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第六話「本屋」

 柱へ向けて歩いていると、縦に長くて大きな本屋を見つけた。


 なんというか、狭い東京らしい建物だ。日差しがよく入りそうな構造をしている。

 本がとても傷みそうに見えるけど、入ってみると意外に小奇麗なままで、日焼けした本もあまりなかった。ひょっとしたら紫外線をカットするガラスなのかもしれない。


 中はほの暗く、ひんやりとした涼しい空気が流れていた。


 「大きな本屋だなあ……下の階、漫画、攻略本コーナーだって」

 「マユは漫画とかゲームってお好きなんですか?」

 「うーん、漫画はそこそこ読んでたような。VRゲームも結構……結構?」


 ――VR。ゲーム。


 どうにも引っ掛かるけど、具体的なそれが出てこない。

 最近の流行りは、いや、私の覚えてる範囲では、体感没入型のVRゲームが流行していたように思う。タイトルまでは出てこないけれど、周り中そんな感じだった……気がする。


 思い出そうとして、また頭痛。


 「いづっ……あーもやもやするー!」

 「マユ、落ち着いて。何か思い出したんですか?」

 「逆だよ逆ー! 何も出てこない!」


 うがー、と苦しみながらも私は店内に入る。


 大きなカウンターが横にずっと続いている。本当に大きい。

 ここの会計は、テーブルに埋め込まれる形で据え付けられたキャッシャーに品物を通して清算するタイプのアレだ。便利で楽だけど、万引きも絶えないと聞いたことがある。


 このお店は、どうやら出入り口にもセンサーみたいなのを付けていたみたい。多分、動いてる時に品物を持ち出したら一発でアラームが鳴る。


 埃っぽいけど、店内は思ったより荒れてない。しかし気になったのは、


 「……これ、足跡だよね?」


 砂や土のような色をした埃が薄ら積もった店内には、たくさんの足跡が付いている。しかも、小さな靴の足跡が、店内中を物色したようにそこいらに散らばっていて、上下階を繋ぐエスカレーターどちらにも続いている。


 「誰か、いるのかな」


 安心感と、半面、それ以上の不安。

 誰かに会えたら嬉しいけど、私に敵意がない存在だろうか。話は通じるだろうか。


 「……」


 耳を澄ませてみる。店内からは何も聞こえない。上も、下も。時折外から吹く少しの風が立てる物音くらいで、私の呼吸だけがやけに響くように感じた。


 「ここには誰もいないみたい……多分」


 隠れてて、後ろからガーン、ってやろうとしてなければ話は別だけど。


 「私はー、喋っちゃー、ダメでしょうかー?」


 小声でスイが囁く。ちょっと声に楽しそうな語調が混ざっている。冗談がわかるんだか、わからないんだか。


 「念の為ね。上から下まで見て誰もいなかったら、喋ってもいいよ」

 「りょーかいでーす」


 やっぱり小声で、スイはそう返した。


 まずは下へ降りる。上から誰か来たら怖いから、一応後ろにも警戒しながら。

 けど、特に誰か現れる気配はなかった。狭く、動いていないエスカレーターを下りきってしばらく黙っていたけど、耳が痛くなりそうなくらい静かなままだ。


 「……ごめん、スイ。やっぱ喋ってもいいよ」


 耐えかねて口を開く。なんか、黙っててもしょうがない気がした。


 「え? ホントにー、いいんですかー?」


 また小声。妙に楽しそうだ。


 「……ねえ、スイ。なんか楽しんでない?」

 「いいえー、そんなことはー、ないですよー」


 くすくすと笑い、私もなんだか肩の力が抜けて鼻から息を吐いた。和ませようとでもしてくれてるんだろう。たぶん。


 地下だから光が入らず、暗い。


 ホームセンターから貰ってきた手回し発電の電気カンテラ(暇な時に回しておいた)に明かりを灯して見回す。埃臭い。もうずっと人の入ってない空間だ。そう思いかけて、足元にカンテラを向けてみてそんなことはないと気づいた。


 足跡は、綺麗に並べられた本棚の向こうに続いている。


 「こっちか」


 追いかけてみる。何かと鉢合わせたら怖いから、念のため持ってきた小さなバールをおっかなびっくり構えて、終点まで歩いてみた。

 バールを振り上げた体勢のまま、本棚の向こう側へ顔を出す。

 誰もいない。ほっと胸を撫で下ろし、ついでにバールも下ろした。


 ……結局何とも行き当たらなかった。


 「変な汗ばっかりかいてる気がする……お?」


 行き着いた棚は、児童書や絵本がまとめて置かれた幼児向けのコーナーだった。

 見覚えのあるキャラクターの絵本がたくさんあったり、可愛くデフォルメされた動物のイラストが描かれた大きな装丁の本がいくらかある。


 見た限り、棚の中の何冊かが抜き取られているようだった。


 「……ここに来た人、子供がいるのかな」


 内心ホッとして、緊張を少し緩めた。

 こういう本を探しに来るような相手なら、おそらく話も通じるだろう。

 安堵して振り返ると、


 「ひィッ!?」


 硬直してしまった。


 空気の抜けたアニメキャラのバルーンが、いくつか本棚に引っ掛かってぐったりとしている。 私の掲げたカンテラの照光が不気味にライトアップしたせいで、それが一瞬訳の分からない怪物か何かに見えてしまった。


 しばらく固まっていたら、身動きしない私にスイが口を開いた。


 「……マユ、どうしてびっくりされたのですか? 私、暗くて見えないです」

 「な、なんでもないよ。なんでもない」


 なんでもないを連呼しながら地下中を歩き回ったけど、足跡の主は見つからず終いだった。




 一階に戻ってきた。外からの光が少し眩しい。目を細めて上がる。


 カンテラの灯を落として、リュックに仕舞った。正直これ、長時間背負ってみると結構重たい。けど何かあるといけないし、置いていくわけにもいかない。


 「重いー。重いよスイー。これ重いー」

 「置いていっては?」

 「むー、けど何かあったら困るでしょ」

 「それはそうですけど。この中の探索の間くらいは、どこかに置いておくとか。そうだ、そこのカウンターの裏に隠しておくとか」

 「……そうするか」


 スイのアドバイスももっともだ。カウンターの裏にリュックを隠す。楽になった体に、何度か飛び跳ねて軽くストレッチしておく。もちろん咄嗟に逃げるため。


 「なんか、今ならあの恐竜からも逃げられる気がする」

 「錯覚ですよ、錯覚。重いものを下ろした後ってそういう風に感じられるんでしょう? スイ知ってます」

 「人間の感覚も知らないのに何言ってんの」

 「むっ。知ってますもん! ほら!」


 不意にスイの像が私の目の前に現れた。頬を膨らませ、ちょっと不機嫌気味。


 スイがその細く私よりは白くない両腕を左右に伸ばすと、その背中に私の背負っていた物を模したらしいリュックサックが、キラキラしたエフェクトを伴って現れる。


 ――そして背負った瞬間、ぺちょんと尻餅をついて座り込んだ。


 沈黙。私は耐えかねて笑ってしまった。


 「……ふっ」

 「あー! あー! 笑いましたね今! 鼻で笑ったー! 馬鹿にしたー!」

 「だ、だって、あんまり、ギャグみたいに……」

 「こ、このくらい持ち上げられっ……れっ……」


 持ち上がらなかった。じたばたじたばた、上がらない。


 「れ……れ……!」


 思わず腹を抱えて笑いをこらえる。「れ」って。この白い子は天然でこんなことやってるんだろうか。スイの才能に私は膝をついて笑ってしまった。しかも、まだやってる。まだがんばってる。足パタパタしてる。立ち上がったけど、膝プルプルしてる。あっ転んだ。


 「あー! あー!」


 怒り心頭、喚き散らして、スイはリュックに八つ当たりするように消してしまった。


 「ちょ、ちょっと、持ち上がるんじゃ、なかったの?」


 口をへの字に曲げてスイはプルプルしている。顔が真っ赤。私もそうかもしれない。


 「……私の、パラメータ設定的に、そんな重いもの、持ち上がんないんですー!」


 一言一言切って叫ぶスイ。最早静かにする気は微塵もない。


 「へ、へー。パラメータなんてあるんだね。細かいね」

 「話を流そうとしないでくださいー!」

 「わかったから。わかったからスイ、落ち着いて」


 ひーひー言いながら制止する。そんな私の態度が気に喰わないのか、スイはもっと怒る。楽しい。いや、間違えた、落ち着かせてあげなければ。


 「よしよし、スイはそういう設定してないんだもんね。仕方ないよ」

 「うー。私マユみたいに力持ちじゃないもん……」

 「いや、私もそんなに力持ちじゃないとは……思うけど」


 でも、ホントはそうなんだろうか。細いし白い。モヤシみたいなこの手足に、そこまで筋力があるようには思えないのだが。


 「しかしそれ、便利な機能だね。小道具出せるんだ」

 「小道具って……。漫才みたいに言うのやめてください」

 「あーごめんごめん。いや、便利だなーと思って」


 緊張感なく話しながら、停止したエスカレーターを登って二階に上がる。足跡はずっと続いているけど、二階でも降りた形跡がある。


 「一個一個調べた方が良いかなあ」

 「呼びかけてみては?」

 「えええ。もしあの恐竜が中にいたらどうするの?」

 「あんな大きいの、このお店に入れると思います……?」

 「……それもそうか」


 すぅ、と息を吸って大声を上げようとして、深く吸った息を吐き出した。


 「なんて呼びかけたらいいんだろう」

 「それは、こんにちはー、とか、誰かいますかー、とかじやないんですか」

 「なるほど。じゃあ――誰かいますかー!」


 響く私の声。棚がたくさんあるせいで反響したりはしないが、三フロア分くらいはまたいで届いたんじゃないだろうか。叫んでからしばらく耳を澄ませてみたが、返事はなかった。

 わぁぁん、と室内に薄く反響する自分の声に、ちょっと背中が寒くなる。


 「……誰もいない、かな」


 少しだけ肩の力を抜いて、私は二階から順繰り探索を始めた。

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