捨て童子
真田信之殿から貴重な情報を頂いた俺達は松代を出発すると、飛騨高山の金森重頼殿の所へ向かった。その途中一旦所領の信州小諸にこっそり戻ると、兄、徳川家光公から文が届いていた。それには
「先日は悪かった。怒ってないから戻っておいで、と言いたいがそれもすぐは難しいだろう。烏丸中将の暗躍の報告は読ませていただいたので十兵衛が逐電中、ということで対応するのを密かに許す。諸侯の所に行くとき、不便あらばこの天下御免状を見せるがよい。」
とあった。さすが兄上、反省してくれたらしい。兄に感謝の意を表した書を送り、高山に着くと早速金森殿が出迎えてくれた。
「こちらに預けられている松平忠輝殿にお会いしたいのですが。」
「承りました。こちらにございます。」
と金森殿が案内してくれた屋敷の広間に入ると、魁偉な顔をした巨人とも言うべき漢がいた。俺も兄と違って体格は大きい方だが、俺よりもずっとでかい。
「忠輝殿。徳川忠長でございます。この度は……」
と言いかけた俺は顔に衝撃を受けて吹っ飛んだ。
「あべしっ!どうされ……ひでぶっ!」
次に腹に衝撃を受けて壁にまでふっ飛ばされる。
「忠長、たーだなーがぁあああ!」
と忠輝殿はえらくご立腹なようだ。
「こちらに流刑になり、金森殿の扱いは丁重なようですがご苦労はお察し……」
またふっ飛ばされる。耐えろ、俺の腹筋。
「そこではない!貴様!俺の愛する妻、五郎八姫を徳川家光に差し出したというではないか!」
あ。
「今では五郎八姫は家光の閨房で毎日苛まれているという……それを企んだお主!典雅許しても俺は許せぬ!アタタタタタタタタタタァ!」
と連続で飛んでくる打撃に、意識は遠くなったが……どうにか今回は死なないですんだ。
ボロボロに顔を腫らせながらも俺は立ち上がり
「ただぁてるすぁまぁ、おねぇぐぁいしたいことがぁ。」
「知らぬ。我妻を寝取らせた主犯の言うことなど聞かぬ。」
「聞いていただけないとその奥様と奥様の父上にも係累が及びますぞ。」
と十兵衛が助け舟を出してくれた。
……ひとまず五郎八姫の一件は俺が企んだのではなく、たまたま五八の名前が似ていたために五郎八姫が巻き込まれた、ということでどうにか納得していただいた。
「五郎八よ……わしが不甲斐ないばかりに毎晩家光ごときにのしかかられるとは……」
とさめざめと泣く忠輝殿。一通り落ち着いた後、俺は烏丸中将が豊臣秀頼を旗頭に西国大名を扇動している陰謀について話し、秀頼と親しかった忠輝殿に伝手がないか尋ねた。
「ううむ。伝手と言ってもわしも改易されてから長くてな……この様な書状をもらったぐらいで。」
「……って書状しっかり来ているではないですか!どうかお見せいただきたく。」
「とはいえ、これは個人的な友情によるもので。」
「五郎八姫がどうなってもよいと。」
「う……お見せしよう。」
読むと『忠輝くん元気?飛騨とは寒くて大変だね!早く自由になれるようにさるぼぼにお祈りするのが良いと思うよ!僕は鹿児島で適当に女性付けてもらって南国の熱い夜を送っているよ!羨ましいだろ。うはははは。』
……なんじゃこりゃ。
「だから個人的な書状と。」
「他にはありませんか。」
「あ、こちらも。」
『忠輝くん。飛騨と言ったら温泉だよね!暇なんだから温泉巡りとかして体や心を癒やしてね。そういえば最近都から烏丸くんが来て一緒に霧島温泉に行ったよ!お互い剣術免許皆伝だから大いに盛り上がったさ!今度剣術を存分に振るえるような場を用意してくれるって!』
「……忠輝様、これは!」
「おお、つい軽く受け流していたが。」
「剣術をふるえるということは。」
「戦か!」
俺たちは頷いた。続きに
『烏丸くんは僕の大事な配下の明石ジュストが元気って教えてくれたよ。なんか故郷の当たりで仲間集めをしているんだって!南蛮の騎士物語みたいでワクワクしない?』
とあった。
「ワクワクしねぇ!」
「明石か。まずい。明石が神の国とかいってキリシタンが暴れたらまた善良な信徒が虐殺されてしまう!」
と南蛮に理解がある忠輝様。
「もうその点については手遅れな気もしますが。兄が将軍宣下を受けた時に気の毒な原さんなどを処刑していましたし。」
「おお貴公、キリシタンに理解があるのか。」
「いえ、むやみに殺されるのは気の毒、と思っているまででイスパニアの手口などを考えますと布教を認めるまでとは。」
「それでもかなりの違いがあるではないか。」
忠輝殿の目が少し軟化したようだ。
「ご情報ありがとうございました。ひとまず明石ジュスト(全登)を探して備前に向かおうかと。」
「それならばわしも同道いたそう。」
「忠輝様お預けの身では?」
そこに金森様が口添えした。
「いえ……そうなのですが……何分家康様のご子息でもあり……結構ご自由に出られているのです……ちゃんと戻ってきては頂いているのであまりきつく言えず。私の胃は痛いですが。」
「という訳で日の本の緊急事態ならばこの忠輝!立ち上がって貴殿の力になろう!秀頼もわしから直接言って聞かせれば思いとどまろう。」
と力強く宣言された。こうして松平忠輝公が俺たちの一行に加わったのである。飛騨からは急いで旅立ちたかったが、何分忠輝公に撲殺寸前まで追い込まれた俺の回復を待って(幸い骨が折れてはいなかった。)数日逗留して準備を整えた上で俺たちは出発した。