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婚約者が別人なので、本物を捜します【なろう版】  作者: 銀月
2.お姫様はあきらめない

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行動を起こせ

「姫様、ひとつだけ、よいですか?」

「なあに、トーヴァ」

 じっと考え込んでいたトーヴァが、おもむろに口を開く。何かを懸念しているように、ぐっと眉を寄せて……。

「――本物のアルトゥール殿下を取り戻すまで、このことはすべて私たちのみの間に留めなければなりません」

「まあ、どうして?」

「今の殿下が確実に偽物であるという証明ができて、なおかつ本物の殿下が確保できなければ……今の殿下こそが本物だと、皆が考えます。それほどに、偽物は本物に似ていますから。何しろ、ご家族である王太子殿下や第三王子殿下、それに国王陛下夫妻が気づいていらっしゃらないのです」

「それは……」

「さらに言えば、単にアルトゥール殿下にすり替わるだけが偽物の目的とは思えません。絶対にその先があるでしょう。

 何をするつもりかはわかりませんが、ろくなことではないのは明確です。秘密裏にそれを防ぎ、本物の殿下を探し出す必要があります。

 ――殿下の名誉を守るためにも」


 今、この状況で偽物が何かをしでかせば、それはすべてアルトゥールの罪となってしまう。あれは本物ではなく偽物なのだと主張しても、それを立証することができなければ誰も信じない。


「……わかったわ。誰にも気づかれないように、アルトゥール殿下を探るのね。わたくしたちだけで」

「はい」

「偽物の殿下が何かを企んでいるなら、わたくしたちでそれを止めるのね。オーリャ様のために」

「はい」

 ジェルヴェーズは真剣な表情で頷く。どこかに囚われているアルトゥールのため、自分が戦うのだと。

「姫殿下」

 急に、ネリアーが割り入った。

 いったい何かと顔を上げるジェルヴェーズに、「いいんですか?」と問う。

「いいって、何のことかしら?」

「姫殿下がそこまでアルトゥール殿下とこの国に義理立てする必要は、ないと思うのですが?」

「どういうこと?」

「姫殿下の輿入れは、“朱の国”にとっては重大でも、“深森の国”にとってたいした意義はないように思われます。

 それに、偽物であるアルトゥール殿下の企みが何であれ、この国には大きな混乱をもたらすことになるでしょう。“深森の国”なら、それに乗じてこの国の併合を考えることだってできるはずですよ」

「それは……」

「ネリアー!」

 トーヴァはネリアーを怒鳴りつける。だが、ネリアーはどこ吹く風といったように、薄く微笑んでいるだけだ。

 そのネリアーの言葉に、ジェルヴェーズは絶句する。


 だが、たしかにその通りだった。

 この国の魔術師の要となるアルトゥールとすり替わるのだ。その目的が、この“朱の国”を揺るがす可能性は高い。

 ジェルヴェーズはこのまま身の安全を確保しつつ静観し、頃合いを見て国に帰ることだってできるだろう。

 国力だって、“深森の国”が“朱の国”に遅れを取ることはない。


「でも……でも、わたくしはそんなの嫌だもの」

 思い切り眉を寄せた顰め面で、ジェルヴェーズは口を開いた。

「わたくしはオーリャ様の伴侶になるために来たのよ。いいえ、わたくしが、オーリャ様の伴侶になりたいの。

 それに、はじめて会った時からずっと、もしオーリャ様が悪魔に攫われたら、絶対にわたくしがオーリャ様を助けるんだって決めてもいたわ。

 だから、わたくしは絶対オーリャ様を見捨てて逃げたりなんかしないのよ」

 ぎゅっと拳を握り締めて、ジェルヴェーズは、だから変なことをそそのかすなとネリアーを睨みつける。

 ネリアーはその視線を受けて、くすりと笑みを返した。


「姫殿下」

 その横に跪くように、カーティスがふわりと微笑んで腰を落とす。

「姫殿下、お手をよろしいですか」

「なあに、カーティス」

 カーティスは、腰の短剣をカチャカチャ音を立てて鞘ごと外し、ジェルヴェーズの差し出した手の上に乗せる。

「姫殿下に、これをお貸しいたしましょう」

「まあ、きれいな短剣ね。これは戦神の聖なる印かしら」

 載せられたのは、よく手入れされたきれいな短剣だった。

 ほんのりとあたたかく、燻した銀の柄と鞘には、細かな装飾と剣と盾を象った戦神の聖なる印が彫り込まれている。見た目よりも軽いのは、妖精の銀とも呼ばれるミスリルを鍛えた刀身だからだろう。

「この短剣は、猛将と名高い曽祖父が誂え、父を経て私が譲り受けたものです。

 名匠の手により鍛えられ、戦神の祝福と加護を受け、母を狙う悪魔(デヴィル)九層地獄界(インフェルノ)へ退けたという由緒ある護剣なのですよ。

 この短剣が今ここにあるのは、猛きものの采配なのだと思います。きっと、姫殿下がアルトゥール殿下をお救いするための護りとなってくれましょう」

「まあ……まあ!」

 ジェルヴェーズはたちまち目を輝かせる。悪魔を退けたほどの護剣なら、間違いなくジェルヴェーズの助けになってくれるはずだ。

「でも、カーティス。わたくしは戦いの神を信仰してるわけじゃないのよ? それなのに、いいの?」

「はい。姫殿下の覚悟と決意あればこそです。猛きものはきっとそれ故に、私をここへ寄越すようにと父に告げたのでしょう。

 姫殿下、この短剣は離さず身につけておいてください」

「わかったわ」

 短剣を抱えて、ジェルヴェーズはしっかりと頷いた。


「では、姫殿下はあくまでもアルトゥール殿下のために動くのですね。承知いたしました」

 まだ何か言うことがあるのかと、ジェルヴェーズはネリアーをキッと睨む。

「愛しい乙女も望んでいることですし、私もその方向で動きましょう。

 それで、ひとつ気になったのですが」

「今度はなあに?」

「リュドミラ殿から、不自然なほどに魔法を感じなかったのですよ」

「感じなかった?」

「はい」

 今度は怪訝そうに首を傾げて、ジェルヴェーズは聞き返す。

「どういうこと?」

「大抵の魔術師は、自分がとても“弱い”ことを知っています。魔術の研鑽は並大抵ではないが故に不摂生が祟り、身体の脆弱な者も多い」

「そうなの?」

「はい。魔法戦士と呼ばれるような器用な者も皆無ではありませんが、稀です。それで大成するのも妖精族のように長命な種族が大半です。つまり、魔術とそれ以外をものにするには、大変な時間を要するということです」

「でも、それが魔法を感じないこととどう関係するの?」

 ネリアーが何を言いたいのかがわからず、ジェルヴェーズは怪訝な表情を崩さない。

「姫様、ネリアーはリュドミラ殿も怪しいと言いたいのではないかと」

「トーヴァ、どういうこと?」

「魔術師という者は、多かれ少なかれ、常に自分に守りの魔術をかけておくものだと聞きました。不測の事態や不慮の事故に備え、必ずひとつふたつは身を守る魔術を自分に施しておくのだそうです」

「じゃあ、魔術の守りがないリュドミラは、魔術師じゃないっていうこと?」

「そうとも言えません」

 少し思案するような表情で、ネリアーが返す。

「自分に掛けられた魔術を知られたくない者には、“魔術隠し”の魔術もあります。それを使っていると考えるほうが自然ですね」

 むむむとジェルヴェーズの眉が寄る。

「ネリアー、どういうことなのか、もったいぶらずに早く教えて」

「姫殿下、あまり急かすと本当に欲しいものを取り逃がしてしまいますよ。

 つまり、リュドミラ殿がまったく魔術を使っていないと考えるよりも、知られたくない魔術を使っていると考えるほうが妥当な判断だということです。

 それが何かはまだわかりません。

 ですが、“魔術隠し”はそれなりに面倒で難しい魔術ですし、よほど知られたくないのでしょうね」

「知られたくないって……まさか、リュドミラが何かをしてるってこと?」

「そこまではわかりません」

 結局わからないのかと口を尖らせるジェルヴェーズを、トーヴァはまあまあと宥める。

「じゃあ、何が一番怪しいの? オーリャ様を助けるのに、わたくしは何をすればいいの?」


 


 今考えてもわからないことは全部後に回す。

 ジェルヴェーズはこまめにアルトゥールを訪ね、牽制のような役割を果たす。何かを企んでいるにしろ、ジェルヴェーズの目の前で企みを進めることは、さすがにできないはずだから。


 そう決めて、アルトゥールを迎えてのお茶会までの三日間、まず側付のふたりのことを調べることにした。

「私と乙女でリュドミラ殿ですね」

「では、私がルスラン殿ですか」

 その三日の最初の日にクレールが調べあげた、ふたりのスケジュールを確認する。いかに目的のためとはいえ、全員が一度にジェルヴェーズのそばを離れるわけにはいかない。

「――ふたりとも、夜くらいしか接触できる時間が無さそうね」

 できれば昼のうちがよかったのだが、アルトゥールを外してとなると、どうにも思惑どおりにいかなさそうだ。

「わたくしなら大丈夫よ」

「しかし、姫様」

「ねえ、アンバー。あなたはわたくしを守るのが役目だと言ったわね?」

「ええ、そうよ」

 ぽん、と音を立てて空中にアンバーが現れる。ジェルヴェーズの頭上に寝そべる格好でふわふわ漂いながら、束ねた髪の毛先を指にくるくる巻いている。

 そのようすから、今までの話を聞いていたのかどうかは伺えない。

「姫さんのことは、このワタシがちゃーんと守ってあげるわ」

「ほら、大丈夫よ。ジンニーヤのアンバーが付いてるんだもの。

 それに、わたくしはちゃんとこの離宮でおとなしくするわ。それに、そもそも危ない目になんて遭わないと思うのよ」

「でも……」

 トーヴァが言い淀む。

 そんな希望的観測で、三人ともが離れるわけにはいかないのだ。

「なら、あなたたちが戻るまでクレールたちと一緒にいるわ。それでどう?」

「――たしかに、姫殿下が何かに襲撃されるという危険は少ないと思います」

 カーティスは何かを思いついたのか、慎重に言葉を紡ぐ。

「仮に、偽物のアルトゥール殿下が何かを企んでいるとしても、姫殿下がこちらにいらしてまだ数日です。行動を起こすには半端な時間でしょう」

「そう、そうよね!」

「けれど、絶対とは言えません。幸い、ルスラン殿が近衛宿舎に戻る時間は遅いようですし、時間をずらしましょう。私はトーヴァたちがこちらに戻るのを待って、ルスラン殿のところへ向かいます」

 自分なら心配ないのに、とジェルヴェーズは少し不満げに頬を膨らます。

 けれど、たしかにカーティスの言う通り絶対はない。何よりアンバーは精霊で、人間とは感覚が少し違う。

「わかったわ。そこは任せるから、いいようにしてちょうだい」

「はい、姫殿下」

 騎士の礼を取るカーティスに、ジェルヴェーズはうんと頷いた。


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