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必殺断罪人スペシャル(特別編)  作者: 高柳 総一郎
ドモン、オタ芸を極める
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ドモン、ヲタ芸を極める(Aパート)

 帝国魔術師学校。国立の魔法教育機関では最大規模を誇る学校である。三年制であり、厳しい試験を突破し、十五歳から最大十八歳の者が入学でき、倍率は十倍以上という狭き門。まさに名門校である。

 そんな名門校であっても、通うのは若者たち。興味があるものは、いつの時代も変わらないものだ。教師、セリカも、生徒たちのおしゃべりを聞きながら、それをしみじみと感じていた。

「……でさ、俺はリーダーのミラがいいんだよな。なんかこう、派手じゃないけどおしとやかで……すらっとしてて。歌も上手いし、踊りも一番だろ」

「いや、俺はミラより、ユキちゃんの方が……あの冷たい視線がさ。踊りだってユキちゃんの方がキレがあるぜ」

 男子生徒が、何やら机を囲み、紙を広げて、ああでもないこうでもないと議論を交わしていた。セリカが上からそれを覗きこむ。ポスターだ。それも、チェック柄のブラウスにスカートで統一された、女の子の集団。この生徒たちと、対して年は変わらぬだろう。

「なんなの? その女の子の絵」

「セリカ先生! 知らないんですか?」

「今流行の、IVNトゥエンティーワンっすよ」

 名前だけなら聞いたことがあった。なんでも、数カ月前にオープンした劇場『トゥエンティーワンシアター』で、毎週公演をやっているらしい。敏腕やり手プロデューサーがついていて、今やイヴァンの男性はもちろん、女性までとりこにしてしまっているらしいのだ。

「先生は劇場行ったこと無いんですか? 銀貨一枚で入れるから、俺達でも入ろうと思えば入れるくらいの値段なんですよ」

「行ったことないわね。面白いの?」

「そりゃもう! 凄いっすよ。色街じゃ、女性の踊りっつったら脱いでナンボなんて言われてますけど、ホントにダンスと歌で勝負してるんす」

 熱っぽく語る彼は、かばんから一枚の小さなカードを取り出した。青い髪の少女のイラストが描かれており、決めポーズに笑顔をこちらに投げかけていた。

「これ! これがユキちゃんっす。あー……俺、許されるんだったらユキちゃんとデートしたい!」

「デートなんて、贅沢すぎるぜ。俺だったら、握手でもいいな。ミラと握手したら、もう手なんか洗えねえ」

 セリカはユキのカードをまじまじと見る。実物を見ねばわからぬが、イラストを見る限りは美女なのだろう。

「ケント、お前の推してる子だれだっけ? IVN。一緒に行った時、お前もカード買ったじゃん」

 彼らの後ろに座っているメガネの小柄な少年が、おずおずと顔を上げた。彼の名前はケント。そばかすとくるくるの天然パーマが愛らしい少年だ。正直なところ、セリカは彼を気に入っている。普段は男らしい『立派な殿方』を好む彼女だったが、人並みにこうした少年を可愛いと思う気持ちは持ち合わせている。

「えーと。僕は……サーシャちゃんかな」

 ケントは制服の懐からカードを抜き出し、セリカを含む三人に見せた。この子も中々可愛らしい。セリカはレベルの高さに感心し通しだ。しかし、他の二人はそうは思わなかったらしい。

「サーシャかよ。人気最下位だし、ぱっとしねえ」

「無いわ。ダンスはまあまあらしいけど、たまにドジってひんしゅく買ってんだろ。ミラに迷惑かけんなよな」

 ケントは悲しげにカードを仕舞い、目を伏せた。どうやら、IVNのメンバーには序列があるらしい。芸の世界は厳しいと聞くが、どうやら本当のようだった。セリカは妙に納得すると、パンパンと手を叩いた。

「さ、授業が始まるわ。カードとポスターはおしまいなさい。授業中なら没収しなくてはならないから」

 男子生徒達は、渋々といった様子でそれらをしまった。直後、始業を伝える鐘がなり、セリカは壇上に向かうのだった。







「困りますなあ。我々は確かに、イヴァンの治安維持が仕事だが」

 憲兵団本部の応接室では、困ったように禿げ上がった頭をつるりと撫でるガイモンの姿があった。

「ヘイヴン近くの噴水広場は、会場としては非常に適しているんですよ、ガイモンさん。アタシとしても、いつまでも劇場ってわけじゃなく、いつかは帝国中にトゥエンティーワンの名を広めて、愛と夢と希望を振りまきたいって目論んでいるんです。その第一歩なんですよ、このコンサートは」

 ガイモンの目の前に座る人物は、咥えた葉巻を左手ではさみ、宙で円を描きながらそう言った。長い栗色の髪をポニーテールにまとめ、目元は茶色いトンボメガネで覆っている。同じく茶色いロングコートの下は、まるで男のような白いシャツにスラックス。コートとシャツの右袖には中身が無く、空中を揺れていた。

「何度も言うが、困りますな、アンナさん。プロデューサーだかなんだか知らんが、公演中治安が心配なら、傭兵でも雇えばいい。金貨を五枚でも出せば、食いっぱぐれた痩せ傭兵を二ダースは雇えますよ」

 アンナは再び葉巻を咥え、紫煙を吐いた。何たる不遜な態度! ガイモンはそれを手で振り払う。普段のガイモンであれば、一喝した後一発殴り、もう一度一喝して憲兵団本部から追い出したことだろう。しかし、この目の前にいるプロデューサーのアンナは、イヴァン最大の大通り『アケガワ・ストリート』のど真ん中に劇場をおっ立てるために、都市計画開発局に多額の献金をし、土地を開けるために地上げまがいのことをするなど、黒い噂の絶えない人物なのだ。長いものには巻かれてしまうタイプのガイモンは、どうしても彼女に強く出ることができなかった。その献金の手は、憲兵団に伸びているとも噂されるからだ。よもや真実であれば、ガイモンの首は容易にすげかわるだろう!

「なるほど、傭兵をね。確かに治安はそれで問題ないでしょう。しかし、要はね、ガイモンさん。アタシは憲兵団のお墨付きが欲しいんだ。傭兵をずらずら並べるだけじゃ、もう一つ心もとない。誰か一人で構いませんから、憲兵官吏の旦那を付けてもらえませんかね」

 そう言うと、アンナは左手でコートの内側のポケットをまさぐると、金貨を一枚取り出す。机の上のティーセットへ手を伸ばし、ソーサーの上に金貨を置くと、カップを乗せ、紅茶を器用にそそいだ。それを、ガイモンに差し出す。

「鬼と呼ばれているらしいですね、ガイモンさん。実に頼もしい。しかし、アタシはただの善良な一市民、鬼の手でも猫の手でも借りねば、まともに公演一つ打てないんです。どうか、協力してもらえませんかね」

 ガイモンはカップを取り、紅茶をすすった。

「なるほど。実は今、ソーサーの上に誰かの金貨が乗っている。これはワシがもらうものとして……一人ならば、公演中に憲兵官吏を噴水広場に集中して見回らせるくらいは問題ないでしょう」

 アンナはニヤリと笑い、コートから小さな紙を取り出すと、何やら書き始めた。書き終わってから、小さなそれをガイモンへと渡す。

「立っておいてもらうでも、公演を見ているだけでも構いません。連絡先はここ。とにかくあの白いジャケットの旦那が立っているだけでも、悪さをしようなどという輩はいなくなりますからね。では、よろしくお願いします」

 アンナが悠々と去っていくのを見送り、ドアを閉めた直後──ガイモンは息を吐き、残った紅茶をがぶがぶ飲んだ。正しい判断だった、と己を納得させ、椅子から立ち上がる。応接室を出て、自分の執務室へと戻る途中、羽ペンを握ったまま机の上に突っ伏している男の頭をはたいた。

「おい」

「うーん……あなたのために歌うのが、こんなにもつらいなんて……」

 完全に寝ている。見かねた隣の席のサイが、小声で彼に呼びかけるが、なかなか効果はない。

「寝言はまずいぞ、ドモン。ガイモン様だぞ」

 ドモンはむにゃむにゃとよくわからぬことを口から漏らすだけだった。

「え? カイモン? 僕は……女の子ならいつだって門戸を開いてます……」

「バッッカモン! 起きんか! ドモン!」

 憲兵団本部中に響く大喝! 窓は揺れ吹いた風との合わせ技で開放され、入ってきた風のせいで書類が舞う! ドモンはなにか災害が起こったものと跳ね起き、目の前に立っている鬼の形相のガイモンを見て青ざめる!

「や、その、ち、違うんですよ……その……歌手にですね。そう、歌手になりたくて。でも、僕、声がそんなに大きくありませんから。こうして伏せて発声練習をしてると効果があると聞きましてね。ほら。『あなたのために歌うのが、こんなにもつらいなんて』」

 突っ伏して『発声練習』の再現をするドモンの頭を、ガイモンは叩く!

「ならこのワシがいますぐ貴様の辞表を書いて、歌手になる夢を追わせてやろうか?」

「や、そんな! め、滅相も……しょ、小官は憲兵団に骨を埋めるつもりでありますので」

 白々しい嘘をつくドモンに冷たい視線を浴びせると、ガイモンはため息をつき、口を開いた。

「……ともかくだ。貴様に話がある。まだ辞めさせるわけにはいかなくなったのでな」








「簡単にいえば、貴様に警護を頼みたいのだ」

 死刑宣告を受けているような面持ちのドモンに、ガイモンは椅子に深く腰掛けたまま手に持った小さな紙を差し出した。『アケガワストリート六番地・トゥエンティーワンシアター 総支配人兼プロデューサー アンナ・マイヤー』。どうやら、名刺のようだった。

「そこの劇場の公演とやらを、ヘイヴン近くの噴水広場でやりたいと聞かん。それならばまだしも、憲兵官吏を一人でいいから立たせて欲しいと強情でな。なんでも、その……アイブイエヌだかなんだかというグループは、大変な人気らしいし……熱狂的な輩もいるようでな。ま、揉め事が起こらんのならそれに越したことはないというわけだ」

 ガイモンが苦々しげにそう言い終えると、未だ眠そうなドモンはぼりぼりと頭を掻いた後、おずおずと口を開いた。

「アイブ……なんでしたっけ?」

「アイブイ……何だったか。ワシにも分からん! とにかく貴様に任せた。ヘイヴンはお前の管轄だし、噴水広場もしかりだ。くれぐれも、問題を起こさんようにな」

 そう言うと、ガイモンは頬杖をついてドモンに去るよう手をひらひらふった。そう言われてしまっては、ドモンにもこれ以上この執務室にいる理由はなくなってしまう。

「はあ、では……僕はどうしたら」

「なんども言わせるんじゃない、バカモン。その名刺の住所に言って、用でも聞いてこい!」

 怒鳴り散らすガイモンを背に執務室を飛び出し、ほうほうの体で扉を閉めてから、ドモンはふう、と息をついた。どうせ、賄賂か何か掴まされたのだろう。そうでなければ、信用していない自分になど仕事を振ろうなどとするものか。

 ドモンは背を丸めながら、渋々と外へ向かって歩き出す。なんとはなしに、憂鬱な日が始まりそうな予感がした。

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