2.お守り 表
次の日の朝。
遅くも早くもない時間に他の生徒に紛れて普通に登校した菫は、自分の席に座った。そのままリュックサックを横のフックにかけてから顔を上げると、ちょうど前のドアから入ってきた明美と目が合った。
「あ! 菫ちゃん、おはよー」
「おはよ、明美ちゃん」
鞄を置いてから花が飛んでいるようなふんわりとした笑顔を浮かべて傍にやってきた明美に、内心可愛いと悶えながら手を振る。
そして振り撒かれる霊力の中に微かに混じる異物に気付き、顔が強張った。
(………やっぱり、目を付けられてる)
昨日別れた時には無かった異物の妖気に気付いて、思わず机の下に下ろした手が握り拳を作った。
このままなら、きっとゲームの通り放課後彼女は襲われるのだろう、と菫は直ぐに理解した。
「………どうしたの? 怖い顔して」
「あ、ごめん。明美ちゃんの服についてるゴミが一瞬虫に見えてびっくりしただけ」
「えっ!?」
「あはは、取ってあげるから動かないでー」
突然黙り込んだ菫に何も知らない明美が首を傾げる。それをそれらしい理由で誤魔化すと、明美は目をぎょっと目を見開き、慌てて制服を見て、有りもしないゴミを探し始めた。菫はゴミを取ってやるフリをし、床に落とすように手をぱっと開いた。
「はい、取れたよ」
「ありがとー」
にっこりと笑って礼を言った明美に対し、少し菫は胸が痛くなった。
「放課後さぁ、何処の部活行く? 昨日はあんまり話がまとまんないまま別れちゃったけど、どっか行きたいところある?」
「うーん、私はね……」
その胸の痛みを誤魔化すように、菫は話を放課後の部活見学の話に変えて明美に訊ねる。明美はその話に反応し、ここに行きたい、あそこに行きたい、と話し出す。二人はそのまま予鈴がなるまで話し続けた。
―――――――――――――――――――――――――
(あー、やっと終わったー………話聞き続けんのも楽じゃないな)
一回目ということもあり、どんな授業であるかというオリエンテーションで終わった授業を全て終え、ホームルームも終え、号令に合わせて礼をする。その後、リュックにプリントなどを突っ込んで立ち上がり、明美が座っている席の方へと歩いていく。昨日とは違い、今度は菫の方から明美に話しかけに行った。
「明美ちゃーん、行こうぜー」
「あ、うん、ちょっと待ってね……」
菫が机の横に立って明美に声をかけると、明美は配られていたプリントをきちんと揃えてから鞄から取り出したファイルに挟み、またしまった。
「お待たせ、行こうか」
そしてきちんと鞄を閉めると、席を立った。
(おぉ、丁寧だな……育ちがいい証拠だな)
その様子を見ていた菫は、そんな感想を抱いた。
「うん、いこー。どっから行くんだっけ?」
「えーっとねー」
二人で話しながら教室を出て、朝と昼休みに菫にとっては嬉しいことに一緒に昼食を取りながら話して決めた通りに見て回る。二人とも入学したてでまだ広い学校内の地理をまだ把握していなかった為、時折迷子になりつつも、概ね順調に部活を回ることが出来た。
時間はあっという間に過ぎ、夕方になり、日が陰り始めた頃。
迷子になりながらも最後に見に行ったテニス部が活動していたテニスコートからの帰り道、そろそろ下校しようと決めた二人は、教室に戻る用事もないのでそのまま校門へと歩いていく。
「どの部活も面白そうだったね。どこに入るか迷っちゃうや」
「だね。そういえば、明美ちゃんは中学では何部だったの?」
「私? 私はねー、実は……」
帰り道で菫が興味本意で明美に中学生の時に所属していた部活を訊ね、それに明美が答えようとしたその時だった。ふと前を向いた菫は直ぐ前から歩いてくる青年が見えた。このまま進むと明美の肩が青年にぶつかる事を察し、声をかけようと口を開く。
「明美ちゃん危ない!」
「え?」
どんっ
「わっ」
「きゃっ」
しかし、忠告は間に合わず、突然声をあげた菫にきょとんとして足を止めた明美の肩が、歩いていた青年と強かにぶつかった。
(間に合わなかった………)
「おっ、ととと!」
菫は内心もう少し早く気付けば良かったなと思いつつ、自分側にふらついてきた明美の体を咄嗟に支え、明美が地面に倒れ込むのだけは何とか防ぐ。青年の方はというと、反対側に二、三歩ふらついて踏み留まった。
「あ、ありがとう、菫ちゃん。あの、すみません! 大丈夫でしたか!?」
支えてくれた菫に対して短く感謝を述べると、明美はぶつかった青年の方に駆け寄った。
「オレは大丈夫だよー。ごめんね、不注意だったね。キミこそ怪我はない?」
偶然ではあったものの、割りと強かにぶつかったにも関わらず、青年は怒ることはなかった。ぶつかった衝撃で少しずり落ちたサングラスを掛け直すと、明美に対して謝り、明美を気遣う様子を見せた。その様子を見て、明美はほっと息を吐いた。
「私は大丈夫です。こちらこそぼーっとしててすみませんでした!」
そう言って青年に頭を下げる明美と、そのサングラスの青年を端からちらちらと見比べ、菫ははっと気付く。
(あっ、イベントだこれ)
それに気付くと同時に、今目の前で明美とけらけらと笑いながら話しているサングラスを掛けた青年が攻略対象の一人であることを理解し、どうして此処に居るのかを察した。
(あー………そうだ、このイベントあったな。お守り入手イベント……)
そう考えながら二人の様子を見守っていると、少しして明美がもう一度青年に頭を下げ、青年は笑って明美にひらりと手を振ってから、背を向けて去っていった。その背中が少し遠ざかった所で、頭を上げて見送っていた明美が戻ってくる。
「お待たせ、行こう」
「大丈夫だった?」
「うん、許してもらえた」
「そっか、良かったね」
菫が明美に訊ねると、明美は笑ってそう言った。それに笑顔を返しながら、内心は『そりゃ許してもらえるだろうな』、と言葉を返す。
(だって向こうがわざとぶつかって来たんだし………明美ちゃん悪くないし)
そう考えながら、菫は明美が羽織っているジャケットのポケットをちらりと盗み見る。よく見ると、右ポケットが何かが入っているかのように少し膨らんでいた。その膨らみに、明美自身は気付いていないようだった。
また明美と話しながら、菫は神経を研ぎ澄ませ、明美の周りに漂う霊力に混じる妖気を探る。そして朝に感じた妖気とは別の妖気がポケットから漂っている事に気付いて、安堵した。
(………良かった、ちゃんと渡せてるみたいだ)
心中で胸を撫で下ろしながら、明美と桜吹雪の中を歩いて校門を抜ける。
先程菫が『お守り入手イベント』と称した通り、ゲームでは先程のシチュエーション後、『赤いお守り』が手に入る。先程ぶつかってきたサングラスの青年―――後々正式に知り合う事になる攻略対象の彼からぶつかった際にポケットに入れられたものだ。不審に思われないように、という彼なりの配慮なのだろうが、別にぶつかる必要はなかったんじゃないの、と前世の菫は思った。ちなみに正式に自己紹介した後はきちんと謝ってもらえる。
(………それにしても)
明美と話しながら、ちらりと菫は道の端にあったカーブミラーを見る。すると、自分達の後ろの店の影から、黒い何かが此方を見ているのが見えた。
(妖気を隠すのがヘッタクソだなぁ、駄々漏れじゃん………)
校門を出てからというものの、距離を開けながらも着いてくるソイツの妖気を感じていた菫は、内心舌打ちをする。こんな奴に明美は襲われないといけないのか、と考え、それを分かっていながら見捨てる自分に腹が立った。
「………あれ?」
そのまま学校から少し離れた所で、話していた明美が、不意に立ち止まった。
「うん? どうしたの?」
「………ポケットになんか入ってる……」
菫も一緒に立ち止まり、分かってはいるものの、明美に尋ねる。返事もそこそこに、明美はポケットを探り始めた。ポケットに先程まで無かった異物が入っていることに漸く気付いたらしい。そして、赤い布地に金色の糸で美しい刺繍が施されたお守りを取り出した。その瞬間、そのお守りから漂う妖気を感じ、菫はそれが渡されたお守りだということに気付いた。
「わぁ、随分と綺麗なお守りだね」
「うん………でも、これ、私のじゃない……」
「えっ、マジ?」
月並みな感想を述べた菫を他所に、明美は突如ポケットに現れた不審なそれを見ながら首を傾げる。
「……ねぇ、ちょっと見せてー」
「いいよ、はい」
どんな物かよく見せてもらおうと、菫は明美にお守りを借り、刺繍の細部までじっと見る。この町にある神社や寺にあるお守りとは造りも込められた妖気も全く違うことには直ぐに理解した。
(………完全にオリジナルのお守りだな。彼らが作ったのか? ……いや、お守りというか、どっちかっていうとカウンタートラップ付きGPSか……)
「……ありがとね、返すよ。この町にある神社のお守りにはこんなの無かった気がするけど……隣町のやつかな」
「というか、そもそも誰のだろう………」
裏返したり、お守りの真ん中に刻まれた星の刺繍を指でなぞったりしてから、菫は明美にお守りを返す。そして少し考えた後に、はっと目を見開いた。
「もしかして、さっきの人の……!?」
「えっ、いや流石にそれは無くない? お守りとかぶつかったぐらいで取れないし、そもそも他人のポケットの入るような所にぶら下げとくようなものじゃないでしょ………」
「そ、それもそうだけど……それぐらいしか心当たりが……」
突然そう言い出した明美に、菫は極めて現実的に返す。それでも納得いかなそうに食い下がる明美に、考えるような素振りを見せてから菫は言う。
「まぁ、もし………ほんっとうに万が一さっきの人のならさ、今日はもう遅いし、ここから出戻りするのは面倒だし、明日先生に学年と組聞いて届けに行こうよ。サングラスをかけてる生徒なんて限られてくるだろうし、先生も知ってるでしょ」
「………うん、そうだね。そうする」
菫の提案に少し考え、明美は頷く。そして、無くさないようにと大事にポケットにしまいこんだ。
(………よし、これで死亡エンドは完全に潰れたな)
その様子を見て、菫の体の緊張が少し解けた。
ゲームでは、このお守りがある事に気付いた時、『学校に戻る?』という選択肢が出てくる。ここで『戻る』を選択すると、『赤いお守り』は職員室の先生へと引き渡される。そして、そのまま帰ると、帰り道に妖怪になすすべもなく喰われ、デッドエンドになる。突然のデストラップに困惑したプレイヤーは数知れない。ちなみにエンド名は『地獄への道を善意で舗装する』というものだったりする。そのエンド名を見た前世の菫含む殆んどのプレイヤーから『自分で舗装してどうする』『死因:善意』などとツッコミを受けていた。
「それじゃあ帰ろっか」
「うん」
再び二人は帰り道を歩き出した。ソイツは相変わらず着いてきていたが、そのまま何事もなくいつも別れる交差点までやって来た。
「それじゃ、また明日ね!」
そう言って、右側の道に立った明美はいつも通りの笑顔で手を振った。その笑顔に、胸がずきりと痛む。
「………うん、またね」
何とかそう言葉を返し、菫も手を振り返す。それを見て、より一層明美はにっこりと笑うと、道を歩き出した。
「暗いところには気をつけて帰ってねー」
「はーい」
別れる寸前に、昨日と同じ言葉をその背中に投げる。それを聞いて振り返った明美は、笑顔で頷き、もう一度手を振って去っていった。
【グルル……】
「!」
そして、陰に潜んでいた何かの気配が薄れる。察するに、目の前の獲物を追いかけていったのだろう。反射的に追いかけようと動いた足を一歩踏み出したところで堪え、代わりに明美の背中が見えなくなるまで見送る。
「………ごめん」
誰に言うでもない謝罪を一言呟き、菫も帰路につく。
(……仕込まれてた結界とカウンターの強化はしたけど……頼むからバレるなよ………)
自分がやったことを思い出し、歩きながらため息を付く。
先程明美からお守りを借り受けた際、菫はこっそりと中に仕込まれてあった護りの結界の術式に干渉し、結界をより強固な物に仕上げていた。
この結界とは何かというと、ゲームでは明美が襲われた際に発動しており、その結界で妖怪が怯んでいるうちに駆け付けた攻略対象が明美を救出する、というのがストーリーである。
菫が干渉せずとも結界の硬度は強固ではあったが、明美を見捨ててしまう罪悪感からか、せめて決して傷付かないように強化しておこうと思い至ったのだった。干渉した痕跡は残さないようにきちんと消し、いつ彼等の目の前で発動されてもバレないようにしておいてあるつもりではある。中身を見られてしまったら、バレてしまうかもしれないが。
(……無事でいてくれ……)
そう願いながら、菫は帰路を急いだ。




