科学の街
街の中にある住宅街、一軒家が規則正しく並んでいる。その並んだ全ての建物が時間の経過を受け入れ変わってしまった今でも、とても綺麗な建築だったことがわかる。
むしろ、自由に体躯を伸ばした自然が、異質な、いや一つの芸術作品を完成させていた。芸術などというものは、図書室で見た本になってあるものしか見たことはないが、この感覚が、おそらくそれに近いものなんだろうとクロは思った。
ずっと見ていたい気すらする。
そのほとんどが今までのようなコンクリートでできた無機質なビルなどとは全く異彩を放っていた。
住宅街にはメインの道が一本まっすぐ通っており、その両脇に一軒家が並んでいる。
全ての一軒家には庭があり、必ず周りを腰ほどの柵が囲んである。
庭にはプール、滑り台、生えた木に作ったブランコなど、アメリカの映画で見たような景色だった。この日本では、人口の密集度が高く、まずありえないような光景である。
だが、この街ではあり得るのだ。この街は特別なのだから。
この街は日本のどこの街とも違う、「科学者の街」だ。世界中で有名な科学者、その部下、見込みのある若者、果ては意味のなさそうな研究をしているものまで、国、企業、投資家などが資金を出し研究させ、成果を上げさせる街だ。
無数の研究所、オフィスビルが並び建ち、街中をたくさんの出資者が魚を選ぶ職人のように目を光らせ、歩いていた。
全ての研究所の前にはその研究の詳細と意図、活用できる技術の可能性、どれほどの出資でどこまで動けるか、出資された場合のリターン、構成メンバー、略歴、等々、全てが書かれている。
出資者のほとんどはネットなどで情報をざっくりと見、気になるところがあれば実際に足を運び、その研究所の中、メンバーの人柄などを見た。
面接のようなものだろう。
逆に研究所は常にオープンで、技術の盗まれそうな場所へは立ち入りさせないものの、ある程度までは誰でも入って見学することができた。
さらなる収入源を探すもの、一攫千金をもとめ、金を握りしめてきたもの、様々だった。
このシステムのおかげで科学技術は飛躍的に進歩していき、日本は科学大国へとその姿を変えた。
殆どの最新機器は日本から出たもので、こぞって他の国は類似品を作った。日本の輝かしい地位の象徴、それがこの街である。
そんな街に住める研究者はどんどん選ばれるようになり、世界中の科学者の夢となった。
たくさんの最高レベルの科学者と触れ合い時には意見を交換し、まったく違うカテゴリの科学者の助言がさらに別の科学を飛躍させ、お互いに科学を高め合っていた。
そんな選ばれた科学者が住む家だ、小さいわけがない。さらにはパンデミックや災害などを考慮してシェルターが義務付けられているので、必ずシェルターがある。
シェルターがあるということはかなりの確率でそこに保存食があるということだ。
シロとクロは、その保存食を狙ってここまできたのである。
クロは小さなメモを取り出した。
「えーと、野菜シート、電池、携帯バッテリー、調味料諸々、それとタオル、食器洗剤、洗濯洗剤、保存された食料と飲料かな。あとは探索していいものがあったらそれも持って帰る」
シロは大きな手押し車を引きながら
「あと映画DVD欲しい!」
と、その手押し車に乗ったクロに懇願した。
「んー…DVDはかなり古くてレアだし、マニアじゃないと持ってないからなぁ。あるといいな」
大きな手押し車の中から、頭だけ出したクロがそう答えた。シロは先日見た映画に出てきた「人力車」を真似たくて手押し車の上にクロを抱えて収納したのだ。クロも甘んじてそのポジションを受け入れている。
そのまま歩いていくと比較的綺麗な一軒家があった。真っ赤な壁に茶色の屋根、木目を生かした作りに目がいく。
あまり荒らされてないようだ。
「ここにしよっか」
とクロは赤い家を指差し、手押し車の中から出ようとした。
その時シロが 了解!と急発進したためクロはそのまま荷台の中へ再び転げた。