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06:妖精マジぱない。



 俺、この戦いが終わったら店を開くんだ……。



 おっと、いけないいけない。現実逃避につい、死亡フラグを立ててしまった。

 開け放たれた扉から、顔を青ざめさせた兵士たちの姿が見える。外で警護していたのだろうが、不運だったなあ。よりにもよって、今日この時間に仕事をしているとは。

 女中たちもどうしようかと右往左往している。それなりに身分のある貴婦人たちとはいえ、この男を止めるには立場が邪魔をする。


「……主君マスターっ! 先ほどからよそ見ばかりをしてどういうおつもりか! 少しは真面目に俺の話を……!」


 私の胸ぐらを掴み喚くこの男は、不審者でもなんでもなく、公爵家子息だ。しかも、第一王子専属護衛騎士――私の騎士であり、関係者だ。

 というか、自分の仕えるべき王子の胸ぐらを掴むとか、この男の思考回路はどうなっているのか。


「大声を出すんじゃない、エルネスト。私の護衛たちの職務を邪魔したばかりか、ご婦人方まで怯えさせる気か?」


「ぐ……!」


 胸ぐらを掴む力が弱まったところで、ぱんと手で掃って抜け出す。ちょろい、ちょろいぞ。生真面目なところは美徳だが、この男の場合は弱点でしかない。

 さて、騎士の失態は主君がフォローしなければね。言葉にならない煩悶を続けるエルネストを無視して、にこりと護衛たちに声をかける。


「すまなかったね、仕事の邪魔をして。お前たちを責める気はないよ」


「い、いえ、その……」


「どうせエルネストが無茶を言ったんだろう。王子の専属騎士が相手では仕方がない。上司には後でうまく言っておくから、通常の職務にもどりなさい」


「お心遣い、感謝いたします」


 深く頭を下げ、護衛たちが部屋から出ていく。交代までの残り時間、上手く気持ちを切り替えてもらえると良いのだが。さて、今度は女中たちだ。


「お前たちも、事前に予定のない客だったから戸惑っただろう。すまないが、私と彼の分の茶を頼むよ」


「は、はい。すぐに」


「よろしく。……まったく」


 女中たちを見送り、ため息を一つ。見なくても、エルネストがびくりと肩を震わせたのが分かる。

 正義感が強く生真面目で、しかし直情径行かつ一直線と。まあ、貴族としては落第生だ。生まれは由緒正しき公爵家だというのに、どうしてこんな脳筋に育ったのか。


 見た目だけなら、逞しい体つきと雄々しい顔立ちで女性からの人気も高いのだが。私のように細身ではなく鍛え上げられた鋼の肉体なので、同性からの人気も高い。

 ……いや、腐った意味ではなく、純粋に強い騎士に憧れて、だが。


「いつまでも私がこうして尻拭いができるわけじゃないんだ。いい加減、頭を冷やして事前に連絡を取ることを覚えろ」


「面目ない……いや、しかしだな!」


 再加熱早いなオイ。落ち込んだと思ったらすぐこれだ。こういうところが、どうにも扱いづらいんだよなあ。


「聞いたぞ、ヴィヴィアンヌ様に対して婚約破棄を申し出ただの、シャンゼリン嬢に浮気しただの、二股をかけようとしただの! 主君マスター、どういうことだ!」


「おお、意外としっかりと情報を集めているじゃないか。見直した」


「茶化さないでいただきたい!」


 いや、茶化すよ。当然だろう。

 デュウと違って、エルネストには一切を打ち明けていない。私の計画も、目的も。デュウやシャンゼリンには一部を話しているが、全容を知っているのは私だけだ。


 この男に話したところで、おそらくは分からないだろう。賛成・反対ですらなく、何を言っているのか理解できない。

 ならば、最初から理解など求めなければいいだけの話だ。

 それが唯一、ハッピーエンドに至る道筋だろう。


「さて、頼んでおいたことはやってくれたか?」


「それは、もちろん。だがそれよりも今は……」


「優先順位を決めるのは私だ、エルネスト。テオドールは元気だったか」


 語調を強めれば、エルネストは渋々といった様子で懐から手紙を取り出した。

 いやはや、少しは表情を取り繕うことも覚えてほしいのだがな。この先、私がいなくともこんな調子で大丈夫なのか。


 手紙をひょいと受け取って蝋を確かめれば、飾り文字のDとシンボルの一角獣。確かに、我が弟、テオドールの手紙だ。

 印璽のDはTheodore(テオドール)のDだ。私がTheophile(テオフィル)だから、頭文字をとると同じになってしまうからな。

 ちなみに私の印璽は飾り文字のTに鷲獅子。


 さて、閑話休題。

 女中が用意してくれた紅茶と茶菓子に目を奪われつつ、同じく用意されたペーパーナイフで開封する。うむ、今日の紅茶もよい香りだ。

 滑らかな上質紙に綴られたインクに目を走らせる。相変わらず、字も綺麗なものだ。エルネストに視線をやれば、ぴんと背筋を伸ばして口を開いた。


「テオドール様はご健勝であられた。また剣術の指南をお願いしたい、とおっしゃっていたぞ」


「指南、ね。あの子はもう十分に私よりも強いと思うが」


 悲しい話だが本当のことである。本当に、泣きそうな真実だ。

 前に手合わせしたのは、確か3年前だっただろうか。弟にぼこぼこにされそうになった、切ない思い出、十五の心。


 どうしてだか、未だに私の方が強いと思い込んでいるため「手加減してくださるなんて、兄上はなんと心優しいのだろう!」と感激されてしまったが。こちらとしては全力で戦って3歳年下の弟に一本取られたので、もう二度とやりたくない。


「というか、勉学の成績もすこぶる優秀のようじゃないか……こうしてみるとバグのようなチートっぷりだな……」


「は?」


「いや、独り言だ」


 相変わらずの優等生ぶりに、子供じみた嫉妬が湧いただけだ。まあ、いつものことである。王族とはいえ、継承争いも何もないため仲良しこよしの兄弟だ。


 そう、骨肉の争いも蹴落としもない、仲のいい兄弟だ。

 他国や『わたし』の知識からすると異様だが、この国では継承争いが起こらない。余程のことがない限りは長男が継ぐことになっている。実にメルヘンな理由によって。


 なんでもこの国の祖は妖精フルドラを妻にしたとの伝承で、王族の長男にはその妖精の血が最も濃く受け継がれるようになっているらしい。昔々、そういう風に妖精の力を使って約束したそうだ。

 妖精の約束は、この世で最も優先されるルール。生物の死よりも優先される、なんてお伽噺もあるくらいだ。


 そして、妖精の血を濃く継ぐ者は決まって才能豊か、らしい。

 といっても、その才能が王に向いているかは別だ。歴代の王を見ると、詩歌の才能や料理の才能を得た者もいたようだし。

 それでも才は才、無駄にはならない。詩歌で争いをなだめたり、料理で飢饉を救った歴史がある。

 ふざけたことだが、史実である。

 いやホントに。


 故に、王は長男が継ぐ。妖精がそう決めたから。

 次男以降は万が一、子を為す前に兄が死んだときの予備、という扱いだ。


 それでもクーデターを起こそうという輩がいそうなものだが、そこは妖精の約束が邪魔をする。詳しい説明は割愛するが……まあ、メルヘンというものは良く考えるとホラーだったりグロテスクだったりする、ということだ。いずれ、どこかで語ることもあるだろう。


 結論、妖精マジぱない。


「はあ、テオドールを見ていると、妖精の力が本当かどうか疑いたくなるね。まったく、あの子が実は長男じゃないか疑いたくなるよ」


「いや、主君マスター、それはありえないだろう」


「分かっているさ、冗談だよ」


 冗談で済ませたいのに、本当に弟がチートスペックで泣きたくなるがね! 眉目秀麗、文武両道、将来はエリート街道まっしぐらで愛されキャラとか、詰め込みすぎにもほどがあるだろう。

 才能の塊のような弟に、お兄ちゃんは泣きそうだ。

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