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第三十一話「約束」

「さて……それで、スイ。スイは、この街の秘密をぜーんぶ知れることになったわけだよね?」

 「はい。その認識で合ってます」


私は柱の袂で、スピーカーから流される別れの歌のようなツカサの声を聴きながら、竜でなし(ドラグレス)が街に帰っていくのを眺めていた。

どこかにまとめておいた方が良いんじゃないかとも思うけど、柱の中に全て入れておくわけにもいかないだろうし、適度に散らしておいた方が良いんだろうか。

……って言うか、あいつら何食べて生きてるんだろ? お腹空いたりしないのかな。


「本体の権限は全て奪取したので、あーんなことやこーんなこともやりたい放題……」

「オッサンみたいな顔するな。それじゃあ、私のこととか、龍のこととか、全部教えてもらえるわけ?」

「それは……長くなりますけど、それでも良ければ」

「もちろん。……ただ、今は聞きたくないこともあるかな」

「……配慮してお話しますね」


私は、夕暮れの光の下でなお白い私の腕を見ながら、膝を抱えてスイの話に耳を傾けた。


まず、世界蛇――龍の存在について。

二千三十八年年の段階で見つかったあの龍は、二千五十二年までの間に各国で見つかったのだそうだ。一番初めに出てきた日本ここの龍。地下調査の技術の発展によって見つかったとか何とか。

世界中に何体も存在していて、本体のデータベースによると十三体ほどが世界のどこかで今も眠っている。日本の龍は目を覚ましかけたからあの柱で封印されたとか。


「ただ、このデータそのものが改竄された形跡があるんです。本体……エミも、知らないと言いますし」

「それ、エミが嘘ついてるだけじゃないの?」

「いいえ、そうだったら私がわからないはずないですもの。私は最早本体そのものと言っても過言ではないですから、嘘なんてついたって意味はありません。間違いなく見抜けます」

「そうなのか。よくわからないけど、誰かが手を加えたのかもしれないね」


次に、この街の惨状について。

二千五十二年に、本体とは別の人工知能が暴走した、という情報がデータベースに残っているそうだ。

暴走した人工知能は、目覚めかけていた龍に対し封印を強行し、人間の軍勢は攻防虚しく他の地域に追いやられた……というのが事の顛末だとか。何故人間と戦って、何故龍の封印を行ったかは謎のままだけど。

それに、本体が目覚めたのもここ二年ほどのことなので、二千八十年以前の詳細な情報が残っていないらしい。


「ということは、エミ以外にも誰か別の人工知能がいる?」

「かも、しれません。ですが、今のところ私たちの通信網にはそんな人工知能がいるなんてログは浮かんでこないですし、もしかしたら本体自身がおかしい時期があった……のかも」

「と言っても、推測でしかないよね」

「まあ、そうなんですけれど」


そして、本体のこと。


「……本体マザーは、人間がほとんどいなくなったこの街で、命令オーダーを実行し続けていたそうです。従うべき人間を失くしても、その行動で正気を保つように、ずっと。だから、目的として意味を失くしたはずの指令を未だ繰り返していた……結果はほとんど失敗していたようですが」

「……」


手のひらを見る。


真っ白なこの私の手は、その行程で生み出された。

私の記憶、体、心、気持ちは、本当に私のものなのだろうか。

そんな私の様子を眺めながら、スイは意を決したように口を開く。


「マユ。あの、少し、つらいことをお話しするかもしれませんが……」

「……いいよ。もう、ここまで来たら全部聞かせて」


膝を立てて、自分の腕を頬の枕にしながら。

私はじっとスイが口を開くのを待った。


「……本当はね、マユ。成功したマユなんかいなかったんです」

「……どういうこと?」

「貴方は、いいえ、マユたちは、どれも正常な精神を有していなかった。カラッポだった。良くて、命令に従うだけの人形でしかなかった。どんな目覚め方をさせても、そこまでしか到達できてなかったんです」

「……でも、それで良いんじゃないの? 命令に従う人形の方が、都合がいいんじゃ」

「いいえ。私たちが産み出そうと――ううん。私たちを造った人間は、『新しい人類』を、新たな進化の道筋を探していたんです。それが、『神の繭』計画。マユ、いいえ、神代真由かみしろまゆは、そのプロトタイプ。人間のような感性と情動と、龍のような強靭さと力を持った……それが、完成するはずだった本来の貴方なんです」

「……私、私は、普通の人間だよ。きっと、少なくとも、心は……」


たぶん、と小さく自信なく呟く。

そんな保証はどこにもない。けど、こうして喜怒哀楽を感じられる私は、少なくとも、人間的なものを持った、普通の心の持ち主のはずだ。


「はい。でも、それがそもそも――有り得ないことだったんです。不安定なマユしか産み出せないはずだったんです。どういう訳か、貴方はその中で心を持って、正常に目を覚ました。――マユが元々、知るはずのない情報まで持ち備えて」

私も、本体から得た情報でそれを理解したのですけれど、とスイは付け加える。

「……」


つまり、私は――。


「……はは、結局私が何者かなんて、私しか知らないんじゃない」


私は自分でもよくわからない笑みを浮かべながら、柱の黒く冷たい壁面に寄り掛かった。

夕陽の赤い色に指を透かす。

白い。赤く染まってもまだ白い。

思い出そうととしても届かない記憶の向こうに、私の本当が隠れている。

不意にツカサの歌が途切れ、周りには風の音しかしなくなった。


「思い出せるのかな、私は」

「ええ、きっと。……その。こんな、不明瞭なことしか言えなくてごめんなさい」

「いいよ。私だって、いきなり全部わかったら壊れちゃいそうだもの」


腕に目元を埋めて、私はしばらく黙っていた。

スイも、空気を読んで沈黙を守ってくれている。

不意に、隣で衣擦れの音がした。


「……ツカサ」


いつの間にかツカサが来て、横に座っていた。

私に視線を合わせないまま、ツカサはゆっくり喋り始める。


竜でなし(ドラグレス)、みんな帰してあげたわ」

「うん」

「ヨウタ、まだ寝てるから、起きるまで待ってあげて」

「うん」

「貴方は……真由は、ユキコのところには戻らないの?」

「戻るよ。……もう少し、気持ちが落ち着いたら」

「……そう」


のんびりとした時間だった。

竜でなしも、正体不明の何かも、もう怖がる必要はない。

ただ、夜が来るのを待つように、二人でただぼんやり空を眺めていた。


「知らなかったこと、知れたの?」

「ん? うん……まあ、そこそこ」

「そう」


二人で並んで座ったまま、夕陽をじっと見つめる。そろそろ日が沈む。


「私は、ユキコのところには戻らない。戻れないわ。まだ、あの子たちがあそこで眠ってるから。置いてくわけにはいかないもの」

「……そっか」

「だから、貴方がヨウタを連れて帰って、ユキコの友達になってあげて。私は、全部終わったら戻ってくるから。……許してもらえるとは思わないけど」

「そんなことないよ。ユキコは優しいから」

「……そうね。知ってるわ」


私より、きっとずっとユキコの近くにいたんだから、そんなことはわかってるだろう。

許してくれることも、受け入れてくれるだろうことも。


「あのね、真由」

「うん」

「……やっぱり、何でもないわ」

「そっか」

「貴方の血、皆にも分けてあげて。あの場所にいる、子供たちに」

「うん」

「あ、でも……ユキコは、大丈夫。ユキコはその……特別だから」

「そう……なの?」

「ええ」

「そっか」


ぼんやりとそのまま空を見つめていたら、ツカサが立ち上がった。


「ヨウタ、柱に入ってすぐ手前にある仮眠室にいるわ。スイなら場所、知ってるわよね」

「え? あ、えっと、はい」

「それじゃあね、真由。貴方と会えて良かったわ。その……また会いましょう。今度はちゃんと……友達として」

「……うん」


そう言うとツカサは一つ伸びをして、踵を返して柱へ戻っていこうとする。


「そうだ、ツカサ」

「……引き止めないでよ。何?」

せっかく良い気分だったのに、みたいな顔をして、ツカサはジトっとした目で私を見る。

「あ、あはは。その、さ……これ」

「……これ、携帯?」

「ふふふ」


私の横にいたスイが、ここぞとばかりにドヤ顔で指を鳴らす。


ぱちん、という音と共に、ツカサに渡した端末の液晶に像が立ち上がった。


「……!」


ツカサが、浮かび上がった立体投射映像ホログラフに目を見開く。

そこに映し出されていたのは、腹立たしげに腕を組んで、そっぽを向いたエミの姿だった。


「真由……!」

「……ここに来る前に拾った携帯を使って、スイに入れてもらっちゃった。本体からの無線電源で動いてるから、電池も切れないし、ずっと一緒にいられるよ」

「……不服です」


エミは、心底不機嫌そうにそれだけ呟いた。


「ありがとう、真由」


対して、ツカサは心から嬉しそうに、今まで見たこともなかったような優しい微笑みを浮かべてそう言った。

私は少し嬉しくなって、思わずからかってしまう。


「……何だ、ツカサもちゃんと笑えるんだね」

「失礼ね。私だって笑顔にくらいなれるわよ」

「あはは、初めて会ってからこれまでずーっと不機嫌そうにしてたから、全然知らなかった」

「……この人形女」


 目にも止まらぬ速さで、ツカサの手が私の頬に伸びる。


「ふぃー!? いひゃいいひゃいいひゃいー!?」

「こんの、馬鹿に、するんじゃ、ないわよっ」

「ふぃぃ、ばかに、にゃんへ、ひへはひー!?」


散々ほっぺたを引っ張られた。


そんな風に馬鹿みたいにじゃれ合って、それから。


『それじゃあ、またね』


私たちはそう言い合って別れ、それぞれの帰路へと就く。


またいつか、笑って会える日を心待ちにしながら。

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