とにかく陰謀は阻止するのだ。
俺は密かに天さんと柳生十兵衛を引き連れて京に急いだ。九条関白道房殿の屋敷に着くと
「え?忠長様?」
と混乱する門番を押し通り、通房殿のいる部屋に乱入。
「なんじゃ?狼藉者か?」
と慌てる道房殿の顔に鉄拳を浴びせる。
「うわ!そ、そなたは徳川忠長?なんでこのようなことを。わしは貴殿を将軍にと思っていたのだぞ!」
「このようなことをする う つ け は 将 軍 に は 向 き ま せ ぬ 。
将軍は兄、家光。 よ ろ し い か ?」
「よろしくない!そなたが就けばいいじゃろ!」
「そのようなことを仰っていたらこの柳生が相手しまする。」
「おお、なんと恐ろしい。」
「というわけで。お命惜しければ」
「わかったわかった!」
「三条大納言実条さまは?」
「三条なら麿の言うことは聞く!よく聞かせる上大丈夫でおじゃる!」
「もし違えたら二条大橋から全裸で逆さに吊るしますぞ!」
「天に誓って分かり申した!今後はけして徳川家になにかを企てようとはしないでおじゃる!」
「よくできました。ところで残る烏丸少将文麿さまは?」
「うはははは。我と三条は忠長殿に従うが、烏丸少将は止められぬぞ!烏丸少将は木っ端武将など叶わぬ剣の達人なのだ!すでに西国大名に決起を促す勅許を持って熊本の加藤忠広殿の所に着いておる!」
……熊本かよ。俺が改易された最大の原因はこいつらか。
とりあえず俺は九条に『ごめんなさい。もうしません』と半紙に大書させ、屋敷の門に褌一丁で逆さに吊るして隣に半紙を貼り付けて烏丸少将を追った。
恥をかかされた九条道房はおのれを恥じて早々に隠居したという。
俺たちは伊賀のみならず和合なった甲賀忍軍の協力も得て、九州へ風のように下り、まさに熊本城を離れようと旅たった烏丸少将を補足した。
「おお、忠長殿、これで西国大名は忠長殿のために立ち上がり、天下の半分は忠長殿のものとなるでおじゃる。」
「……余計なことを。といいますかそれで私を将軍にしようというのではなく、天下を混乱させることだけが目的でしょう!」
「……ふふふふふ。バレてしまっては仕方がないでおじゃる。徳川を分裂させて弱体化するのが我らの望み!だまってそれに乗っておれば将軍にもなれただろうに!」
「そんなあやふやな立場で将軍になっても源実朝公のように葬られるだけだろうよ!」
「ははは。そこまで分かってしまっては神輿とするわけにもいかんでおじゃる!ここで死ぬがよいでおじゃる!」
と背後から忠広の手のものも現れて襲ってくる。しかし加藤家の者を倒していると背後からさらなる軍勢が現れた。こちらも加藤家の旗指し物をしている!
すわ援軍か、流石にこの数と装備は、と思いきや、そちらの軍勢から年取った威厳のある武士が進み出てきた。
「飯田直景でござる。忠長様。主君の愚行は我々家臣が止めますゆえ。」
「なんと加藤家は麿の話に乗らぬというのでおじゃる!」
と烏丸少将。
「くだらん公家の企みなど乗らぬわ!さっさとここを去るが良い。」
「ぬう。かくなる上は忠長だけでも道連れにするでおじゃる。」
「忠長様、ここは俺におまかせを。手出し無用にて。」
と進み出てきたのは柳生十兵衛だった。
そして二人の壮絶な斬り合いが始まった。九条関白が言っていたとおり、烏丸少将は公家とは思えないほどの手練であった。
「おほほほほ。剣術師範の柳生家もこんなものか。」
「なにをいう。まだまだ!」
柳生十兵衛は押され気味である。しかし烏丸少将が押して袈裟に斬りかかったとき、十兵衛の突きが烏丸少将の腹を貫いた。
「……」
烏丸少将は声も発することなく斃れた。飯田直景が進み出て言った。
「この者が持ってきた書状はこちらにございます。」
と渡してきた。こんな物表に出たら俺また切腹だわ。
「わしの責任を持って。こうします。」
と言って飯田殿は目の前で書状を燃やしてくれた。
こうして烏丸少将の陰謀を防いだ俺達は江戸に戻ることにして、飯田殿たちに挨拶をして旅立ったのであった。
忠長ら一行が旅立ってほどなく、飯田直景は烏丸少将の遺体を片付けようとした。
「こうなってしまっても……さすがに公卿だから粗雑に扱うわけには、うゎあ!」
倒れていた烏丸少将が立ち上がったのである。
「烏丸殿……生きていたので?」
「うむ。太秦で学んだ秘技『斬られ役』じゃ。この烏丸少将、こんなことではしなぬ。」
「とはいいましても……」
「飯田よ心配せずともよいでおじゃる。烏丸少将は先程死んだ、麿は京に戻り、双子の弟、烏丸中将として家を継ぐでおじゃる。」
「そのようなことが……」
「大丈夫なのでおじゃる。さて忠長め、柳生め、このままでは置かぬぞ。今度こそ我らが野望を叶えるでおじゃる…お、そういえば」
と言って書状を取り出す。
「反幕府決起の書状、ここにまたあるから忠広殿に渡すのじゃぞ。」
「そんなもの!」
といって飯田が破り捨てるが。
「ほほほほほ。書状はこの様にいくらでもあるのじゃ。」
といって差し出す。
「我ら影の朝廷がそちらを常に見張っていることを忘れるな。ほほほほほ」
と京に向かって烏丸(元)少将は旅立っていったのであった。
俺、徳川忠長一行が烏丸少将を討って程なくして、いよいよ徳川家光が三代将軍に就任することになった。将軍宣下のための上洛の準備に追われる日々となった。父、徳川秀忠はこれまで兄が使っていた江戸城西の丸を改築してそこに入り、大御所となる事になった。
「家康公のように駿府と江戸に分かれてはやりとりも遠くて厄介なことが多くてな。」
と父は言った。
「ところで忠長、駿府は空いているわけだが、お前駿河を領しないか。」
と兄家光公に言われた。
「上様、駿府をお任せいただけるとは光栄に極み、しかしこの忠長には身が余ります。甲斐のままか、いっそ会津に移していただければと。」
平和に弟の保科正之になりかわって暮らすのだ作戦発動だぜ。
「……ならぬ。会津は蒲生忠知がおるではないか。」
あ、まだいた。
「しかし話に聞く七層天守を見てみとうございます。」
「うーむ。忠長よ、残念ながら先年会津若松城は五層天守にすでに改築されておるぞ。駿府のお祖父様の天守の方が立派であろう。」
おお、そうだった。
「では越前はいかがでしょうか?松平忠直は素行不良にて転封の方針と聞きます。私の附家老の朝倉宣正は越前出身にて故郷に錦を飾りたいかと。」
「越前で百万石を領しようというのか?」
「いえいえ!少禄で十二分で……」
「しかしその朝倉に報いようとする心は気に入った!」
「では。」
「うむ。朝倉に越前の内に1万石を与えよう。これで錦を飾れよう。」
「おお、父上!」
「でもってお前には駿府を与える。」
「え?」
「朝倉は飛び地でよかろう。後仲が良い土井利勝たちにも統治の助言を貰えば。」
「は。」
「よいよい。ではお主は駿府城主だな!ちなみに家光が上洛したら大納言から左大臣に昇任する予定だから、その暁には大納言になるがよい!」
……ついに駿河大納言に戻ってきてしまった。どうなる俺。