら熊本で開けばよいではないか。うむ。俺もやろうかな。でだ。甲斐・駿河は収公して肥後の大半、となると大幅に減封だな。まあ色々ウロウロしたからしかたないな!あはははは。」


 なんか兄上楽しそうです。


「しかし。」


 と言って突然兄上は真面目な顔をした。


「駿河を取り上げて九州では不憫である。」

「おお、なんという慈悲。」

「そして駿河と九州、ということで縁を感じた俺は徳川忠長、お前を九州探題に任ずる。」

「え?」

「駿河が本国で九州を収める、となると九州探題今川家ではないか。なんとぴったり。俺って天才。」


 と一人でうけている兄。


「ついでに徳川辞めて今川氏真殿の養子になって今川になったらどうだ?」

「いやそれは流石に」

「冗談だ。」


 兄の目は笑ってない。うん。身の危険を感じたら本当に今川に改姓しよう。


「で、領国なのだが、相良は今回の件でも忠勤しており、転封とはいかぬ。恩賞として島津とともに官位を上げておいた。」


 それで二条城なのか。その時、俺に声がかかった。


「九州探題とは大層なご出世、忠長殿、めでたいでおじゃる。」


 聞き覚えのある声の方を見ると……烏丸中将!


「か、烏丸中将!ここで何をしている。」

「何を言うでおじゃる。麿は烏丸大将でおじゃる。九州探題殿は我が不肖の弟の過ちを止めてくれて感謝しておるでおじゃる。」

「か、烏丸大将?」

「そうでおじゃる。烏丸大将。」


 なんか納得がいかない。


「これ、忠長、烏丸大将殿は我らが徳川家のために色々衆生との間を骨折ってくださっているのだぞ。」


 と兄から。


「はっ。烏丸大将様、今後とも宜しくお願いします。」

「うむ、『今後共』よろしゅうな。」


 なんか言い方に含みがある気がする。やっぱり怪しい気がする。


 ちょっともやもやもあるが、俺は一旦駿府に戻ると、駿府城を幕府の上使に引き渡した。

ここで朝倉宣正は俺の家老を辞めて、越前の自分の所領に行くことになった。


「殿!この朝倉、殿に仕えて幸せでした。」

「領国にあまりいない俺に代わって駿河を治めていただき、とても助かりました。今までありがとう。」

「この朝倉が故郷に錦を飾るのを許していただき、本当にありがとうございます!」

「朝倉殿ならうまくやるでしょう。どうかお元気で。」

「ありがとうございます!殿もお元気で。」


 鳥居成次は肥後に一緒に赴任したので、鳥居成次を筆頭家老として俺は肥後熊本城に着任した。駿河時代の家臣の多くは兄が新しく甲斐や駿河の城主に就けたり、新しい城主に仕えさせたので俺は肥後で飯田直景殿を始め多くの加藤遺臣も雇い入れた。そして


「忠長殿!もうちょっとお世話になる!」


 と柳生三厳がいる。


「なぜ?」

「いや、まだ『上様からは謹慎中』の身ということで。」


 荒木又右衛門もそのまま俺の配下となり、そして


「宮本武蔵です。」

「はい。」

「カテジナがこの辺に潜伏していると思うので仕官させてください。」


 というわけで宮本武蔵殿もいることになったのだ。そしていくらたっても豊臣秀綱たちは見つからず、寺沢堅高は職務怠慢、ということで天草諸島はお取り上げで減封となり、天草諸島も俺の領地となった。


 こうして九州探題徳川忠長が爆誕した。こうなってしまうと豊国大明神様に見せていただいた知識はまるで役に立たなさそうだ。どうなる?俺。

なんかキャラが当初の予定を超えて勝手に動き始めてしまいました。どうなる俺とこの話。

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