01:私の乙女ゲー転生が、詰んでいる。
短編『私の乙女ゲー転生が詰んでいる件』を改稿した物です。設定にいくつかの変更がありますので、一話からお楽しみください。
「ヴィヴィアンヌ、君との婚約は破棄させてもらう」
その言葉が広間中に響き渡り、私がそれを認識したとき、私は『わたし』を自覚し、思い出した。
あ、ここ乙女ゲーの世界だ。
そして、詰んだ、と。
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『わたし』は、ごく普通の女子高生であったと思う。
いや、当時の友人に言わせれば「キセキの世帯の純血オタク」らしい。まぁ我ながら濃いキャラクター性を持つ家族だった。
生真面目で野性的な、古典を愛する高校教師の父。
コミュ障で引きこもりな、今を時めくライトノベル作家の母。
一体どんな出会いの場があれば電撃恋愛結婚するに至るのか不思議ではある。が、聞こうとすると二人とも嬉々としてゲロ甘な惚気を聞かせてくるので、詳しく聞いたことはない。厳めしい顔つきの父がデレデレになって饒舌になる様など見たくない。
三人の兄は、それぞれ方向性は違えどオタクだった。
詳しくは割愛するが……『わたし』が妙に銃火器に詳しかったり、シミュレーションゲームの知識があったり、TRPGをかじっていたりするのは、全部兄の影響である。多様なオタク趣味を持つ兄たちの溺愛の結果、末妹は浅く広く専門家というよく分からないものになりました。
いや生前の――文字通り、生まれる前の『わたし』についてあまり多くを語ってもしようがないが。これでも混乱しているので、少々の話の脱線は目をつぶって欲しい。
話を戻そう。
そんな家庭に育った『わたし』も、漏れなくオタクとなった。一言でまとめれば、ネット小説オタク、といったところか。商業にならない、故に玉石混合のその空間にどっぷりとはまった。
クオリティの高低はもちろん、とても公には出せないようなエログロナンセンスも存在しうる無法さ。著作権ギリギリの型で押したような話の数々。きらりとセンスの光る逸品を掘り当てる快感。流行廃りの変遷の観察も、それをネタにしたメタ小説もある。
いや、本当に楽しかった。
『わたし』はその片隅で、ちまちまと小説を書いていた。まぁ特筆するほどもない、底辺ユーザーである。基本的には書きたいものをつらつらと書いていたが、ある日ふと思い立ったのだ。
試しに、流行ってるジャンルを書いてみたい。
思い立ったが吉日とばかりに早速公式ランキングを見れば、なるほど、基本的にはファンタジージャンルらしい。まぁ現実逃避に読み書きする小説だ、むべなるかな。
しかしランキングでひと際目立っていたのは、とあるテンプレートだった。
それが『乙女ゲー転生』の派生形『悪役令嬢転生』である。
一昔前からある『ゲームの中に(あるいは酷似した異世界に)転生、またはトリップする』小説の新しい形だ。女性向けとして『乙女ゲー転生』はしばらく前からあったが、それを少しばかり捻った形の新しいテンプレートである。
乱暴にまとめれば、美男子どもを侍らせるゲームヒロインの鼻っ柱を折り、悪役という立場を塗り替えるカタルシス展開だ。その為、華々しい舞台である婚約破棄の場面を切り取る短編も多い。
短編なら、試しに書くにはちょうどいい。
ジャンルが確立されている以上、読み手も受け入れやすいだろう。
なるほど、流行るわけである。
で、二番目の兄に突撃した。
というのも、二番目の兄はゲームクリエイターなのである。正確にはシナリオライターとかいうらしい。
確か乙女ゲーも詳しかったろう、参考資料に良い作品はないか、と聞けば、そらよとすぐに出てきた。部屋に数多あるソフトから目的のものを十数秒で見つけ出す当たり、オタクだなーと思う。
そうした結果やってみたゲームが、今の私が生きている世界に酷似しているのだ。
『フェアリーテイル・シャンゼリン』。妖精や神獣やらが良き隣人であり、魔法が息づく世界での学園ラブストーリーだ。
主人公シャンゼリンは田舎の平民だったが、妖精を見ることができた。妖精が見える者は魔法使いとなる素質を持つ。素質ある者の義務として王立ユルシュール学園に入学した彼女は、そこで国の未来を支える青年たちと出会い恋をしていく。そんな話だ。
基本的に普通にプレイしていれば、メインである第一王子テオフィルと恋仲になる。
他にも様々な貴族の子息や主人公と同じ平民の少年、さらには隠しルートで妖精と恋人になる、らしい。兄から聞きかじっただけなので詳しくは知らない。
そして『わたし』お目当ての悪役令嬢、それがヴィヴィアンヌだ。
テオフィルの婚約者であり、ボードワン公爵の愛娘。そして、同世代でも特に秀でた魔法の才能を持つ少女。
もう、字面だけで、そそる。
シャンゼリンに魔法の才で負け、婚約者の心までもを奪われる彼女の姿の、なんと凛々しく美しいことか。憎悪も嫉妬も呑み込んで、孤独に立ってみせるのだ。
婚約破棄をテオフィル王子に言い渡され、絶望するシーンなど、惚れるかと思った。
ああ、これは悪役令嬢モノが流行るわけだ。なるほど、確かに魅力的だ。負の面を描くもよし、更生して度肝を抜くもよし。題材にするには面白すぎる。
よし、これで行こう、と。
そのときの『わたし』は興奮しきりでパソコン画面を見つめていた。画面の中はクライマックス、婚約破棄を言い渡すテオフィル王子の一枚絵。
全く、ダメな王子じゃないか。優秀なヴィヴィアンヌに劣等感を抱き、シャンゼリンの優しい言葉に流された。こんな精神力で王になれるのか甚だ疑問である。
未だプロットは構想段階だが、王子役にはぜひともこっぴどい目にあわせてやりたいものだ。
もちろん、シャンゼリンもだ。よく言えば純真無垢。だがどうにも子供っぽく、楽観的な言動が見受けられる。
いや、プレイヤーが操作するヒロインなのだからネガティブというのもまずいか。ゲームの主人公というのは、かくあるべきなのかもしれない。
とりあえず、方向性をまとめなければ。メインとなるのは悪役令嬢と王子、ヒロインあたりだろうか。
そんなことを思いながら、『わたし』はゲームを一時停止し、パソコンのメモ帳を開いた。思いついたアイデアはこまめに書き込まねば。
まだまだゲームは序盤。どの程度のボリュームなのかは知れないが、テオフィル以外にも攻略対象はいる。他のキャラクターのルートも見てみたい。
それに兄曰く、なかなかに裏のあるゲームらしい。二周、三周することで見えてくる真実がある、とか。トゥルーエンドは絶対にたどり着け、とか。
二番目の兄が勧めるだけはある、と見て良さそうだ。あの人、妙にメリーバッドエンドを好む傾向にあるので、後味は保障されないが。まぁこれを参考とすれば面白い物が書けそうだ。
そうしてメモ帳に文字を打とうとキーボードを叩き――――。
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そして、今である。
ちらりと視線をめぐらせれば、煌びやかな大広間。パソコンの画面で見たものよりずっと豪奢で、見物人の服装も実にファンタジーな装いだ。モチーフは近世のフランスあたりだったか。じっくりと観察して文字にしたいほど、物書き魂がうずく。
もちろん、現実そんなことをしている場合ではない。逃避を続ける私を置き去りにして、ストーリーは進む。時間の流れのなんと残酷なことか、よよ。
「ヴィヴィアンヌ様、どうか分かってください! 殿下が選んだのはわたしなんです」
「何を分かれと言うのですか。テオフィル様、くだらない戯れと思い言葉を控えておりましたが、これはどういうことです。わたくしを馬鹿にするのもいい加減にしてくださいな」
「違っ、そうじゃないんです、ヴィヴィアンヌ様! 殿下はただ……」
「何の権力も持たない小娘が、口を挟めると思わないで。愛を理由にもしないでちょうだい、馬鹿馬鹿しい。わたくしもテオフィル様も、貴女とは違う世界で生きているのよ」
「どうして、そうなるんですか……! 貴女がそんなだから……!」
「わたくしが、何だと言うの。不敬罪で親族もろとも牢につながれる覚悟はできているのでしょうね?」
「そ、んな。……っ、殿下!」
「あら、わたくしに直接言えないからとテオフィル様にすがるのですか? テオフィル様、どうか賢明な判断をしてくださいませ」
「……、……」
はは、実にカオス。
全身に冷や汗をかきながら、私はこの修羅場の穏便な乗り切り方を探していた。
いや、実に。
私の乙女ゲー転生が、詰んでいる。