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08:見た目だけは可愛いのになあ!

 テーブルに茶が用意できたのを確認し、人払いする。ぴくり、と女中の眉が動いたが、私の命令には逆らえないだろう。

 ほどなくして、部屋から私と客人以外の姿が消えた。まあ扉や壁の向こうでは護衛たちが待機しているが、会話が漏れなければ問題ない。


「さて……久しぶりだね、シャンゼリン」


「えぇと、三日ぶりです、殿下。まだあれからそんなに経っていませんよ」


 客人、つまりは私の愛しのシャンゼリンだ。

 栗色の髪に緑の瞳、どこにでもいるような色彩だが、彼女がまとえばこんなにも愛らしい。学園に支給された制服ではなく、私好みのドレスでも着せたいところだ。


 くすりと笑みをこぼし、私はシャンゼリンの手を取った。舌先をのぞかせて、妖艶に言葉を手向ける。シャンゼリンが目を見開いた。


「たとえ世界にとっては三日ばかりの時間だとしても、私にとっては君に会えない時間は永久に等しいのだよ」


「殿下、そういうのはいいですから」


「何だい、付き合いが悪いなあ」


 見た目は可愛らしいが、動じないのが玉に瑕、と。

 私としてはそのギャップも楽しいので問題ない。小柄で童顔なので可愛がられるタイプ、とみせかけて実は肝っ玉母ちゃん系というね。面白いだろう?


 実家では弟妹の面倒を見ながら畑仕事をしていたらしい。やはり、恋人役(・・・)を頼むならばこうでなくては。

 平民らしい図太さと大胆さ、というか。私の恋人ということで、学園中の淑女たちから敵意を持たれたというのに、平然と授業を受けている辺りとか、素敵だと思わないかい?


「それはそうと殿下、婚約破棄って何ですか。わたし、聞いてないんですけど」


「ああうん、言ってなかったからね」


 シャンゼリンは紅茶を飲みつつ、むすりと不満を投げた。いやあ、やっぱりまずはそこか。事前の打ち合わせ(・・・・・)では、イチャイチャする程度としか言っていなかったし。


「噂の浸透具合がちょうどよかったからね、いいタイミングだった。それに私の想像以上にうまく合わせてくれたじゃないか」


「そりゃあこの一年で随分と演技力を磨かせていただきましたから。大半は殿下の所為ですけど」


「やったね、シャン! いつでも女優デビューができるよ!」


「わたし卒業後は実家に帰って畑を手伝いたいって、何度も言いましたよね!?」


 打てば響くような言葉の数々に、にまりと頬が緩む。うん、楽しいぞ。

 この私にここまでぽんぽんと言葉を投げるのはシャンゼリンくらいなものだ。たとえ私が許したとしても、皆どうしてもかしこまってしまうからな。


 さて、お察しのこととは思うが改めて。

 シャンゼリンは私の恋人ではなく、共犯者である。 


 表向きは恋人ということになっているが、実際はそれぞれ思惑のある関係である。デュウのそれと似たようなものだ。

 私は私の目的を果たすために。デュウは私を王位から遠ざけるために。そしてシャンゼリンは。


「殿下、大丈夫なんですよね? わたし、国に仕えるなんて死んでも嫌ですよ」


「本当なら、君は優秀だから是非とも城で貢献してもらいたいところなんだがね……」


 これである。

 彼女は超人的な魔法の才能がある。だから半ば強制的に入学させられたのだが、シャンゼリン自身はそれをまったくありがたいと思っていないのだ。

 むしろ、凄まじく嫌がっている。


 このままいけば彼女は卒業後、国の中枢、ぶっちゃけ王城に配属されるだろう。それほどの才能なのだ。

 平民のままだと何かと問題があるから、どこぞの男爵の養女にでも入れられるかな。そこで軽く淑女教育でもして、婚約者も用意して、がっちり勝ち組人生のレール、と。


「多少息苦しいかもしれないが、君の才能は確かなものだ。割とわがままも通るし、裕福に暮らせるぞ?」


「今更何ですか、殿下。私は絶対に家に帰るのを諦めませんよ。そのためにこうして似合わないことしてるんですから」


 いや、可愛らしい外見には似合っているがね? 人前で私に抱き着くのも、甘えた声で物を強請るのも。女性の神経を逆なでするツボを的確におさえている。


 まあ私個人の見解は置いておいて。

 私が彼女を利用して自身の評判を落としているのと同時に、シャンゼリンもそれに便乗して彼女の評判を落としているのだ。

 たとえ才能があっても、第一王子を誑かした平民の娘など、誰も養女にしたがらないだろう? そうなれば卒業後、彼女は貴族から解放され、実家に戻ることになる。


「まー、勉強は楽しいですし。卒業ぎりぎりまで粘って学んでいくつもりですけど。奨学金の返済は、地道にコツコツやればなんとかなるくらいですから」


「いや、普通は無理なんだが……君は自力で魔物を狩って荒稼ぎできるからなあ」


 前世むかしを思い出すなあ。ヒロインすげええ、と『わたし』はゲーム画面に慄いたものである。

 イケメンを攻略する片手間で、ミニゲームで魔物を狩って小遣い稼ぎするヒロイン、なにそれこわい。

 ゲームだとその賞金を使ってアクセサリーを買ったり、部屋のデコレーションができるんだったか。攻略には直接関係ないが、やりこみ要素としてそんな設定があった。


 ちなみに、現在私の目の前にいるシャンゼリンの主なお金の使い道は貯蓄と仕送りである。生活の苦しい故郷の村に毎月、様々な都会の生活物資を送っている。現金だといろいろと危ないので、馴染みの商人に頼んで不足しがちな雑品を送っているそうだ。

 最初何となしに聞いてしまい、思わず目頭が熱くなった。なんという家族愛二時間スペシャル。


 そんな家族思いの少女が、紅茶を飲みつつけろりとした顔で首を傾げた。うん可愛い。


「村にいた時から、畑を荒らす害獣を魔法でシメてましたから。勉強したらより効率的に倒せるようになりました」


「どうしてこうなった」


 本当、見た目だけは可愛いのになあ!

 目の前のシャンゼリンは、何というか……女子力を犠牲に戦闘力に極振りみたいな感じである。

 いや、うん……ここまでくると、どう考えてもゲームにはない何らかのイレギュラーな事態があったと考えるもの納得だろう? ゲームのシャンゼリンはもっと積極的に恋人の座を狙っていたしな。


 シャンゼリン自体が転生者という可能性は、おそらく排除してもいいだろう。疑わしい部分はあるが、私の共犯者であってくれればいい。

 おそらく、ゲームでは存在しなかったある事件によって、シャンゼリンは『ゲームのシャンゼリン』から乖離した。


 どちらかといえば、その事件そのものに転生者が関与しているのかもしれないな。まあ、私の計画を邪魔してくるということもないだろう。障害にならないというならば、放っておいても良い。


「少し我慢をすれば、悠々自適な贅沢三昧の暮らしなんだがね……」


「無理ですよ、私は一日三時間以上は土と子供と触れ合っていないと衰弱します」


「私が声をかけるまでもなく、君が孤立していた理由がよく分かるよ」


 うん。いくら可愛くてもこれではね。

 彼女の名前はシャンゼリン、平民故に姓はない。歴史に名を遺すであろう魔法の才能を持った少女で。



 転生者だなんて疑えないくらいに。

 骨の髄まで、農民(残念系美少女)なのだ。


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