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学園もの

( ずっと、貴方が好きでした )

作者: 森崎緩

 学級日誌を閉じ、俺は溜息をついた。

「さっさとしろよ、今野」

 黒板の前では、同じ日直当番の今野が黒板消しを上下させている。何かこだわりでもあるみたいにのんびりと、めちゃくちゃ丁寧に消している。

 だけど遅い。夕日を浴びた黒板はまだ半分以上汚れたままだ。この分だといつ終わるのかわかりゃしない。

 当の今野は振り向くなり、悪びれずに笑った。

「ごめーん。この黒板、なかなか汚れ落ちなくってさ」

「それにしても遅いっての」

 ぼそっと言ってやった。

 どうせ聞く耳も持ってない。あいつの辞書には『反省』っていう言葉が存在しないんだろう。


 今野と一緒の日直はこれだから嫌だった。

 いつもいつもこうなんだ。働き者の俺が机をきちんと整列させて、窓の施錠をして、日誌を書き上げてしまっても、今野は黒板を消し終えていない。先生の文字が残っている黒板の前で、のんびり黒板消しを動かすばかりだ。

 お蔭でいつも帰りが遅くなる。

 クラスで一番いい加減な女子と日直当番が一緒なんて、つくづく不幸だ。


「もうちょっと手際よくやれよ」

 頬杖をつきながら俺はぼやく。

 俺がどんなに頑張ったって、あいつが携わった作業だけが片づかない。普段はそんなにとろそうなイメージもないのに、何なんだろう。

「これでもやってる方なんだけどねー」

 小声でぼやいたつもりだったのに、今野はまた振り向いて、俺に陽気に笑ってみせた。どこが手際いいんだか、全く気楽なもんだ。

「こっち向くな。とっととやれ」

 俺が言うと、わざとらしく肩を竦めて、再び黒板に向かい出す。ようやく黒板の真ん中まで到達していた。ようやく、だ。

「そんなにきつい言い方しなくてもいいじゃん。古宮、冷たいよね」

 今野が笑う。一応は俺の言うことを聞き入れたのか、こっちに背を向けたまま。


 だけどその言葉がかちんと来た。

 冷たいって誰がだ。今野がのろのろ黒板を消してる間に、机をきちんと整列させて、窓の施錠をして、日誌を書き上げてしまった俺が?

 その後も今野の働かなさぶりに苛つきつつも、ちゃんと待っててやってる俺が?

 ふざけんな、大概にしろ。


 痺れを切らした俺は席を立ち、黒板へと歩み寄る。

 教壇に乗った足音を聞きつけてか、今野がはっと振り返った。

「半分来たから、あとちょっと待ってて」

 これまでとは違う、少し焦ったような口調だった。こっちの苛立ちが伝わったんだろう。だけどその言葉には答えず、俺は今野の手から黒板消しを引っ手繰った。

 あ、と声を上げた怠け者には構わず、さっさと残りの部分をきれいにしていく。俺がやった方が確かに早かった。すぐに終わった。

「黒板消し、クリーナーに掛けてくる」

 消し終えてから俺が言うと、奴はにやっと笑って、

「ありがと。やっぱ古宮がやると何でも早いね」

 やっぱり悪びれない言葉を口にした。

「お前はいてもいなくても同じだけどな」

 もはや怒鳴り散らす気も起こらない。俺はぐったり疲れて、今野の笑顔から視線を外す。

 むしろこんな奴いなくていい。働く気がないならさっさと帰ってしまえばいい。次の日直からは一人で残ろう。

「でも、可愛い子と一緒に残ってると、それだけで楽しいでしょ?」

 教室を出て行く時、今野は性懲りもなくそんな声をかけてきた。

 もちろん無視した。ドアを強く閉めてやったから、多少はぎょっとしたに違いない。


 つくづくふざけてる。どこが可愛いんだ、ぐうたら女が。

 きっと単に怠けているだけだ。普段からとろいならまだ許せる。だけど今野の場合、のんびりするのは俺と一緒の日直のときだけだ。

 その理由もようやくわかった。もたもたしてれば俺が他のことを全部、やってくれると踏んでるに違いない。俺に全部やらせとこう、押し付けようって魂胆だろう。

 本当にいなくてもいい、あんな奴――廊下に置かれているクリーナーのモーター音を聞きながら、心からそう思った。


 そして教室に戻り、ドアを開け放った瞬間、俺の方がぎょっとさせられた。

 今野が、きれいにしたばかりの黒板に向かって、落書きを始めていたからだ。

「お前、何やって――」

 言いかけて、自然と声が詰まる。

 赤のチョークででっかい相合傘が、黒板いっぱいに描かれていた。

 しかもその下に、俺と今野の名前を並べて。

「ごめん、古宮」

 振り向いた今野が、夕日を浴びて眩しく笑う。

「あたしは古宮と残るの楽しかったんだけど、やっぱりわざとらしかった?」


 黒板消しが俺の手から落ち、床に転がる音が響いた。

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