第二十七話「反撃」
「……ところでさ、何で白蛇女?」
「真っ白だし、目が真っ黒で大きいから」
「意外と雑な理由だった」
「日本人形の方が良かったかしら」
「いや、うーん。褒められてるんならそんなに悪い気はしないけど」
「褒めてるつもりはないわ。髪が長くて気持ち悪いのよ」
「ひどい。大体そんなに髪の長さ変わんないじゃん」
「私のは青いからいいのよ」
ツカサと話しながらスイを研究室内のコンソールに繋げて、制御系統を弄れるか試みる。
不思議なことに、本体からの妨害はなかった。それどころか、スイ自身が不思議そうにしている。
「本体からの干渉がありません。これは、怪しいですね……」
「よくわかんないけど、これができなかったら作戦自体上手く回らないし、丁度良いよ」
「……まあ、そうですね。私の予想通りだと良いのですけれど」
スイは何やら考えているようだったが、すぐにやるべきことを片付けていく。
施設内全スピーカーへのアクセスと、この部屋のロック解除の用意、そして、龍の前、正面第二隔壁の開閉準備。
「順番を間違えないでくださいね。作戦を始めたら隔壁を開け、少し時間を置いてこの部屋を開けます。いいですか? くれぐれも、出て行くタイミングを間違えちゃダメですよ」
「と言っても、開けるタイミングはスイ次第なのよね」
「……それもそうでした。じゃあ、マユ」
「なに?」
コンソール上のモニタにスイの顔が浮かび、私を真っ直ぐに見て言う。
「――信じて。そうすれば、勝てます」
「……うん、信じる」
「イチャついてないで早くしなさい。あの子たちも待ちくたびれてるはずだから」
「イチャついてって……。まあいいや。やるよ、スイ。お願い!」
「あーいあいさー!」
緊張感ないな、なんて思いながら私はその時を待つ。
コンソールは――非常電源で動いているのだろうか。時々不安定にも見える。が、監視カメラはまだ正常に動いているようで、スイの操作で切り替わり、目的の場所がそれぞれ表示された。
私たちが今さっきまでいたところ、第二隔壁と第三隔壁の間。
そして今いるところ、第七研究制御室。外には『私』がたくさんいる。気持ち悪い。
外。竜の墓場。数体いるし、恐らく私が通ってきたあの広い通路にもいるだろう。
「……ねえ、真由。一応確認しとくけど。貴方は、あの子たちに『貴方の失敗作』が潰されても、怒ったりしない?」
「……嫌は嫌だけど、状況が状況だし……しょうがないよ」
本当は嫌だけど……少なくとも、私の手で殺してしまう訳ではない。
でも、結局それは目を逸らしてるだけ。
しばらくツカサはそんな私を見つめていたけれど、鼻を鳴らしてコンソールに向き直った。
「……ふん。ムカつく物言いね。気に入らないけど、まあ……元より遠慮するつもりもないから。それじゃ、行くわよ――」
すぅっ、とツカサが深呼吸をし、それと同時に室内から外部への放送用スピーカーが起動する。
――あの歌。心を直接くすぐられるような、ツカサの歌。
それがスピーカーを通って、柱の内部から柱の付近に響き渡る。
「……何て言うか、アレだなあ」
ちゃんと聴くと、気持ちの悪いものなんかじゃなかった。
いや、ツカサが意識して歌い方を変えているのかもしれないけど……良い歌だ。これを聞き取ることのできないスイがちょっと可哀想なくらいには、聞き惚れる。
テンポ、リズムが速い。それは、これを聴く彼らへの指示命令のようなものなのだろう。
「マユ、のんびりしないで。モニタを見ながら外に出る準備をしてください」
「了解」
監視カメラからの映像に、竜が通路中に殺到しているのが映る。
その行進はしばらく続き、第二隔壁前まで到達する。
「第二隔壁オープン!」
竜の群れが集まるのに合わせ、巨大な隔壁が開き始める。大きいせいか、微妙に時間が掛かっている。ここからでは干渉できない映像にハラハラしながら、次の展開を待つ。
「う、うわ」
入れる程度の隙間が空くなり、竜たちはモゾモゾとその隙間から内部へと侵入していく。行為そのものは猫か何かのようなのに、躊躇がないせいでまるでネズミの行進だ。
群れは進み続け、ついには外、すぐ近くにまで到達した。
轟音が至近距離で聞こえている。恐らく、外の『私』は――想像せず、首を横に振る。次第に、竜のパレードは部屋の前から遠ざかり始めた。
「そろそろ……! この部屋のロック、開けます!」
「わかった!」
「ツカサさんはそのまま外で竜でなしの制御をお願いします!」
「っ、ふ、わかったわ!」
歌を一瞬止めて返事をするツカサを背に、私は部屋から飛び出した。
視界の端に白い血溜まり、そして足元に嫌な感触――無視。考えない。
右手には竜の群れが当て所もなく暴走して遠ざかっていくのが見える。左手は暗い。しかし、龍の付近まで辿り着くのは余裕のはずだ。
「……って言っても、逃げる方法なんて考えてないんだけど!」
「いいから任せて! 全部上手くやります!」
「それなら任せる!」
全力で走り、私はあっという間にさっきまでいたシャッターのところまで駆け戻って来た。
しかし、私がそこに辿り着こうと言うタイミングに合わせるように、シャッターはじりじりと閉まっていく。
「す、スイ! どうして閉めたの!?」
「私じゃありません! アレは恐らく……本体の仕業です!」
目の前のシャッターは閉じていき、あの空間を明るくしていたライトの明かりさえ次第に見えなくなっていく。
完全な闇が訪れる前に、私はカンテラを取り出して何とか灯を入れた。
ずずん、と。広い空洞内に良く響く音を立てて、シャッターは完全に閉鎖された。
静寂と暗黒。今はもう、竜でなしたちの行進の音さえ聞こえない。
私は、息を整えてコンソールに近づいていく。
「……惜しかったですね、マユ。あと一歩で逃げられたかもしれないのに」
闇の中から、声がする。それはあのコンピューターの近くから。
「……スイの顔でムカつく喋り方しないで」
「これは失礼。こちらの方が良かったでしょうか」
スイは――いや、スイの顔をした本体は、暗がりの中から蝋燭の火のように現れた。
が、その直後に。眼の色と髪のふわつきを書き換え、ついさっきまでツカサの傍らに立っていた――エミの姿に変化した。
「それで、ここまで来て、上手く逃げおおせるとでも思ったのでしょうか、真由。ひょっとして、あの愚かなAIにでも言われて来たのでしょうか――自殺者に」
「自殺者……?」
「そう、自殺者。ねぇ、聴こえているのでしょう? 自殺者」
少し間を置いて、スイの姿が私の目の前に描写される。
背を向けてるから表情はわからないけど、両の手を強く握って、盾になるように私の前に立っている。
「貴方の自律行動には驚きました。私の命令外で動く自殺者など、今までほとんどなかったというのに。それもこれも、今回の真由がイレギュラーだったからでしょうか。ねえ、自殺者?」
「……ちょっと、スイ。自殺者って、どういうこと……?」
スイは私のその声を聴くと、少しだけ振り向き、目線は足元のまま、重々しく口を開く。
「……マユ。ごめんなさい、黙っていて。私の本当の名前は、Suicide-079。本体によってマユの……いいえ。『失敗作の真由』の処分用に設計された人工知能なのです……」
「……そんな」
「それだけではありません。このエミも同じ。eliminate-02の名を持つ人工知能です。真由。貴方の性能を調査するための半竜人操作用端末だったのですが……試験運用もナシだと上手く動かせないものですね。ツカサは本来発揮する性能の半分も動いてくれませんでした」
「……全部、あんたの手のひらの上だったってこと?」
「その通りです。ありがとうございました、真由。少々調査は不十分ですが……まあ、その辺りは貴方の体を頂いてからじっくり調べれば良いでしょう。自殺者、貴方にも感謝しなければなりませんね。わざわざ、処刑台まで真由を導いてくれたのですから」
「な……っ、スイ!?」
「……」
スイは、黙ったまま答えない。
「ちょっと、嘘でしょ!? スイ、そんな、私――」
「今際の人間は騒々しくて仕方ない。いいえ、貴方も化物でしたね。真由」
スイの返事を待たずに、本体は言う。
「っ……!!」
「心配しないで。ちょっと痛いかもしれませんが、眠るように逝けますから」
キィン、と耳に刺さる音。
……違う。これは、あの歌。ツカサが歌っていたあの歌に似た、けれどとても低い、這い寄るような『音』が、私の耳を、鼓膜を揺らす。
「っ、う――!? い、づ、ああああぁぁッ!?」
音が強くなった、かと思う間もなく突如、激痛が走った。
目の前で火花が散る。真っ白な閃光。熱を持った痛みが、頭の中を切り刻むように駆け回る。
一瞬で立ってられなくなって、私は頭を押さえたまま膝をついた。痛みは止まない。それどころか、速くなっていく心臓の鼓動に合わせてどんどんと激しさを増していく。
――ちょっとどころじゃ、ない。
「あ、うああ、あ、ス、イ……」
私の目の前で、俯いたスイが唇を真横に引き結んでいる。何かに耐えるように。
「ごめんなさい、マユ」
そんな謝罪の言葉が、聴こえた。
遠のきかけた意識の中、最期に聴いたのは――、
「少しだけ、耐えてください」
ツカサの歌声。
「……ぁ、う?」
痛みが、消えている。
流されている音と丁度反対、私のすぐ横から、ツカサのあの歌が聴こえた。
本体が流している胃が冷え切りそうな音とは全く真逆の、暖かで、優しげな声で。
痛みをこらえて顔を上げると、竜でなしを制御していたはずの彼女が、いつの間にか隣に立っていた。
「……ツカ、サ」
エミ――本体は、その外見を驚愕に満ちた色で染め見つめている。
寂しげに、けれど強い意志を込めて歌う、ツカサの顔を。
「――歌を教えてくれたのは貴方よ、エミ」
一瞬の間に、悲しげな顔でそう呟くツカサ。
「マユ! 本体のコンソールに私を繋いで!!」
ほとんど反射的に私は飛び起き、本体へと駆けた。
未だに残る鈍痛も気にせず、一心に。
「っ、やめ――!!」
エミが、私を止めようと私の前に立ちはだかる。
けれど、ただの映像に何かできるはずもない。
無力な像は、突き抜けた私によって簡単に掻き乱されて消える。
「……信じるからね、スイ!」
スイの端末を、私は本体のコンソールへと繋いだ。




