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婚約者が別人なので、本物を捜します【なろう版】  作者: 銀月
序.お姫様と王子様の婚約
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御伽噺の姫君みたい

 ジェルヴェーズ・ニナ・フォーレイは、“深森の国”の王の末子、第四王女だ。


 王の側室である第二妃の娘で、同腹のきょうだいは兄がひとり。第三王子、エティエンヌ・フィデル・フォーレイだ。

 その兄も、ジェルヴェーズがもっと幼い頃、兄自身も十に満たない時分に正妃の長男が立太子を済ませてしまったため、既に臣籍に(くだ)ることが決定している。残された王族の責任なんて、ゆくゆくは国のために有力な貴族や近隣他国の王族と婚姻を結ぶことくらいか。

 だから、今のジェルヴェーズは兄以上に気楽な立場だった。




 そのジェルヴェーズが十歳になった日、隣国の王子との婚約が決まった。

 まだ歴史の浅い“朱の国”の第二王子だ。


 ずっと昔から続く“深森の国”とは違い、“朱の国”は約百五十年ほど前に大陸全土を襲った“大災害(ディザスター)”の後に興った、新しい国だ。

 歴史書のとおりなら、その前身である“暁の国”が“大災害”のあおりで滅んだあと、奴隷として虐げられていた者たちが力を合わせて興した国だという。


 ――そんな内乱で新しく興った小さな国など、混乱に乗じた近隣他国に併合されてしまいそうなものだ。

 しかし、当時は未曾有の“大災害”のおかげでどこもかしこも大混乱に襲われていた。さすがの大国であっても国外に目を向ける余裕は皆無で、そのことも、“朱の国”建国に幸いしたのだ。


 大災害から二十年だか三十年だかかけてひとびとをまとめた英雄が、その“朱の国”の王として立ってからさらに百二十年あまり。

 “朱の国”の第二王子は、つまり、英雄の子孫というわけだ。




「英雄の子孫なのよ。いったいどんな豪傑なのかしら! ねえ、トーヴァはアルトゥール殿下がどんな方か知ってる?」

「いえ、“朱の国”の王太子殿下でしたら剣匠と呼ばれるほどの猛者だと聞いているんですけど、第二王子はあまり話題に上らないので……」


 “教師兼相談役”となって間もないトーヴァにあれこれと語りながら、ジェルヴェーズはその王子の訪れを心待ちにしていた。

 トーヴァは、王家とも縁続きであるリヴィエール公爵家の夫人の姪で、古い亡国王家の血筋にあたる、さる高名な吟遊詩人の娘でもあるという。リヴィエール公爵が、他国へ嫁ぐジェルヴェーズの、これからの助けになるだろうと付けてくれた者だ。

 トーヴァの出自の話のどこまで本当なのか、ジェルヴェーズにはよくわからない。だが、少なくともトーヴァの音楽の腕も博識さも間違いないし、頼り甲斐だってとてもある。ジェルヴェーズにとって、トーヴァはたちまち本当の姉のようなとても親しい存在となった。



 * * *



「僕はアルトゥール・オレグ・ラスィエット。よろしく、ジェルヴェーズ姫」


 とうとうやってきた顔合わせの日。

 優雅に挨拶を述べるアルトゥールに、ジェルヴェーズはただただぽかんと口を開けてしまうばかりだった。


 夜闇を押しやる暁の空の色……青みの強い灰色の髪に、柔らかな朱がかった紫の瞳。佳麗な姿は、まるで吟遊詩人の詠う古い物語に出てくる、ジェルヴェーズが思い描くような“王子様”だった。

 想像していた「英雄の血を引く豪傑」とは真逆の「麗しい王子様」というのが、ジェルヴェーズがはじめて会った婚約者の印象だったのだ。


 ぽかんと見上げたまま微動だにしないジェルヴェーズへ、アルトゥールはにこりと微笑む。しばらくじっと見つめて……相変わらずぽかんと口を開けたままの主人に慌てたトーヴァから「姫様」と小突かれて、ジェルヴェーズはようやく我に返った。パッと口を閉じて、すぐさまお手本通りにゆっくりと腰を落とし、どうにか取り繕うように淑女の礼をこなすジェルヴェーズに、アルトゥールはもう一度微笑んだ。

「わたくしは、ジェルヴェーズ・ニナ・フォーレイですわ、アルトゥール殿下」

 ジェルヴェーズは今年十歳で、アルトゥールは十八だ。成人から二年を過ぎた婚約者の物腰は、ジェルヴェーズよりもずっと柔らかくてずっと落ち着いていて、ずっとずっと大人に見える。

 背も高く、まだ小さなジェルヴェーズでは思い切り見上げないと顔もよく見えない。顎のあたりで切りそろえた髪はふんわりと巻いていて……。


 この、儚げできれいなアルトゥールが、未来の夫になるのか。

 ジェルヴェーズの胸がじんわりと熱くなる。


「ジェルヴェーズ姫、僕のことはどうかオーリャとお呼びください」

「オーリャ、様?」

「はい。家族は皆、僕をオレグの愛称、オーリャで呼ぶんです。ジェルヴェーズ姫は、将来、僕の伴侶となるお方なのですから、どうかオーリャと」

「まあ! それなら、わたくしのことはニナって呼んで。ただのニナよ。母上や兄上はわたくしをそう呼ぶの」

「では、ニナ姫」


 頬をほんのりとした薔薇色に上気させて笑うジェルヴェーズの手をそっと取り、アルトゥールは膝をついて唇を落とす。

 その手もほっそりと優美だった。

 兄たちとの誰とも違い、指先までがとてもきれいで……もしかしたら、すぐ傍らに立つトーヴァに負けないくらいずっとたおやかかもしれない。


「これからも幾久しくお願い申し上げます」

「わたくしも、よろしくね。オーリャ様が王子様みたいな方でよかったわ」

「王子様ですか?」

「ええ! 物語に出てくる、悪魔からお姫様を助け出す王子様よ」

 ジェルヴェーズは、十歳の女の子らしい発想にきらきらと目を輝かせる。

 “朱の国”の第二王子であるのに“王子みたい”とはいったいどういう意味だろうかと訝しんでいたアルトゥールは、「なるほど」とすぐに破顔した。

「では、剣ではなく魔術を使う王子ですが、全力であなたをお守りしましょう」

「ほんとう? うれしいわ! オーリャ様は魔術を使うの? 魔術師なの?」

「はい」

「王子様は、皆、剣を使うのだとばかり思っていたわ」

 ジェルヴェーズの目が大きくまん丸に見開かれた。

「ニナ姫は、僕が魔術師ではお気に召しませんか?」

「いえ、わたくしの兄たちは皆、剣を使うの。だからびっくりしただけよ」

「そうでしたか」

「魔術師だなんて、オーリャ様はとっても頭がいいのね」

「幼い頃から勉強ばかりさせられてきただけですよ。我が国では、王の子は必ず誰かひとりが魔術師にならねばいけないという決まりがあるんです。今代は、それが僕だったというだけですから」

「それでも、魔術師の勉強はとっても大変だって聞いてるもの。オーリャ様はすごいわ。魔術師になるには、騎士が剣の腕を鍛えるのと同じくらいか、それよりもっとずっと勉強しなきゃ駄目だって、兄上が言ってたの。おまけに、それだけ勉強しても、必ずなれるとは限らないって」

「そうですね……たしかに、適性も必要なようですから」

「やっぱりオーリャ様はすごいわ! オーリャ様みたいなすごいかたがわたくしの旦那様になるのね」

「そのように褒められるほどのことはしていないのですが」

 つい興奮して年相応にはしゃぎだすジェルヴェーズを、アルトゥールはやや苦笑混じりに見つめる。

「オーリャ様、今度、わたくしに魔術を見せて? わたくし、まだ魔術師の魔術をみたことがないの」

「わかりました。こちらの魔術師長殿のお許しが出たら、ぜひに」

「うれしい! 約束よ!」


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