07:世界観的にどうなんだ
まあ、まだ可愛い盛りの15歳だ。最近はすくすくと成長してイケメン化しているらしいが、私にとっては可愛い弟のままである。
こうして、近況報告の手紙をやり取りする程度にはね。
ふむ、最近の勉強の進み具合は上々、母上もお元気のようで何よりだ。あぁ、ヴィヴィアンヌとのお茶会も定期的にやっているようだな。感心、感心。
おお、茶会で彼女に私との仲を相談されたと。
「兄上には何かお考えがあってのこととは思いますが、ヴィヴィアンヌ様をあまり悲しませないでください、か……。やれやれ、よくできた弟だ」
というか思った以上に仲良いな。最初に茶会をセッティングしたのは私だが、ここまで続くとは予想外だった。相性がよさそうだとは思っていたがね。
ヴィヴィアンヌも、あれで目つきの悪ささえ除けば超がつく優等生だからなあ。話が合うに決まっている。
いや、ちょっと釣り目できつそうなところも、色っぽくて彼女の美貌に一役買っているのだが。あれだな、罵ったり踏んだりする女王様が似合いそうな美女だ。
昨晩の彼女は、実にその手の業界の方からすればご褒美フルコースな表情だった。
いや、私は違うが。
「ん、昨晩の話が耳に入ったらまた手紙が来そうだな……となると、返信は一纏めにしてしまいたいし、少し待つか」
「……主君、昨夜の話は本当なのか」
意を決したように、エルネストがきりりとした表情で問いかける。こうしてみると頼りがいのある男なのだが、いかんせん普段の印象がどうにもな。
かちゃり、と。微かな音をたて、カップを傾ける。やれやれ、デュウに感謝をしておくか。予告なくこの場面に引きずり込まれていたら、思考もままならなかったろうから。
さて、全力で煙に巻くとしよう。
「どの噂のことを指しているのかは知れないが、まあおおよそ真実ではあるだろうね。婚約破棄発言も、浮気も」
「何故……何故そんなことを。ヴィヴィアンヌ様は素晴らしいご令嬢だ。貴方も、仲睦まじい様子だったろう」
「ははっ、お前がそう言うのなら安心だな」
そうやって、周囲も思ってくれればいいのだが。
最後までやり遂げると決意した計画だったが、ヴィヴィアンヌの汚点となってしまう事だけが気がかりだった。彼女に婚約破棄を突き付けることで、彼女への悪評が募るのではないかと。
まあ、二股発言のおかげで悪意の多くは私に向いた。エルネストも彼女を擁護する発言をしているし、問題ないだろう。
悪者は、私だけで十分だからね。
私がにっこりと笑みを浮かべると、エルネストはくっと顔をしかめた。いやあ、美男子とはどんな表情でも絵になるものだな。
無論、自画自賛だが。
……若干、空しい。『わたし』の呆れた顔が目に浮かぶ。
「主君、では何故そのようなことを……」
「そう眉間に皺を寄せるな、せっかくの美丈夫が台無しだぞ。紅茶に手も付けず、失礼だとは思わないのか?」
招かれて出された茶に手を全く付けないのは、「毒が入っているかも。貴方を信用していません」と言うようなものだ。
この男のことだから全く考えていないだろうがな。現に、私の目の前で慌てて紅茶に口をつけている。
まったく、香りも味もたしなまずにほぼ流し込んでいるだけとはね。仮にも貴族なのだから、もう少し優雅にとはいかないものかね。
「ほら、茶菓子もどうだ。最近は女中に頼んで作らせているんだが、これがなかなか美味しいんだ」
「え、は。いただきます」
キョトンとしながら、私の差し出したクッキーを口に放り込む。うーむ、警戒なく食べるものだな。デュウとはずいぶんと違う。
いや、戦闘職だからと言ってもエルネストとは正反対の立場だ、当然だろう。エルネストは表で、デュウは裏。役割が違うのだ。
まあ難しいことは置いておこう。毒見も済ませたことだし、私もいただくとするか。
……冗談だ。別に、毒見をさせたくて勧めたわけではない。本当だぞ?
手に取れば、薄くさっくりと仕上げた、焼き目の色もちょうどよいバタークッキー。『わたし』の記憶にあるような近世フランス菓子とは似ても似つかない現代風のクッキーだ。
世界観的にどうなんだと『わたし』としては突っ込みたくなるが、それはそれ。乙女ゲームということで調整されているのだろう。馬車も振動軽減のバネが使われているしなあ。
もしかしたら、『わたし』が知らないだけでそういったものが出てくるイベントでもあったのかもしれない。ほら、手作りクッキーの差し入れとか、馬車の中でイチャイチャとか。
「ん、今回も良い味だ。これは特別給金も考えないといけないな」
「流石は主君の女中、これほどまでの料理の腕前とは……って違う! 話をそらさないでいただきたい!」
「ちっ」
この男ならいけると思ったんだが。お茶菓子に紛れてうやむや作戦、失敗。
流石に、そこまで馬鹿じゃなかったか。
「やれやれ、どうやら私の騎士は随分と詮索好きのようだな。忠義篤き騎士だというのなら、主君の行動に口を挟まないものじゃないのかい?」
「忠義があるからこそ、主君が誤った道を行かれるというのならこの身を挺してでも止めるのが騎士の務めだ」
まったく、簡単に言ってくれるなあ。
私の必至の決意を、そうも簡単に間違いだなんて言わないでおくれよ。泣いちゃうぞ?
くすりと笑みを浮かべて、紅茶を傾ける。さて、一考の余地はあるだろうか? いや、どれだけ思考を挟もうとも結果は変わらない。
この男には、一切の情報を漏らさない。
エルネストは私の専属騎士だ。私に忠義を誓い、将来的には王の近衛騎士として国の中枢を支える人間。身分も、経歴も、実力も。何一つ非の打ちどころのない騎士。
しかし、だ。たとえいくつもの思い出を共有する幼馴染で、温もりを分け合った乳兄弟であろうとも。
この計画で、彼に話すことは何もない。
「……テオドールに返信するときは、また手紙を運んでくれ。お前からテオドールの騎士に手渡しすれば、面倒な手続きをやらなくて済むからね」
「主君、今はその話は……」
「ああ、そういえば向こうの騎士、ヴィクトールとはどうだ? お前、確か嫌われてただろう」
「主君」
「お前は成績は優秀だがな。上司や部下には好かれるが、同僚の妬みを買うタイプだ。大丈夫だとは思うが、夜道には気を付けて……」
「主君っ」
エルネストの声は、まるで悲鳴のようだった。
やれやれ、強くなったと思ったが、図体ばかりか。精神的に脆いわけではないのだが、私に関することだと弱気になるのも欠点だな。
「ヴィヴィアンヌ様のことも、シャンゼリン嬢のことも……どうして、俺に何も言ってくれないんだ。俺は、貴方の騎士なんだぞ」
「……エルネスト、お前の忠誠を疑ったことはないよ」
そうだとも、疑ったことなどない。
お前は絶対に、私の邪魔をするだろう。
この男が私の目的を知れば、確実に障害となる。国の未来も、公爵家子息という立場も放り投げて、私を止めようとするだろう。
その忠誠ゆえに。
「だが、この件についてお前にできることは一切ない」
だから、遠ざける。
エルネストの顔が歪む、まるで泣き出しそうだ。主君の前でみっともない顔だな。はは、そうさせた私の言っていい言葉ではないか。
エルネスト。私の騎士。
お前は何も知らないままに、全てが終わった後で私を憎めば良い。