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02:どうにかしてみせようじゃないか

 短編『私の乙女ゲー転生が詰んでいる件2』の改稿版となります。加筆修正あり。

 世の男性諸君に言いたいことがある。

 中途半端な浮気、二股は最低である、と。


 まぁいっそ開き直って「俺は全ての女性を幸せにして見せる!」と言い切ればおとこらしさに痺る憧れるという物だが、個人的にはクズだと思う。


 さてここで問題だ。

 自分自身がその立場に置かれてしまった場合、最良の解決策とは如何なるものか?





   +++++





 まず、確認だ。


 現場はユルシュール学園中央大ホール。年に数回ある全校生徒参加の式典で使われる、構内で最も大きな多目的空間。

 今宵は年度末に行われるダンスパーティーで賑わっていた。華々しく着飾った生徒、学園が契約している楽団、女中や下働きなど、人がかなり大勢いる。


 先ほどまでは楽団の奏でる調べに合わせて踊る生徒たちの姿が見られたが、今は緊迫した空気が張り詰めている。主に原因は私だ。ふっ、頭が頭痛で痛い。


 いろいろと思うところがありこの場で婚約破棄を宣言したのだが、しかし。『わたし』を思い出したことで、計略はご破算といった感じだ。


 数瞬前までの私はこれで正しいと判断した。

 しかし今の私は、これを最良ではないと判断してしまうのだ。


 『わたし』の記憶によって私の人格そのものが大きく歪められたわけではないが、それでも変化はしている、といったところか。そもそも私とは一体……ううむ、深く考えると哲学的な問いになってしまいそうだ。

 この問題については後で存分に悩むとしよう。ソクラテスだってニーチェだって、即断即決はしないものだ。そのためにもこの状況を何とかしなければな。


 さて、まずはどう動こうか。


 第一に、言った言葉を「間違いです」と簡単に撤回してはまずい。一応、この国を背負う王子だ。吐いた言葉には責任がある。軽々しく撤回すれば、私の最終目標(・・・・)に響く。なので「さっきの発言はなかったことに」作戦はできない。


 第二に、隠ぺい。だがこれも難しい。先ほどの言葉を聞いたのは、貴族の子息子女に、各方面に覚えの良い楽団員たち。

 ははは、間違いなく広がる。近所のおばさんレベルで情報が拡散するのを止められない。彼らは、ゴシップが大好きだ。


 第三に、権力によるごり押し。身分を考えれば不可能ではない、と言いたいが愚策。この学園内においては、最低限の礼節さえ守れば身分は関係ない。無理やりに押さえつければ非難轟々だ。


 ついでに言うと、この国は基本的に一夫一妻制である。二股なんぞかけようものなら、王族だろうと国民の半分(全ての女性)に白い目で見られる。

 魔法や精霊という存在によって、女性であっても様々な分野で活躍しているためだ。モチーフにした近世フランスよりも、現代日本的な男女平等思考である。


 つまり先ほどの言葉を完全に否定することはできず、さらには拡散を防ぐことも不可能、女性からの嫌悪ヘイトは必至、と。


 はっはっは、詰み具合がよく分かる。

 ちくしょう、泣くぞコラ。


 ただ、悪いことばかりでもない。全校生徒参加の式典におけるルールとして、その親どもは参加していないのだ。

 保護者まで許可していたら、流石に我が国一番の魔法学園と言えど、スペース的な問題がある。いや、本人だけが来れば良いが、従者や護衛までぞろぞろと引き連れられたらパンクする。


 これはありがたい。

 いずれ、ここで起きた事件は露呈する。だが速攻ではない。

 権謀術数のプロ、海千山千の猛者どもといきなり渡り合わなくて済むというわけだ。このパーティーに大人どもが参加していたら、私は今頃言質を取られ社会的に抹殺されていただろう。


 結論、若い雛どもさえ言いくるめれば、活路はある。


 次に、問題そのものだ。


 うむ、目の前でこちらを熱心に見つめる少女たち。熱の根源にあるものは怒り。

 いやあ、実にうらやましくないシチュエーションだなあ!


 ヴィヴィアンヌ。あでやか、という言葉がよく似合う女性だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。付け加えるならば、怒る姿は薔薇のよう、だ。激情を目の奥に揺らめかせ微笑む彼女に、ぞくりと背筋が震える。


 シャンゼリン。対してこちらは野花の可憐さと逞しさ。凍るような雨にも押しつぶすような風にも負けずに、地に根を張って生き残り咲く。今は日向のような笑顔どころか、夏の太陽のごとく突き刺すような熱を私に向けているが。


 うん。

 最高に男の浪漫じゃないか。


 あ、いや。一応『わたし』的にも私的にも、最低な男だという自覚はある。常識的に考えて、悪いのは私だ。それは間違いない。


 だが。目の前に、私に好意を抱く、全く違うタイプの女の子がいる、という状況に……ゾクゾクしている。


 あえて言おう。男が貪欲スケベで何が悪い? と。


 覚悟だ。


 覚悟さえすれば、この場を乗り切ること()できる。


 その後どう転ぶかは予測不可能だ。ゲームの流れから逸脱する以上、『わたし』の知識を当てにもできない。そもそも途中までしかプレイしてなかったしな。


 だが勝機はある。

 シャンゼリンの性格や、ヴィヴィアンヌの言動に対して感じる違和。ゲームで『わたし』が見た彼女たちとは明らかに異なる反応。


 どこの誰だか知らないが、『わたし』以外にも干渉者が、ゲームには存在しなかった存在がいるのかもしれない。シャンゼリンやヴィヴィアンヌの周辺を少し探ってみるべきか。それもこの場を乗り切った後の話になるが、さて。


 まずは、だ。


 手始めに、この詰んだ状況(クライマックス)をどうにかしてみせようじゃないか!






   +++++





「ヴィヴィアンヌ」


 不意をついた私の声に、一斉に視線が集中する。おお怖い。

 だが、まだまだだ。一番目の兄に熟練者のみ参加のサバゲーに突っ込まれた時の方が迫力があったぞ。あれはマジで死んだと思った。


 ゆっくりと視線を受け止め、一呼吸。緊張を気取られるな。演じろ。喜劇の道化だ。

 意識して頬を緩ませ、ヴィヴィアンヌに微笑みかける。場にそぐわない、慈愛に満ちた笑みだ。


「で、殿下……?」


 流石のヴィヴィアンヌといえど、惚れた男の笑みには弱い。突然の優し気な笑みに狼狽える。

 まぁ、当然だ。最近は顔を合わせてもケンカ腰だったしな。ぐ、私がやったことだが心が痛いな。


 周囲に考える時間を与える間もなく、私は足を踏み出した。未だ考えのまとまらぬヴィヴィアンヌの手を取り、にやりと今度は意地の悪い笑み。


「いつもの澄ました顔も怜悧で美しいが、怒った顔は実に可愛らしいな。君のその顔を見ることができたというならば、私の捨て鉢な言葉も無駄ではなかったということだ」


「は、え、なんっ!?」


 混乱、困惑、理解からの羞恥。


 ヴィヴィアンヌの顔が一瞬で真っ赤に染まりあがる。歌劇でしかお目にかかれないようなド直球の褒め言葉に、続けられた言葉は先ほどの発言の意味を引っ繰り返す。

 では冷静に戻られる前に、更に畳みかけさせてもらおう。


「昔から君は美しく、優秀だった。それに私がどれほど不安だったのか、やっと分かってくれたかい? 私の可愛いヴィヴィアンヌ」


「てっ、テオフィル様、何を……」


「ああ、嫉妬に駆られた私を、醜く思うかい? 私の愛しい人」


 やや表情を陰らせて、ヴィヴィアンヌの手を引きよせてその掌に唇を落とす。掌へのキスは懇願。

 立場ある私が直接謝罪することはできない。だがこれくらいは許される範囲だろう。


 今や、ヴィヴィアンヌの表情に怒りはない。ただただ羞恥で塗りつぶされ、常ならば冷静な言葉を紡ぐ唇は固まっている。掌と言えど、形式的でないキスなど初めてだからな、当然だろう。


 吐いた言葉は呑み込めない。

 だが、意味を変えることはできる。


 さてゴシップ好きの雛どもよ、ぴいちくと囀るがいいさ。

 王子は惚れた女に嫉妬させるために、婚約破棄などという根も葉もない妄言を吐いたのだ、とな!


 入学以降、シャンゼリンと二人きりで会っていた? ――事実なんぞ関係ない。

 以前から関係性は冷え切っていた? ――前後も因果もどうとにでもなる。

 彼女がまるでご都合主義な反応だと? ――当然だ、女心を知っている(『わたし』は女だぞ)


 まるで悪役のように、実際に悪いのはどうしようもなく私なのだが、情報を操作して印象を変えて見せよう。なに、少ないながらも最低限必要な手駒はいる。誤魔化してしまえば、私の勝ち、だ。

 あくまでも、目標は「最悪ではない収拾」だ。事態の解決は先送りにさせてもらおう。


 まずは乗り切る。だがしかし。ここからが……この舞台の本番、だ。


 陶然とするヴィヴィアンヌからちらりと視線を離せば、こちらは呆然としたシャンゼリン。

 今まで愛を囁いていた私の突然の裏切り。後ろ盾のない彼女には辛い状況だ。いや、そんな駆け引きなどなく、純粋に私の言葉に傷ついたのだろう。彼女はそういう子だから。


 ここで終われば、これは悲劇。王子の戯れを本気にした可哀そうな田舎娘。私は少々の非難を受けるが、彼女を犠牲にすれば丸く収める方法もある。


 あぁ、だが(・・)


 言っただろう、これは喜劇(・・)だ。


 私の視線にようやく気付いたのか、シャンゼリンは小さく唇を震わせた。声にならない悲鳴が、胸を抉る。

 だが。幕はまだ下りていないぞ、シャンゼリン。 


「シャン」


 愛称を柔らかく紡ぐ。私の向いた先に、周囲の人間も騒めき始める。

 婚約破棄という昼ドラ展開からの純愛劇、そこから何が続くのか。歌劇くらいでしかお目にかかれない場面だ、実に心躍るだろう? 

 雛どもよ、よく見ておくがいい。これが私の覚悟(・・)だ。


「シャン、君もとても可愛いね。ヴィヴィアンヌとは違った魅力に、私の心は惹かれることを止められない!」


「……はへ?」


「……テオフィル様?」


 うおおお、ヴィヴィアンヌよ! 灼熱の怒りから一転、蕩けそうな甘い羞恥の次は、絶対零度の微笑みか!

 ギリギリと。彼女が掴む私の服に皺がよっていく。だが、気づいていないかのように、あくまで笑顔のままで言葉を勢いよく続ける。

 あぁまさに! 男は度胸!


「ああ、大丈夫だよ二人とも(・・・・)。ヴィヴィアンヌの苛烈な愛も、シャンの柔らかな愛も。私はどちらも(・・・・)あまねく愛しているよ!」


「どの口でおっしゃるの浮気者が!」


「最ッ低です殿下!!」


 ばっちぃぃいいん! と。

 両頬に綺麗な紅葉を描いて。私はゆっくりと遠のく意識の中で苦笑した。

 

 クズにはこんな幕引き(オチ)がふさわしいと思うのだが、さてと。

 振り返った時に笑い飛ばせるような。そんな恋愛喜劇じんせいのハッピーエンドを目指すために、まずは何をするべきかな。

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