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04:闇堕ち感が出てオイシイ

 茶葉を舞いあげるように。使用人を真似して湯を注ぐと、香りがふわりと広がった。うむ、見様見真似だが満足の出来だ。私は器用だしな、努力すれば大抵のことはできるぞ。


 白磁のカップに澄んだ赤が注がれる。ミルクもレモンもないが、超高級茶葉だ、十分においしい。

 自画自賛して息をつく。が、目の前の男はため息をついて呆れた声色を出した。


「……王子が、茶を淹れるなよ」


「ええ、つれないな。せっかくデュウのカップも用意したのに」


「仕事中に何が入っているか分からない物を口にするわけねーだろ。つーか、暗殺者とティータイムに入ろうとするお前の神経がホント理解できない」


 そう、彼――私がデュウと呼ぶ男は暗殺者である。

 元、ではない。現在進行形で私の身を狙う暗殺者だ。ちなみにデュウは偽名。

 今だって、私を殺そうと思えばいつだって殺せるのだが。


「確かに君は殺し屋だが、私の計画の共犯者(・・・)でもあるじゃないか。仲間と優雅に親交を深めるというのもいいだろう?」


「仲間とか止めてくれよ、寒気がする」


「え、虫唾が走るとかじゃなく。不快よりもドン引きとか、君の中の私の評価はいったいどうなっているんだい」


 ご覧の通りだ。諸事情により、彼は私の手駒でもある。

 といっても話はそこまで込み入っているわけではない。彼が依頼主から受けた依頼と私の計画に、重なるところがあった、というだけだ。

 故に、私の方からも報酬を出して、少しばかり寄り道をしてもらっているだけである。情報収集だとか、印象操作だとか。

 まあ、気軽に冗談を投げ合うほどの仲だ。……冗談だよね?


「さっさと本題に入るぞ。明日明後日には情報をまとめて、俺の依頼主に今夜のことを説明しなけりゃならねーからな」


「説明、と言ってもね。どこから話したものかな……」


 当然だが、転生云々というわけにもいくまい。そもそも、死んだらその魂は世界に解け入り、消滅すると言われている。

 あの土壇場で一気に情報を得た理由をうまくつけることは難しいな。情報源も存在しないわけだし。


「詳しい事情はどうでもいい。伝えてもいい結論だけよこせ」


「……プロだねえ」


 拷問されようと、吐くものがなければ漏えいもしない。

 年頃は大きく違うようには思えないのだがね。もちろん、変装はしているらしいが、それでも二十は超えていないだろう。軽薄な口調に反して、振る舞いは立派な仕事人だ。

 それではこちらも、それに精一杯応えるとしよう。


「……我々以外の第三勢力がいる可能性が浮上した。標的に入れ知恵をしたのだろう。しばらくは情報を集め、静観すべき」


「了解だ、そのまま伝えるよ。……しかし、俺の雇い主は思ってもみないだろうな」


「おや、何のことだい」


「協力関係にある名も知れぬ貴族……だと思ってる相手が、その標的本人だってことだよ」


 にやり、と悪い笑みを浮かべる彼に、こちらも同様の笑みを返してみせる。


 彼に力を貸してもらうにあたって、雇い主にはそういった説明を伝えさせている。

 私も、すぐに殺されてしまっては困る。やるべきことがいろいろとあるのだ。そのための時間稼ぎとして、雇い主に架空の共犯者を演出しているのである。


 彼の雇い主と志を同じくする者であり、しかし王子をすぐ殺されては困るとある貴族。そんな具合だ。向こうも後ろ暗い事情の為、名前を互いに伏せている。


 なかなかに便利だぞ。新しく暗殺者を送られることもないし、私を害する計画の相談までしてくれる。回避も利用も楽なものだ。

 まあ、怪しまれない程度に、私も私を殺す計画を何パターンかアドバイスしている。『わたし』の知識を活かせば、もっといろいろと思い浮かびそうだ。


 ……たまに我に返って、自分の暗殺計画を立てている虚しさに切なくなんて、ならないんだからね。


「最後まで騙されておいてほしいね。……さて、今夜はこんなところかな」


「あぁ、あんまり長居はできねーし」


 ちょうど紅茶もきれたところだ。夜も更けているし頃合いだろう。

 不意に、今まさに思い出したとでも言わんばかりの表情で、デュウが爆弾を投げてきた。


「そうだ、あんたが遠ざけておいた騎士様。明日には戻りそうだぜ?」


「……早いね」


 全力で表情を抑え込む。そうでなければ、思いきり苦々しさをあらわにしていただろう。まさか、こんなにも早いとは。


 デュウの言う騎士様――あの男は馬鹿ではないが、真面目すぎる上に思考が読みづらい。あの場にいれば私以上にひっかきまわして収拾を不可能にしてくれただろうからな。

 三日前に用事を言いつけて、今夜のパーティーには欠席させていた。が、やはりあの男は私の予想を超えてくる。


「今夜の事件のことを知って、徹夜で馬を走らせてるみてーだ。残念だったなあ、せっかく巻き込まねーように飛ばしたのに」


「ぐぅう、無駄な頑丈さと馬を走り潰せる財力が恨めしい……」


 間に合わないような遠方に飛ばしたのだがなあ……。馬が疲弊しても、立ち寄った街で買い換えれば夜通し走り続けることができるだろう。

 本人の体力? あの体力馬鹿に限界なんぞあるものか。


「報告によれば到着は明日の昼過ぎくらいだ、ご愁傷さま」


「何故だろう、私の専属騎士が帰還するというのに、全く心が晴れない」


「そりゃあ、心当たりがありすぎるからだろ」


 ごもっとも。

 というか、今回の事以外でもいろいろやっている。芋づる式にバレるのだけは避けたいところだ。

 別に、嫌いなわけではないと、思うのだが、苦手というか。……どうにも、やりづらい男なのだ。


「ちっ、大人しく私の手の上で転がっていれば良いものを……」


「どー考えても悪役の台詞じゃねーか、それ」


「私には悪役が似合いだからね」


 婚約破棄をする王子は、悪役か当て馬のどちらかと相場が決まっている。

 滑稽な役回りよりも黒幕の方が、闇堕ち感が出てオイシイと思うのだが、さて。この辺りの思考は少々『わたし』の影響かな。


「ところで」


「なんだい? これ以上、私を疲れさせるような情報は止めてくれよ」


 いや何、ちょっと聞いてみたくてよ、とやはり軽薄な調子で前置きして。

 続きを口にしたデュウは、まるで無垢な子供が死体を見たような顔をしていた。


「どーしてあんたは、自分が廃嫡される(・・・・・・・・)ように仕組んでいるんだ?」


 無理解と、気持ち悪さと、未知へのかすかな恐怖。


 私の顔は、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。指先でなぞれば、唇は完璧な弧を描いている。くす、と息が漏れて。

 私はどろり(・・・)と、自嘲わらった。


「……さて、どうしてだろうね?」


「……もー二度と聞かねーわ。やっぱり、お前は寒気がする」


「悪役だから、ね」


 まったく、そんな顔をして、酷いなあ。この美貌はご婦人方に人気だというのに。私のふりまく笑顔に胸をときめかせる少女も多いのだぞ?


 だから、そんな顔を。

 憐れむような、不気味なものを見るような目をしないでくれよ。



 私はまだ、大丈夫だから。


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