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第四話「脅威」

 「こりゃー本格的にタイムスリップでもしちゃったかなー」


 食料品や水の入ったボトルなんかを幾らかまとめて、全て改めてみた。

 結果はどれもほぼ同じ。

 大体の賞味期限が、二千五十三年から五十六年前後。長いものだと六十年くらいのものもあるけど、これだけ経ってたらどれも同じだ。缶詰に膨らんでる様子はないし、なんとなく食べられる気もするけど、さすがにここまでの年代物はあんまり口に入れたくない。


 「……」


 お腹をさする。小食だったかは覚えてないけど、空いたって声は上がってこない。

 思えば目が覚めてから水さえ口にしていない気がする。寝起きなのに、そこまで喉も乾いてない。


 「マジで私、改造でもされちゃったのかな?」

 もしくはここが死後の世界だったとか、などと一人で疑問をかき混ぜる。

 「あ、そうだ」


 窓に掛けてあったカーテンを取り外す。

 朝の日差しが入ってくる。眩しくはない、意外なほど目に痛くない優しい光。都会の真ん中なのに森の中にでもいるような気分に、思わず深呼吸した。空気もそこそこ良い。


 「良い気持ち……じゃなくて」


 明かりが入って見通しのよくなった窓辺で、持ってきた大きな姿見に自分の姿を映す。


 「ふむ。ね、これは中々美少女だと思いませんか? スーさん」

 「スーさんて。私のことですか」

 「スイ以外の誰がいるのよ。さて、しかし……」


 くるりと回り、鏡の前で、に、と両の手で笑みを作ってみる。


 この少女は、たぶん、私だ。確証はない。

 ただ、自意識はこの女の子の中にあるようなので、十中八九私なんだろう。

 年の頃はおよそ、十代半ばくらいか。そうやって冷静に考える自分の頭が、見た目に釣り合っていない気がした。年齢的に、もうちょっと大騒ぎしてもいい状況の只中にあると思う。


 ひょっとして私、記憶を失った謎の色白美少女に転生しちゃったとか? いや、この場合だと転移トリップの方が正しいのかな?

 ……さすがにそういうのはないだろうか。断言はできないけど。

 ただ、何故か自分という人格に関して妙な違和感があるような気はする。


 近づいて顔を眺める。ニキビひとつない真っ白な肌。変に羨ましいと思う。私なのに。

 眼窩には、なんだか黒すぎるくらいに黒い瞳がぱっちり据えられている。まつ毛が長い。

 伸びた髪は肩甲骨の辺りできちんと切り揃えられ、ちゃんと手入れしてあるように見えた。飛んだりは跳ねたりすると顔に当たりそうになって少し邪魔だけど。


 続いて服装チェック。


 白い襟元には青いラインと、袖にも同じ意匠。袖の裏側には水玉模様が散らしてあって、シンプルな割には可愛い。

 スカートは簡素なチェック柄だけど、紺の布地に白と赤のラインが細かく入っていて、これまた嫌いじゃないデザインだ。

 靴はちょっと高そうな革のローファー。ここまで歩いてみて思ったけど、軽いし靴底もしっかりしていて歩きやすい。結構埃で汚れちゃったのが悲しいけど。


 こうしてパッと見ただけでも私、なんだかイイトコのお嬢様みたいだ。

 このセットはひょっとして、どこかの制服とかなんだろうか。


 「……うーん。しかし、何でこんなに白いんだろう?」


 自問するように言う。鏡に映る「私」は、とにかく白い。ワイシャツから露出した肌の全てが異様なほど。まるで小麦粉にまぶされたお団子だ。もうちょっとマシな例えはなかったものかと思いながらも、ステップを踏んでみたり、上着やスカートを脱いでみたりする。


 「きゃー」


 後ろでスイが妙な声を上げている。


 上も下も、こっちは意外と簡素な白い下着のセット。色気のカケラもない。パンツの中は… …普通。ノーコメント。ブラの下もおんなじ。普通。その、発育は悪くないと思いたい。

 全部綺麗に着け直す。替えくらいは考えておいた方がいいかもしれない。これもどこかで探そう。


 「しかし、貧血だってここまで白くならないよね」


 べ、と舌を出し、指で右目の下を引っ張ってアッカンベー。

 白い。薄ら血管のピンク色はあるようだけど、結膜は赤さよりもむしろ白さの方が際立つ。目玉よりよっぽど色味がない。というか、一緒に出した舌も、口の中の粘膜も、全てが薄い桃の色合いにまとまっている。


 「アルビノ……って言うんだっけ? でも、目は赤くないし」


 そういう意味ではスイの方がよっぽどアルビノっぽい。長い髪は真っ白だし、目は赤いし。 誰のシュミでデザインされたアバターなのかは知らないけど、ほんのり私に似ている気がする。胸は私の方が勝ってるけど。


 「……なんか、失礼なこと考えませんでした?」


 私の値踏みするような視線に気が付いたスイが、ジト目でこっちを見つめてくる。


 「え? あー、いや、ははは。別にー」


 誤魔化すように苦笑いして、今度は手首を見つめる。血管が見えない。

 握り拳を作ったり、腕を曲げ伸ばしして浮かせてみようとする。ほんのり起伏が現れて、血管らしいものは出てきたけど、結局それも肌と同じ色をしていて変わり映えしない。

 いっそ切ってみようか、と食料と一緒に拾ってきたポケットサイズの十徳ナイフを取り出し、手首の上にそっと添える。


 「……何してるんですか?」

 「えっ、あ、なんでもない」


 慌ててナイフをしまう。

 その後もしばらく迷ったが、勇気が出なかったのでやめておいた。痛いの嫌だし。


 「はぁ。結局私が何なのかさっぱりだ」

 「元気出してくださいマユ。私も私が何だかさっぱりです」

 「全然励ましになってない」


 私、ため息ばっかりついてるような。やめやめ。

 気を取り直して、自分の中にある記憶を漁ってみようと思った。


 「ふむー」


 シックなデザインで、猫のイラストが紙の端にワンポイントで描かれた手帳と、ボールペンを持ってきて、私は寝袋へダイブするみたいに横になる。

 うつ伏せのまま足を振りつつ、私は自分のことを改めて考えてみた。



 ・1

 ほとんどの記憶がないこと。

 親の顔も、友達の顔も思い出せない。でも東京のことはある程度知ってる。

 当たり前に生きていくための知識や、常識みたいなものはちゃんと備えてるみたい。

 でも、サバイバルとかの経験はないと思う。だからちょっと先行き不安。


 ・2

 変に白い。体中至る所が白い。何だこれってくらい白い。

 だからって日の光に弱いとか、そういうヴァンパイアみたいな設定はないようだけど。

 ちょっと怖いけど、美少女設定的には悪くないんじゃないかなー。

 何書いてんだろ。消しとこ。


 ・3

 不思議なNSナビがお供にいる。

 髪が白くて、目が赤くて、ちょっと私に似てる気がする。

 周りは廃きょ(書けない)ばっかりなのに、ネットにも繋がってて、電池も切れないらしい。

 誰もいないよりはマシだけど、ちょっと頼りないかも? 

 私の記憶の手がかりを持ってるみたいだから、どこかでこの子のパスが知れたらいいな。

 思ったけどこれ私のことじゃなくない?


 「……」


 ペンを投げ出して、私は仰向けに転がった。


 「わかんねー!」


 何も情報がない。私、思ったより先行き不安だ。


 「……悩んでてもしゃーないか……」


  ひとまず、出かける準備をしようと気を取り直した。




 リュックに詰め込めるだけ色々な物を詰め込んで背負ってみる。

 意外に軽い。軽いというか、私の体が頑丈なんだろうか。さして重たく感じない。

 念の為詰めた食料に水のボトル何本か、あとは明かりになるものとかサバイバルに使えそうなものとか。乱雑に投げ込んだのでそこまでちゃんと把握していない。


 まあ、何かあった時は戻って来ればいいし、他のホームセンターだってそこいらにあるだろう。


 「さて、準備完了! 行くよ、スイ」

 「はい、マユ」


 座っていたスイは立ち上がると、こちらに駆けてくる――途中で、像がブレて消えた。


 「あれ、そのまま付いて来てくれるんじゃないの?」

 「できなくはないですけど……その、落ち着いた場所じゃないと私が疲れちゃうんです」

 「機械に疲れなんてあるの?」

 「ありますよ。精密機器は負荷に弱いんです」

 「ふーん」


 胸ポケットから飛んでくるスイの言葉を聞きながら、私は階下へ降りていく。


 日が出てきたお陰で、夜はちゃんと観察できなかった店内の様子がよくわかった。窓はベージュ色に薄く汚れていて、中に入ってくる日差しがほんのり和らいでいる。


 エスカレーターも土埃が薄ら積もり、どこもかしこも綺麗に茶色の層で覆われていた。手すりには、多分私が昨日触っちゃった手形も残ってた。後で手を洗おう。

 今歩いている錆びた段差は、時々ギィギィ嫌な音を立てておっかない。平気かなこれ。


 「突然逆走とかしないよね、エスカレーターって」

 「マユ一人くらいなら、よっぽど老朽化してない限りは大丈夫だと思いますよ」


 よっぽど老朽化してそうに見えるんだけど。

 突然動き出して転んだりしませんように。


 荒れた様子もなく、ただ埃まみれの店内を眺める。

 人がいないから静かで、店の商品も私が動かした分以外は多分ここがこうなった時のままだ。 やっぱり少し寂しいけど、反面穏やかな空間でもある気がした。心が落ち着く。

 時々階下から吹き込んでくる爽やかな風に、じんわり気分も良くなってきた。


 「いい天気だね、スイ」

 「はい。今日は湿度も低くて過ごしやすそうです」

 「うん、実際暑くもないし……ん?」


 もうすぐ一階に辿り着く、というところで、下から重たい音が響いているのに気付く。

 ざりざり、じゃりじゃり、どすん、どすん。

 不穏な音が続いている。


 「……何の音?」


 独り言の音量が自然と下がった。階段をゆっくりと下りながら、壁際に寄って下を覗き込む。


 「……ちょっとちょっとちょっと! 何の冗談よ、アレ!」


 小声でまくし立てるようにそう呟くと、私は慌てて壁に隠れ直した。


 下の階に、黒く巨大な何かがいた。

 ゴキブリか何かだったら悲鳴を上げるだけで済んだかもしれない。けど、アレはそんな生易しいものじゃない。悲鳴も思わず飲み込んでしまった。


 「ま、マユ。落ち着いて。何が見えたんですか?」

 「恐竜」

 「……は?」

 「だっ、だから恐竜がいたってのよ! 私よりずっとおっきい、ティラノサウルスみたいなヤツが!」

 「じょ、冗談でしょう……?」


 私は胸ポケットから携帯を取り出すと、そっと壁際から階下へ携帯を突き出した。スイのカメラで見てもらうため。

 二、三秒ほど突き出したままにしてから、私はポケットに携帯を戻した。


 「…………なんですか、アレ」

 「私が聞きたいわ。ねえ、スイの方が細かく見えたでしょ。どんな姿してた?」

 「え、ええと……」


 カメラの性能は多分機械の方が上だろうから、詳細を聞いてみる。


 スイ曰く、全身が黒い恐竜のようなフォルムをした何かとのことだった。

 皮膚はボロボロで、そこかしこから金属の棒みたいなものが突き出してるように見えたらしい。私が見る限りでも動きはヨタヨタしていたけど、あれだけ大きいヤツに突進なんかされたら……。


 足が止まってしまう。どうしたらいいんだ。どうしよう。


 「どうしよう」


 そのまま口に出してしまう。


 「わ、わかりません」

 「……参ったな」


 改めて下を覗き込む。


 「恐竜」は相変わらず店内を物色するみたいに歩き回っていて、不安定な体が何台もの自転車をなぎ倒していた。

 身が竦む。正面口のドアを盛大に開けて放置してしまったことを後悔した。


 「一旦戻ろう」


 踵を返し、一気に上の階へと戻る。五階まで静かに駆け上がったところで、緊張していた肩を下ろした。さすがにここまで来れば、向こうが気づくことはないだろう。


 「……冗談でしょ」


 思わず呻く。

 あんなものが外を徘徊してるとしたら、おちおち表も歩けない。ここに来るまでに出くわさなかったのは幸運としか言いようがない。


 「スイ。ねえスイ。あんたの目で上からヤツらがいるかどうかってわからないの?」

 「呼び方が雑になってませんか、マユ」

 「いいから。できる?」

 「や、やってみます」


 しばらく黙る。心臓が落ち着かない。

 ここにいれば安全な気もするけど、ひょっとしたら登ってくるかもしれない。怖い。


 窓の外を覗いてみても、黒い影がうろついている様子はないけど、どこかに隠れてる可能性だって十分にある。


 「ごめんなさい、マユ。私の権限では、継続してカメラを利用することができないようです」

 「それってつまり、できないってこと?」

 「は、はい。でも何枚かの連続した写真を取得することはできました。やっぱり、数体ですが似たようなのがうろついてるみたいに見えます」

 「嘘でしょ……」


 私は顔を覆って、廃れた街に潜む脅威を知りぐったりと壁にもたれかかった。

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