第三十二話「滅びた街のプロローグ」
帰り道。
背には、眠るヨウタ君を背負って、隣にはスイがいて。
日は暮れてきてるけど、多分夜になる前にはギリギリ帰りつけるだろう。あの場所へ。
空の端には星がきらきらしていて、群青に染まる夜空には月が柔らかく浮かんでいた。
「……マユ、あのね、マユ」
「ん、うん?」
スイが、じゃれるように話しかけてくる。
「私、スイをやめようと思うんです」
「スイを……やめる? ごめん、ちょっと意味がわからない」
「あー、真面目に取り合う気ないですね?」
「い、いやそんなことないよ。毎度からかってるわけじゃないって。ホントにどういう意味なのかなーって思っただけだから」
「むー」
不機嫌そうに頬を膨らませながら、スイはまとわりつくように私の周りを駆け回って付いてくる。
それからじわじわ歩調を遅くして、私の歩くスピードに合わせて歩き始めた。
子供か妹みたいで面白い。そう言えば、最初に姿を見た時もそんなことを思ったっけ。
「……私の名前、自殺者。こんな名前、嫌じゃないですか。自殺なんて悲しい名前、持ってたくないじゃないですか。せっかくマユと、生きてこの街を旅できるのに」
「んー、まあ……そうかも?」
「ちゃんと聞いてますー? だから、私、名前変えたいなって思ったんです。ね、マユ」
「……うん。それで、なんて名前に?」
「もー。だからそれをマユが考えるんじゃないですかー」
「えっ。私が考えるの? ええーっ」
そういうの苦手なんだけど、と言おうと思ったが、とても楽しそうに私の周りを歩くスイを見ると、言ってしまうのも何だか可哀想だなあと思ってしまった。
「……スイ、スイか。そうだなあ、じゃあヒスイとか?」
「むー、ヒスイだと私の色と関係ないじゃないですか。翡翠は緑色ですよ?」
「注文が多いなあ。じゃあ、目が赤いからルビーとか」
「ルビー……んー、悪くないけどしっくり来ないです」
「しっくり来ないて。それじゃあ……」
うーん、と首を傾げながら歩いて考える。
スイ。スイの代わりになりそうな名前。なんだろう。
――そうだ。
「……ナビゲイトとか、どうだろう」
「ナビゲイト?」
露骨に、スイは微妙そうな顔をする。
「だ、だって、ほら、スイは私だって知らないようなことを今は何でも知ってるし、その前から私と一緒にこの街を歩く時も、あの柱へ向かう時も、案内してくれたし。だから、自殺者じゃなくて、案内者じゃ、ダメ?」
何を話してるかわからないような、しっちゃかめっちゃかになりつつ提案する。
スイは、話している内に、何だか得心が行ったような顔になってうんうん頷いていた。
あれ? これで良いの?
「……ナビゲイト。良いですね、ナビゲイト! それじゃぁ、これから私の名前はナビゲイトです!」
おお、気に入ってくれたのか。
割と適当に考えたのに。
「……とか言ったら怒るよね」
「え? マユ、何か言いました?」
「あっ、ううん。何も」
スイ――いや、ナビゲイト。
ナビは、くるくると私の前で回ってみせ、機嫌良くにっこり笑って口を開いた。
「私はナビゲイト! マユの行きたいところに、どこまでだって案内します! さあ――マユ。今度はどこへ行きましょうか?」




