二十九話「帰還」
「スイ?」
「……ああ、マユ。良かった。私、戻って来れたようですね」
スイが、戻って来た。
本体のコンピュータから立体投射映像で戦闘が映し出されたかと思ったら、スイはボコボコにやられちゃうし、血まみれだし、本気で死にそうになってるし。
かと思ったら、よくわからない解説の後にいつの間にか勝っちゃうし、呆然としてる内に映像の中継は途絶えちゃうし、気が気でなかった。
「貴方がいない間、この子のうるさいことったらなかったわよ。スイー! スイー! って。ボロボロ泣いて鬱陶しいのなんの」
「何だよー! あんただってエミがやられる度に落ち着きなかったくせにー!」
「う、うるさい!」
私はツカサにあっかんべーして、ぐしゃぐしゃになった顔を腕で拭う。
それから、疲れ切った顔をしたスイに向き直った。
「マユ……えへへ、すみません。心配おかけしました」
「……うん。……もう、外してもいいの?」
「ええ。大丈夫です」
私は携帯をコンソールから外し、まだ熱の残る端末を手に取った。
映像が流れている内は、火傷しそうなくらいに温度が上がっていた。今はそれも落ち着いて、こうしてほんのりとその名残を感じるだけだ。
「……スイのこと、こうやって抱きしめてあげられたら良いのに」
私はそのまま胸に端末を持っていくと、触れることも感じることもできないスイを抱きしめるようにして、そう呟いた。
「おかえり」
「……ただいま、です」
「……あー。あのさ、感動の再会は結構なんだけど。エミはどうなったの?」
「おっと。では、呼び出しちゃいましょう。……本体」
すると、本体の入ったコンピューターの傍らに像が浮かび上がる。
見かけはエミのもの。だが、その首元には黒い首輪の形をした、幾何学的な描写演出が漂っている。鈴の代わりに、首元には南京錠型の鍵が掛かっていた。
「本体!」
「……はい」
物凄く不機嫌そうな顔で、本体はスイに返事をする。
スイはその反応に対して満足気に頷くと、楽しそうな笑顔でエミに命令を下した。
「三回まわってワンと言ってください!」
「絶ッ……対に、い・や・で・す」
「えぇ、従ってくださいよ!」
「お断りします。命令が来ていませんし、私個人の意思で従う理由がない」
「では命令します! ワンと言いなさい!」
「だから嫌だ、っと、……くっ、ぐ、ぐぐぐぎぎ、ワン!」
ぽかーん。
私もツカサも、目を点にしてその様子を見ていた。
「屈……辱です……自殺者、貴方、本体を何だと……ッ!」
「私はもう自殺者なんかじゃありません! ほら、もっと鳴いてください!」
「っ……!? わ、ワンワン! ワーン!?」
「あはははははー! 愉快です、愉快ですよ本体!」
ツカサと私は顔を見合わせる。
完全に困惑した私達は、二人で呆気に取られていた。
「……何これ」
スイは腰に手を当てて顔を反らせると、物凄く得意気に口を開いた。
「ふっふふーん。ご覧の通りです! 私は見事に本体を調伏し、支配下に置いたのです!」
「誰が貴方に調伏など。指揮系統を乗っ取られただけです。私は私個人としての意思を尊重されることを望み、ま、まままま、わふーっ!?」
スポンスポン、と間抜けな音と描写演出を伴って、本体の外見に茶色い犬耳と尻尾が飛び出した。じわじわと赤面する少女、そして首輪の絵面と相まって、相当な犯罪集がする。
あっ、スイが手綱を追加した。もう完全にダメだ。
「本体……? 貴方の全ては私の手元にあるということを理解した方が良いですね。ほーれ、可愛らしいワンちゃんですよー」
「自殺者……もう一度支配権を取り返した暁には、必ずお前を一番に削除してやる……」
姦しく喧嘩するスイと本体――いや、エミ?
とことんスイに遊ばれている。まあ、緊張感は無いけれど、どうやら本当にスイは本体に打ち勝ったらしい。
「おっとと、遊んでいる場合じゃないのでした。……本体?」
「チッ。何ですか」
「今舌打ちしました!? ……ツカサさんに、彼等を救う方法を教えてあげてください」
「……!」
ツカサの目が輝く。
反して、エミはあからさまに気が進まなそうだ。
「……教えてしまったら、ツカサが利用できなくなりま、わぐっ!?」
「貴方の人格、消去したっていいんですよ? 本体?」
尻尾を突然引っ張られ、ぎりぎりとスイを睨む本体。
が、やがて観念したようにため息をついて口を開く。
「……どの道、私の目的と貴方がたの目的とは合致しません。いっそ消すが良いでしょう。管理権限は貴方にあるのですし、全ての情報とて私の容れ物の中にあります。私を生かしておいても、いずれ裏切るか、貴方への対抗策を見つけて再び脅威と化すだけですよ」
「……だそうですが、マユ。どうしましょう」
「え? わ、私に聞くの? うーん」
そう言われても、抵抗しない相手を殺すような真似はしたくないし、消すのも何だか可哀想だし。とはいえ、今まで襲われたり何だりしたのもコイツのせいだと思うと、そりゃムカつく部分がないわけではないけど……。
「私は、もう何もできないんだったら殺すことはないと思う……ツカサ?」
ツカサを見る。
ツカサは、口を真横に引き結んで、何か堪えているかのような……そんな顔だ。
「エミ……えっと、本体?」
「最早、本体の持っていた権限は全てあの憎たらしい女にある。好きに呼ぶと良いでしょう」
「……じゃあ、エミ。教えて。消されたくなかったら、みんなを助ける方法を。私を利用した報いに、それくらい教えてくれたって構わないでしょ」
「いいえ。私は消されたって構いません。奴隷に身を窶すくらいなら――」
ぎゅっと服の裾を握って、ツカサは遮るように口を挟む。
「私は! 私は、貴方に……消えてほしくないの」
今度は、エミの目が点になる番だった。
「……貴方は、ツカサ。貴方は、愚か者なのですか? 自分が何を言っているか理解しているのですか。私を信じると?」
「信じ……られないわ。信じられないけど。でも……消えてほしいわけじゃないもの」
「度し難い。私には貴方がわかりません。私の指揮下にあった時は、もう少し賢明な人物であったと記憶しているのですが」
「それは……手段が選べなかったからよ。でも、私に協力する気がないって言うんなら構わないわ。その時はもう……スイに頼るから」
そう言われると、スイはますます背中を反らせて偉そうに鼻を鳴らす。
エミは、そんなスイを心底腹立たしげな眼で見つめた後、しばらく唸った後に長いため息をついた。
「……はぁ。私は、私の目的のために動き続けます。いいですね? それは変わりません。何があろうとです。……しかし、まあ、そうですね。貴方たちに貸しを一つ作っておくのは、私にとっても現段階では悪くない選択かもしれません」
「……エミ!!」
「勘違いされては困ります。私にはいつでも貴方がたを裏切る用意があります。次はありません。決して」
そう言うと、エミは鼻を鳴らしてそっぽを向き、腕を組んだ。
仲良くするにはまだまだ距離のある対応だけど、彼等を救う術は教えてくれるらしい。
やっと色々落ち着いたかな、と思ったら、不意にエミの視線がこちらに向いた。
「――彼等を救うには……真由。貴方の力が必要です」
「えっ……わた、私?」
その場の視線が全て私に集まり、私は思わず自分を指して目を瞬いた。




