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婚約者が別人なので、本物を捜します【なろう版】  作者: 銀月
1.変わってしまった王子様

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考えるのは、後

「そもそも、魔道具に憑いた悪魔(デヴィル)が何かをする、ということ自体が考えにくいのですよ」

「――どういうこと?」

 ジェルヴェーズが顔色を変える。悪魔でないなら、なんだというのか。

「封じられた悪魔が調査で触れた程度の者にすりかわるというのは、とても難しいのです。取り憑くことも、可能性としては低い」

「ネリアー!」

「何しろ、“封じられて”いるのですよ。その魔道具に目的を持って悪魔を縛りつけているのですから、悪魔が早々勝手を働くとは考えにくい」

「ネリアー、ちょっと!」

 ネリアーの口が止まらない。トーヴァの制止を無視して、ジェルヴェーズに乞われてべらべらあれこれと可能性の話を続ける。

「なら、なら、どういうことなら考えられるというの?」

「むしろ、殿下がなにがしかの影響を受けて、悪お……ぐっ」


 どすっ、と鈍い音がして、ネリアーが身体を折り曲げた。

 そのまま腹を押さえ、ぜいぜいと荒く息を吐くネリアーを見下ろして、トーヴァが拳を握りしめていた。


「……トーヴァ? いきなり殴るなんて、何をするの?」

「これは私が母に伝授された“相手を黙らせる方法”です。

 ……ネリアー、あなたは少し黙ってて」

 ふん、と鼻を鳴らしてトーヴァはジェルヴェーズへと向き直る。

「姫様、今はまったく事情がわかっていない状態です。可能性だけならいくらでも、どんなことでも考えついてしまいます。それこそ、最悪のことすら。

 けれどそれはあくまでも“あり得る”というだけの話で、まったくの的外れである“可能性”のほうが高いんです」

「でも、トーヴァ……」

「こういう場合、結論は横に置いておいて、とにかくもっと情報を集めなければなりません。殿下に本当は何が起きたのかを考えるのは、その後です」

「でも、トーヴァ。わたくし、オーリャ様が心配なの」

 うっ、と声を詰まらせて、ジェルヴェーズの目にみるみる涙が浮かぶ。

「だって、最後に会った時と全然違うのよ。わたくしをニナって呼んでとお願いしたことも、わたくしのために用意してくれた幻術のことも全部忘れてしまって……最初の顔合わせと会食の時以外、顔すら見せないの」

「姫様……」

 俯くジェルヴェーズの目尻から、ぽろりと雫がこぼれ落ちる。

「今のオーリャ様が偽物なのは間違いないのに、わたくしは何もできないのよ。なんにも、できないの」

「――すみません、姫様。姫様の不安を蔑ろにしているわけではないんです」

 トーヴァは身体を乗り出してテーブル越しにジェルヴェーズの手を取ると、きゅっと、力づけるように握り締める。

「けれど、悪いことを考えてしまえば悪いものに囚われてしまいます。

 気に病むのは私たちに任せて、姫様は殿下の無事を信じて祈ってください。信じる心は、きっと力になりますから」

「わたくしが信じていれば、オーリャ様は帰ってくる?」

「ええ、姫様」

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、けれどジェルヴェーズはまた顔を上げた。トーヴァはしっかりと手を握り締めたまま、力強く頷き返す。

「もっとも、原始的な、魔術は、祈りだというのは、有名な話、ですから」

 急に背中に重みがかかり、トーヴァは引きつりながら振り返った。

 思ったとおり、ネリアーだった。

「――乙女、麗しい姿をして、なんと勇ましい」

「ひっ」

 トーヴァの母なら一撃で昏倒させたのだろうが、トーヴァではやはり力が足りなかった。幾分か顔色は悪く、腹を押さえながら、しかし、復活したネリアーが、トーヴァの背にもたれて顔を擦り寄せていた。

「ネリアー、祈りが魔術なの?」

「姫殿下。魔術を行使する際には呪文と身振りと触媒が必要です。ですが、その三つの要素以上に大切なのが、行使するものの意志なのです。魔力という力に形を与えようという意志無くして、魔術は成し得ません。

 祈りには言葉と意志が伴います……つまり、意志とそれを表す言葉、すなわち呪文が、祈りを構成するもとと言えましょう。

 祈りが魔術の原始的な形だと言われる理由ですよ」

「――難しくて、よくわからないわ」

 眉尻を下げるジェルヴェーズに、ネリアーは機嫌よく続ける。

「では、簡単に述べましょうか。

 “祈り”とはそれ自体が力を持つものです。神々に力を与えるものが、信者たちの祈りであるように。

 ですから、乙女は姫殿下に祈れと申し上げているのですよ」

 ネリアーの口調だけはあくまでもまじめだが、相変わらずトーヴァの背にすりすりと頬を擦り寄せ続けている。

「わたくしは、本物のオーリャ様の無事を信じて、祈ればいいのね?」

「はい、そうですとも」

 ジェルヴェーズはネリアーの言葉をじっくりと噛みしめて……「わかったわ」と頷いた。

「わたくし、オーリャ様の無事を祈るわね」




 まだ着いて三日も経っていないのだ。何かがわかるのはこれからだろう。

 それでも、ジェルヴェーズは不安でしかたなかったのか。焦りのあまり、考えなくて良いことまで考えてしまうのはしかたないことだが。

 ジェルヴェーズの感じている不安をどうにか抑えながら、アルトゥールのことを調べなければならない。


 が、今はまず。


「ねえ、乙女。一度したのですから、二度も三度も同じでしょう?」

 トーヴァの部屋の前でしつこくキスをねだって食い下がるネリアーだけは、早急になんとかしないとまずいのではないだろうか。

「同じじゃありません。それに、誤解を招くような言い方はやめてください」

「誤解ですか? 誤解ではありませんよ」

「何を……わかりました。きちんと話し合いましょうか」

「もちろんですとも、乙女」

 はあ、と溜息を吐いて、トーヴァはネリアーを招き入れた。


「ネリアー、あなたは“ストーミアン”という家名をご存知ですか」

「ここから北西、今は“神の爪痕”や“嵐の地”と呼ばれる地域にかつてあった古い王国の王家が、たしか“ストーミアン”でしたね。

 悪魔を払い国を救った聖なる女王と、その守護竜の末裔でしたか」

「そうです」

「それが?」

 トーヴァはそっと深呼吸をする。

「私の父の家名は、“ストーミアン”です」

 ネリアーは軽く瞠目し、それから心底嬉しそうに笑みを浮かべた。

「なるほど、なるほど! かの国の守護竜は、たしか青銅色でしたか。つまりあなたの纏う芳しき水は、森と水を愛する竜由来のものでしたか!」

「それだけじゃなくて!」

 抱き締めようと手を伸ばすネリアーを押し留め、トーヴァは続ける。

「青銅竜の末裔に継承される、呪いみたいな性質のことを知らないんですか?」


 青銅色の竜は、“一途”な竜だ。

 ひとたび伴侶を定めれば、生涯に渡っての“唯一無二の相手”となる。

 その末裔にも、その“一途さ”は継承されるのだ。


「私の父も兄もそれに囚われて……私だって、いつそうなるかわからないんです。その相手だって、あなたとは限らないんですよ」

「もちろん知っていますとも。大陸北方、“地母神の町”の古い公爵家が竜の呪いにより謀叛を起こし、取り潰しになったという話もありますしね。

 青銅竜の血を受けた者は、まるで呪いのような“一途さ”に踊らされる、と」

 くすくすとネリアーが笑う。

「笑うことですか。私は、だから、あなたには応じられないんです」

 トーヴァは思い切り顔を顰めた。


 ネリアーが自分の“唯一のもの”となるのかどうかなんてわからない。むしろ、そうでない可能性の方が高いのに、うかつに応えることなんてできない。


「ああ、乙女。そんなどうでも良いことを気にしていたのですか」

「どうでも良いって」

「どうでも良いですよ。乙女、あなたは詩人なのでしょう? それなら、半分が“水妖(ネレイド)”であるわたしの情の深さを想像できるはずです」

「でも、私は、この先出会う誰かに執着するかもしれないのよ。あなた以外の相手に執着して、あなたを見向きもしなくなるかもしれないのに……」

 顰め面のまま、トーヴァはひと息に述べる。


 父だって兄だって母や義姉に対してかなりの執着を見せている。それこそ、脇目を振る余裕などないほどにだ。

 自分がいつか誰かにそうならない保証なんて、ないというのに。


「構いません」

「え?」

「構いませんよ。あなたの心など、後からいくらでも時間をかけて私のものにすればいいのです。それこそ、一生をかけてもいい」

「それでどうにかなるようなものなんかじゃ……」


 ネリアーの言葉はとても楽観的に過ぎる。

 時間でなんとかできるような類いのものなら、苦労なんてない。


「ねえ、乙女。あなたこそ水妖(わたし)を見くびらないでください。私の執着心を。

 私にあなたを手放すつもりなど皆無です。万が一、あなたが私以外を“唯一”などと定めて離れるなら、私はあなたを殺して魂を捕らえ、私だけが知る場所に閉じ込めてしまいましょう」

「……ひ」

「そんな戯言で私を遠ざけようとしたところで、無駄だということです。ねえ、乙女。だからおとなしく、私を受け入れたほうが得ですよ」


 トーヴァの顔が盛大に引き攣る。

 恐ろしい。うっそりと笑うネリアーが、心の底から恐ろしい。

 いつか、自分が誰かになりふり構わず執着する(・・・・)ことは想像してきたけれど、自分が誰かになりふり構わず執着される(・・・・・)ことになるなんて、かけらも想像しなかった。

 自分はどうしてこんなことになっているんだろう。


「乙女、さあ」

 のしかかられて、トーヴァはハッと我に返る。

「や、待って」

「待てません」

「でも、こんなの」

「乙女、観念して、私のものになってください。乙女の名は何と言うのです? トーヴァ・ストーミアンでは、まだ足りないようですが」


 むぐ、と唇を塞がれる。ねっとりと執拗に口内を舐られて、息が上がる。

 従弟や兄に比べたらずっと薄い体格は、父と比べたって華奢なはずなのに、跳ね除けられない。どんなに華奢でも力は男だということか。


「ねえ、乙女。あなたの名前を教えてください」

「で、でも」

「いいでしょう、乙女」

 抱き竦められてあちこちにキスをされた。パチンと指を弾く音がして、衣服が緩んだことがわかるのに、頭がぼんやりとする。

「乙女、あなたの名を、教えてください」

「テ、テレシア……テレシア・トーヴァ・ストーミアン」

「ああ、乙女……」

 ネリアーの蕩けきった囁きが、耳を擽った。

「テレシア・トーヴァ・ストーミアン、私の乙女、愛してます」

「あ……っ」

 再び、唇を塞がれる。

 はあ、はあと荒く息を吐く音がする。

 高くうねる波に呑み込まれて、トーヴァは何も分からなくなってしまった。


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