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セカンドプロローグ 文野書紀の入部動機 前編

 父が自衛官という職業上、文野(ふみの)家はとにかく転勤が多かった。


 僕が小学校から中学に至るまで転校した回数は両の手で収まる数だったが、今でもライーンをかわし合う友達の数となると、両の手で数えるには余分な指があまりに多かった。


 父を恨んだこともあったが、転校を告げる際はいつも母でなく父の口から直接聞かされ、普段は厳格な父から「苦労をかけるな」と寂しげに言葉を零されると、僕は何も言えなくなるのだった。


 何度も転校を繰り返していると、友人を作るのが億劫になってくる。

 心を通じ合えたと思っていた仲であっても、ライーンの返信が無くなるタイミングというものがあるのだ。

 それほど頻繁に言葉を送ったワケではない……と思いたい。

 学生生活、という日常のなかで、僕らは自分に出来る限りの出来事を処理している。その忙しさの中で、遠い友人への優先順位が低くなっていくのも仕方の無いことなのだろう。


 画面に既読表示が現れているのに丸一日返信が無いとき、僕は糸が切れる光景を頭に浮かべる。

 ハサミを使って切られるのではなく、役目を終えた葉のように、まるで自然なことのように、糸がプツリと切れる光景だ。

 そんな事を繰り返していれば、自分から糸を結ぼうと働きかけるのも、そりゃあアホらしくもなるってもんだろう。


 そうして僕は、世話焼きな子が話しかけてきても、曖昧に返事を濁すだけの「暗い奴」の烙印を自らに押した。


 烙印を気にせず話しかけてくる子も居ないではなかったけど、どうせその内切れると思うと、無駄な労力を使う気にはなれなかった。

 僕は「暗い奴」と言うより、「嫌な奴」になっていた。


♂ ♂ ♂


 小学四年になったある夏の休み時間、その学校でも嫌な奴だった僕は暇をもてあまし、机に突っ伏して寝るフリをするのも飽きたので、その辺を歩き回ることにした。


 群れあって騒ぐ学童達の喧騒の中、一人でいると自分が劣っている存在のような錯覚に陥る。


(ぼっちが集まる場所があれば良いのになぁ)


 そんな事を思いながら校内を適当に歩いていると、あっさりそんな場所にたどり着いた。


 プレートには図書室と書かれていた。


(本を読んで時間を潰すのも良いかも知れない)


 反射的に出てきた思いつきにしては良いアイデアだと思った僕は、早速扉を開けて入ってみた。


 室内を見渡すと、予想外にぼっちは少なかった。

 二人隣り合って座り、勉強しているもの。

 班の課題に挑んでいるのか、ある机の四人グループは時折小声で話ながら、熱心に読書感想文らしきものに取り組んでいるものもいる。


 しかし、幾人かのぼっちは存在していた。


 けれど皆、そんな見栄えよりも目の前の物語に夢中になっているようで、脇目もふらずに本に集中していた。


 漫画でも読んでるのかと思ったが、脇を通る際にチラリと本を確認してみると、中には活字しか書かれていなかった。


(あんなもの読んで何が楽しいのだろう)


 僕はまだ読んでない手塚治虫の漫画はないだろうかと、図書室を彷徨いたが、生憎定番のものしか置いていなかったので、僕は諦めて活字の本に手を出す気分になった。


 本棚を彷徨いてると、どれも国語の教科書に出てきそうで、やる気が萎んでいった。


 ここで寝るフリでもするかな、と考えていたら、真横でゴトゴトと何かが落ちる音がした。


 本を棚に戻す作業をしている図書委員のようだ。


 暇潰しに床に落ちた本を集めるのを手伝っていると、大袈裟に礼を言われた。


 眼鏡をかけた痩せ型の長身の男子生徒だ。

 髪型が七三であれば、まさに学級委員のような風貌になっていただろうが、彼は爽やかに髪型を崩していた。


「本探してたところ、ごめんね。ありがとう!」


 寝るフリして時間を潰そうと決意したばかりのタイミングでこの台詞を当てられて僕は狼狽した。


「や、やー。そうなんです。でもなかなか良さげなのが見つからなくて」

「ふーん」


 コレだけでは素っ気ないだろうかと考え、テキトーに言葉をぶつけてみた。


「なにか、面白い本ってないですかね」


 今にして思えば、それが僕の人生を動かした瞬間だったのかも知れない。


 彼の眼鏡がキラリと光った気がした。

 さながら謎が解けた際の某高校生探偵の如く、キュピーンと。


「どんなのを探してるんだい!?」


 予想外に大きな声と熱量を持って迫られたため、僕は狼狽した。


「え、えーと」


 彼は構わず捲し立ててきた。


「ミステリー? SF? エッセイ? 純文学? ライト文学? ライトノベル?」


 彼が小説のジャンルを挙げる度に一歩づつ近づいてきて、ついには壁際まで追い詰められた僕は、いつものように適当に返事を濁して逃げる事が出来なくなってしまった。

 なにせ後ろは本棚なのだ。逃げ場なんてどこにもないので僕はパニックになった。

 さながら某高校生探偵がランねーちゃんに名前を聞かれた時の如く、アワワーっと。


(め、面倒な事になったかも知れないぞ)


 辺りをチラリと窺うと、彼の声が大きかったためか、注目を集めていた。


 一刻も早くこの目から逃れようと、僕は彼に注意を促した。


「あの……落ち着いて下さい」

「あ、ごめんごめん」


 彼はアッケラカンと笑って、一歩身を引いた。

 ようやく普通に会話できそうな気がしたので、疑問をぶつけてみる。


「え、ええと……ライト文学って?」


 ライトノベルは聞いたことあるが、そんな言葉は聞いたこと無かった。


「あ、これは僕が勝手に名付けたジャンルなんだけなんだけどね、えーと、そうだなぁ、森見登美彦とか今村夏子とかかな。そうだ、太宰とかも読みやすいし、芥川龍之介とかもだね」

「芥川龍之介? ガチガチの純文学の人なんじゃないんですか?」


 そんな人を勝手にライト文学扱いして良いのか。


「そーゆーのも書いてるけど、僕の中では『鼻』とか『地獄変』とか『蜘蛛の糸』とか、『羅生門』とか、なにより『藪の中』書いた人ってイメージが強いからライト文学の人なんだよ。とにかく話が面白くて、それでちょっぴり難しい。それがライト文学」

「はぁ……知りませんけど」


 図書委員につくぐらいだから本好きなんだろうとは思っていたが、ここまで無駄に饒舌をかまされるとちょっと引いた。


「えーと、なんかただひたすら読みやすくて面白いのってないですか?」


 我ながらアホっぽい質問だとは思ったが、ヘンな人に遠慮なんか必要ないと思った。


「難しい質問だなぁ。だが、安心したまえ。大概の本好きはそんな質問に対するアンサーを用意しているもんなのさ」 

「ほ、ホントですか?」


 彼の声がまた大きくなっているのに気付いた僕は、少し声を絞って問いかけたが、効果は無かった。

 熱くなると周りが見えなくなる性格のようだ。


「本好きはね、好きな本を誰かと共有したくてたまらないんだよ。だから、snsで感想とか呟くし、ある人なんかはそれが動機で小話書いちゃうほどなんだよ」

「誰のこといってんすか?」

「ま、それはさておき、僕が勧める本はアレだな」


 そう言って彼は突然背を向けて歩き始めた。付いていかないといけない流れだったので、僕が後を追うと、彼は「は行」の本棚から1冊の本を取り上げた。



『ボッコちゃん』


「知りませんね」

「そりゃ羨ましい」

「ええ?」

「こんなに楽しいお話の数々をゼロの状態から100%楽しめるんだからね」


 目をキラキラさせながらこんなことを言われては、流石に興味が湧いた。


「そんなに面白いんですか?」

「図書委員の座を賭けても良いよ」

「それは別に要らないですけど……」


 その時不意に彼の背後にある時計が目に付いた。

 そろそろ休み時間も終わろうとしていた。


「あ、そろそろ教室に帰らなくちゃ」

「じゃ折角だし借りていきなよ」


 真正面から顔を見据えられて、そう言われた。

 よほどこの本に自信があるのだろう。たぶん、心の底から面白いものだと、彼は信じているみたいだった。


「はい」


 カウンターまで彼が案内してくれて、手続きも行ってくれた。

 判を押し、件の本を手渡すとき、彼はこう呟いた。


「良い航海を」

「は、はぁ……?」


 1つ頭を下げて室内から出ると、廊下に掛かる窓から夏の木枯らしが楽しそうにさざめきあっているのが耳に入ってきた。


 何かを祝う歓声のように、聞こえなくもなかった。


 続

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